インタビュー

2022年5月7日

「東大生よ、積極的であれ!」 楊凱栄教授退職記念インタビュー

 

 東大での教員生活を終えた今、自身の研究生活や多彩な活動を振り返りつつ、思いの丈を語ってもらう退職教員インタビュー。今回は、日中文法対照研究に取り組むとともに、中国語教育にも力を入れてきた楊凱栄教授(東大大学院総合文化研究科、2021年度当時)に、研究の魅力や東大の変化などについて話を聞いた。(取材・山﨑聖乃)

 

楊凱栄(Yang・Kairong)特任教授(専修大学) 88年筑波大学大学院博士課程修了。文学博士。東大大学院総合文化研究科助教授などを経て、08年から22年3月まで東大大学院総合文化研究科教授。22年4月から現職



研究は楽しいと苦しいの繰り返し

 

──華東師範大学で日本語を学ぼうと思ったきっかけは

 

 文化大革命終了後間もない時代だったので、自分の意志でその道へ進んだというより、選抜されて進学したという感じでした。元々、外国語へ興味を持っていましたしね。

 

──華東師範学校を卒業後、大阪外国語大学大学院(当時)に進学したのはなぜですか

 

 学生時代は留学制度がありませんでしたが、卒業と同時に新しい留学制度がスタートしました。それでその試験を受けてみたら、受かったので、日本への留学が決まったのです。当時中国はまだまだ発展途上だったので、せっかく大学で日本語を学んできたので、自分の目で先進国である日本を見てみたいという気持ちでしたね。大阪外国語大学大学院に進学してからはいろいろな授業を受けました。その中で日中の文法対照が面白いなと感じ、研究者への道に進みました。

 

──最大の研究成果は

 

 まず、博士課程に進学してから5年ほど使役表現の日中対照について研究し、博士論文にまとめたことが研究の一段落でした。その論文で中国人初となる文学博士の学位を取得しました。

 

 その後、教員として学生に教えながら自分の研究をしてきました。4年前にその集大成としてそれまでに書いてきた論文を『中国語学・日中対照論考』(白帝社)という1冊の本にまとめて出版しました。1番の成果はそこに現れているのではないかと思います。

 

──具体的にはどのような研究ですか

 

 例えば『中国語学・日中対照論考』第6部では日中の受益表現と所有構造の対照を行っています。中国の受益と所有はそれぞれ”给“と”的“で表され、日本語では「てやる、てくれる」と「の」によって表されます。両者は本来異なる文法範疇(はんちゅう)ですが、日本人の中国語学習者がしばしば両者を混同して使うのが研究の出発点でした。それぞれの言語において受益表現と所有構造が成り立つ動機を考察し、使用制限などについて詳しく分析しました。

 

 他にも第7部では語用論の視点から、日中の感情・感覚表現や状態変化に関する違いについて取り上げました。ある事象を他人に伝えるときに、情報源をどのように示すかという証拠性の視点から議論し、中国語では自らの視覚や聴覚などから獲得した情報かどうかが決定的な重要性を持つ一方、日本語においてはそれだけでは機能せず、他人の感情や感覚である以上、何らかのマーカーを示す必要があるということが分かったのです。

 

──研究の面白さについて教えてください

 

 研究の面白さはなんといっても発見の喜びです。もちろん研究している間は苦しむこともたくさんあります。実際に他人が説明できていないことをどうやって上手く説明するかが難しく、1日時間をかけたからといって論文1ページ分のアイデアが出てくるわけではありません。でも、自分なりに上手く説明ができたときの喜びはなんとも言えません。成功してしばらくするとまたその苦しみを味わいたくなるんですよね(笑)。研究は苦しいと楽しいの繰り返しです。

 

『中国語学・日中対照論考』楊凱栄著 白帝社、税込み5060円

 

 

「外国語学習は異文化体験」

 

──研究の傍ら、中国語学習用テキストを多数執筆しています

 

 文法研究は分かりやすい形で社会に還元するのがなかなか難しいのですが、私は使いやすい中国語学習テキストを開発するのに力を注いできました。

 

 元々は他人の作った教科書を使って授業をしていたのですが、少し使いにくいなとか、学生の質問にはうまく答えていないなと感じ、自分で執筆してみようと思いました。英語は文法体系がある程度確立していますが、中国語学習では初級で何を扱うか、何を文法として取り上げるか、必ずしも一致した意見がないので。いかに学生に分かりやすく、そして説明するときに矛盾のない教科書を作るかが非常に大事だと思っています。文法を専門としていない他の教員から、自分の教材を使いやすいとか、この教材のおかげで助かったという声を耳にしたりすると非常に励みになりますね。

 

『中国語で伝えよう! コミュニケーション・チャイニーズ』楊凱栄、張麗群著 朝日出版社、税込み2640円

 

──教育にはどのような方針を持って取り組んできましたか

 

 まずいつも思っているのが、自分が面白いと思っていることでないと、他人にも決して面白いと思ってもらえないということです。私の専門である文法は無味乾燥と言われがちですが、実はそうではないことを学生に示せるよう工夫してきました。

 

 外国語学習は発音一つを取っても、その人の人生の中でそれまで体験したことのない異文化体験です。発音だけでなく、新しい語彙(ごい)、文法、それから新しい考え方を学生が体験するわけですね。でも、そこで学生が違いにカルチャーショックを受けるだけで終わるのはもったいないので「じゃあ日本語ではどうなの」と問いかけるんです。異なる言語や文化を通して、何も外国語が特殊なのではなく一つ一つの言語に特徴があるのだと、自国の言語や文化を客観的に捉えることも非常に重要だと思っています。

 

 

「もっと海外に目を向けて」

 

──東大で印象に残っている出来事は

 

 東大に来てすぐの頃、授業内の小テストに鉛筆の束と目覚まし時計を持って臨む学生がいたことに非常に驚きました。東大生は、成績に対して執着心がやや強いと思いました。その分一生懸命取り組んでいる面もあり、のみ込みが早くて教えやすいですね。これは教員としてはうれしいですね。

 

──27年間東大で勤められました。東大の変化を感じますか

 

 自分が年を取ったせいかもしれませんが、学生との距離が遠くなったように感じます。東大に来たばかりの頃は和気あいあいとまではいかないけれど、もう少し距離が近かったですね。学生の印象も段々内向きでおとなしい感じになっている気がします。これは多分東大に限った話ではないのでしょうが。

 

──中国の大学と日本の大学を比較して感じることは

 

 最近は中国の大学生には教えていないのですが、集中講義や講演会などで中国に行くと中国の学生の方が周りの空気を気にせず、質問があればどんどん発言します。日本人の学生は、質問があっても、周りの空気を読んで遠慮してしまう傾向にありますよね。中国人学生の方がより積極的かもしれません。

 

18年、台湾中原大学での講演(写真は楊特任教授提供)

 

──今後の東大に期待することは

 

 駒場の教養学報にも書いたのですが、優秀な東大の教員が雑用に追われずにもっと多くの時間を自由に研究に使えるようになってほしいですね。

 

 学生に関してはもう少し海外で活躍してほしいと思っています。東大は日本では十分に認知度がありますが、海外でもっともっと認知度を高めてほしいです。今はもちろんコロナの影響もありますが、留学に行きたいという学生がだんだんと減っている印象を持っています。留学でなくとも海外にはもっと目を向けてほしいですね。3年前ぐらいに講義内で夏休みにどこか海外へ行ったかと尋ねたら、中国人の学生1人だけが手を挙げていたのを覚えています。

 

──学生にメッセージを

 

 先ほど日本の学生は内向きだと言ったことと重なりますが、もっと積極的にコミュニケーションを取っていってほしいです。自分が中国語を教えていたので余計にそう感じます。外国語はコミュニケーションの道具なのに、学生はコミュニケーションよりも成績を気にしがちです。文法はどうなのか、これは正解なのかどうかも大事であることはわかりますが、もう少し、その言葉を、音声を利用して外国人とコミュニケーションを取るなど積極的になってほしいです。

 

【関連記事】

結晶を超えた結晶を探して 木村薫教授退職記念インタビュー

 

koushi-thumb-300xauto-242

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit

   
           
                             
TOPに戻る