「『起業』を考える学生」対象のビジネススクールを運営するのは、黒石健太郎さん。2002年4月に東京大学に入学、2006年法学部政治コースを卒業後、リクルートを経て、株式会社ウィルフを起業した。そんな黒石さんの起業までの道筋。これから目指すビジョンを聞きました。
株式会社ウィルフ 黒石健太郎 代表取締役社長
—黒石さんは、法学部を卒業後、リクルートに入社されていますね。どういった視点で将来のことを考えていたのでしょうか?
東大法学部に入った理由は、政治を志していたからです。高校生の頃に、ある衆議院議員の生き方に共感し、政治を志すようになりました。当時は、高校生だったため、短絡的に考え、政治家になるためには、官僚になるのがよく、官僚になるには東大法学部に入るのがいいと考え、進学を決めました。
大学3年生の時に、国家公務員試験の勉強と就活が始まった頃、公務員の先輩に、面接の練習に民間企業も受けておいた方がいいよと言われ、官僚・民間企業の方、どちらも100人ほどの人にお会いしました。そこで気づいたのは、公務員と民間企業の方との考え方の違いでした。公務員の方の多くは、「公務員の仕事は、社会をより良くすることに対して、お金の制約を考えず、純粋に追求していける仕事だ」と語っており、民間企業の方は、「民間の仕事は、社会に本当に必要なことを、お金が回る仕組みを作り、永続的な仕組みを作り上げていく仕事だ」と話していました。ちょうど小泉政権の時で、政治が「小さな政府」に舵を切り始めた時期でもあり、これからの政治には、官民両方の視点が求められると感じました。そして、まずはビジネスを学んでから政治家になったほうが、介在価値のある政治家になれると考え、民間に行くことに決めました。
その中で、リクルートに入社を決めた理由は3つです。①官よりも民、②幅広い業界に関われる、③社員から得られる刺激が多い、この3つを満たしてくれそうだったのが、リクルートでした。リクルートの同期には、学生時代に起業して事業売却した方や、六本木でバーを経営している方など刺激的な人が多く、話しているだけで刺激的でしたね。
—リクルート時代はどのようなお仕事をされていたのですか?
最初の3年間は、人材領域に所属し、名古屋で営業をやっていました。人材領域の営業というのは、職が見つからない人に優良な求人情報を提供でき、同時に、企業に対しては優秀な人材を各地から集めることで企業の成長に貢献もできる、非常にやりがいある仕事でした。
当時の名古屋は、日本で最も雇用が多く、日本最大の就職先になっていました。ところが3年目のタイミングでリーマン・ショックが起こり、状況は一変します。工場で働く契約社員の人々が解雇され、次々に寮から追い出される。安定収入がないので家も借りられず、ホテル暮らしですぐ貯金がなくなる。結果として、ホームレスになってしまう。我々が幸せにしていたと思っていた人たちが、路頭に迷ってしまった。自分がやっていた仕事は何だったのだろうと思いました。
その後、東京に異動になってからも経済の先行きは暗く、特に若者に絞ってみると、10人に1人は失業者という状況でした。6人に1人は大学を卒業しても仕事が見つからず、見つかったとしても不安定な雇用形態から抜け出せない。また、将来を見ても、年金も退職金も減り続けている状況で、若者が希望を持つことが難しくなっていると感じました。そこで、リクルートで「ホンキの就職」という就職応援プログラムを始め、就職問題の解決に取り組みました。
—その後、どういった経緯で起業するに至ったのでしょうか?
結果、就職応援プログラム自体は、全国の方々に提供できるようになりました。しかし、多くの人が就職できるようになったとして、まだ将来の先行きは見えづらかった。この状況を変えるには、日本から新しい産業を起こすことが重要ではないかと考えました。一方で、日本における起業家の比率は、アメリカや韓国の半分以下です。そのため、起業家の数を増やしていく必要があるのではないかと思ったのです。
そして、いろいろヒアリングしていくと、多くの起業家には共通点があることがわかりました。①学生時代に起業していること、その前提として、②「起業体験」をしていること、この2つです。「起業体験」というのは、学園祭やクラブイベントなどのスモールビジネスに、経営スキルを学びながら本気で取り組み、成功した経験です。ある東大生は、駒場祭で、戦略コンサルタントの先輩にアドバイスをもらい、緻密に戦略を練り上げたそうです。そうしたところ、他の団体よりも3倍近い利益が出て、手取りの利益が10万円近く残った。この成功体験がきっかけで、起業に踏み切ったそうです。
こうした「起業体験」を経験する最適な場がないと感じ、現在のサービスを始めるに至りました。会社のミッションを「若者が未来に希望を持てる社会を創る」として、昨年2013年6月に起業し、起業家教育に取り組んでいます。同年8月には、「起業体験」とケーススタディを取り入れたビジネススクール「WILLFU STARTUP ACADEMY」をリリースしました。
—リクルートを退社することに躊躇いはありませんでしたか?
なかったですね。
「ホンキの就職」を運営していた時に、事業会社よりもNPOの人と一緒に仕事をすることが多かった中で、これからの時代を切り開くのは、「志を持った強い個人」だと感じるようになりました。NPOの方々は、本当に志あふれる方が多く、ビジョン実現のために、次々とイノベーションを生み出していました。そして、そのイノベーションを一定規模まで拡げていき、その実績を基に、国に政策提言を行なっていました。志ある強い個人が、政治を動かしていく現場を目の当たりにしたのですね。これから社会を動かすのは、大企業でも政治家でもなく、「志を持った強い個人」だと感じ、そうしたひとりに自分もなりたいと思いました。
—運営されているビジネススクールの内容を具体的に教えていただけますか?
メインの受講生は大学生で、最も多いのは1年生です。高校生の頃から「何かやりたい」と思いつつも、何から始めてよいのか分からず、起業に必要な情報を求めて来る学生が多い気がします。次に多いのは、就活を終えた4年生です。大学でいうと、一番多いのは東大生です。
プログラムは6ヶ月かけて行います。4.5ヶ月は経営スキルの学習と起業体験に費やします。経営スキルを学んだ上で、とにかく事業計画書を書いてみて、先輩起業家からフィードバックをもらって実行するという、「学習×実践」のプロセスを3回繰り返します。その中で、Eコマース、対面販売、イベント事業等の本当のビジネスを通じた「起業体験」を積みます。
そして、最後の1.5ヶ月で、自分がやりたい事業の事業計画書をプレゼンします。最終的には、使える経営スキルと自分がやりたい事業の計画書を持って、学生は卒業していくことになります。
スクール卒業生の2人に1人は、自分で事業を始めています。ビジネスコンテスト出場者の中で起業する人は数%と言われているので、我々のスクールのプログラムは非常にうまく機能していると思います。
WILLFU Startup Academy 概要ページより
—今後の方針についてお聞かせ下さい。
プログラムの内容を磨き上げ、スクールの卒業生から大活躍する起業家を生み出していきたいですね。
ゴールイメージとしては、「M&A採用」という新しいマーケットを作りたいと思っています。既に、何人かの学生起業家は、大企業に会社を売却していたりします。売却すると、キャピタルゲインが得られるということに加え、就職先も得られるのですよね。
ふつうの就活を経て入社すると、同期と同じような仕事からスタートするのが普通です。しかし、事業を買収された立場で入社すれば、その事業を伸ばすことが期待されるので、元々取り組んでいた自分がやりたい仕事ができる。起業実績を基に評価されるので、ESや面接よりもフラットに評価頂けることは間違いありません。
逆に企業からしても、本当に優秀な学生であれば、数億円でもかけて採りたいわけです。コストはかかりますが、自分で事業をやっているような優秀な学生を見つけることができて、しかも他の新卒と同様に扱う必要がない。
アメリカだと、ソーシャルゲーム会社のZyngaなどは、こうしたM&A採用を積極的に行っており、「acqhire(acquire + hire)」などとも呼ばれています。
−−−最後に東大生へのメッセージをお願いします。
自分の「当たり前レベル」を引き上げ続けることを意図的にやっていってほしいですね。普通に大学生活を送っていると、「自分で事業を立ち上げてみよう」と思うことは少ないと思います。ただ、学生起業家のコミュニティの中では、「自分で事業を立ち上げている」のは当然で、その上で「ユーザー数の競争や資金調達の進捗共有」などを当たり前にやっています。コミュニティによって、「当たり前レベル」は異なるのです。所属するコミュニティを変え続け、自分の「当たり前」を、常に引き上げていくよう意識するといいのではないかと思います。
(取材 荒川拓)
黒石健太郎(くろいし・けんたろう)
株式会社ウィルフ 代表取締役社長
東京大学法学部卒。株式会社リクルート入社後、採用・育成・社内活性コンサルティング等の営業、新規事業の戦略企画、立ち上げに従事。2013年6月株式会社ウィルフ(WILLFU)を設立、代表取締役社長に就任。サイバーエージェント主催アントレプレナーイノベーションキャンプ優勝。