インタビュー

2016年4月21日

30年ぶり再入学「人を説得する言葉を見つけに来た」…弁護士 笹本さん 前編

「勉強していないと、薄っぺらいことしか言えないんだよね。」1984年に駒場から法学部へ進学。それから約30年の時を経て再び“学生”として駒場の総合文化研究科修士課程にきた笹本潤さん。二度目に大学へ来た理由をこのように切り出し、いまだから大学の価値を感じられているのだ、と喜々として話す。

 

30年前にはおなじ場所、おなじ学び舎で机に向かっていながら昔と今では大学に対して感じている価値がまるで違うというのは何故なのか。今回のインタビューでは笹本さんが再入学するまでの経緯から、入学したことにより得たものについて語ってもらった。

 

 

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 (インタビューに応える笹本さん   撮影 北原梨津子)

 

大学に帰って来た理由

 

―――お仕事をしながら、また大学で勉強しようと思ったのはなぜでしょうか。

 

いま自分にはつくりたい権利があって。国連でロビーイングしたりしているんだけれど。勉強していないと薄っぺらいことしか言えないんだよね。

 

つくりたい権利というのは国際人権法上の新しい権利で。こういった人権を創設するには、国連総会でその人権が存在するということをまず宣言してもらわなくちゃいけない。1948年の世界人権宣言のようなかたちで、その存在を認めてもらえて初めて条約になります。世界の国々が批准、署名するのはそのあとのプロセスです。私はいま人権の存在を宣言してもらうためにアピールしている段階にいるのですが、ここでどういう言葉をつかったらいいか、どうやって説得したらいいかは、弁護士になるための司法試験の勉強や法律書ではほとんど学べないことでした。権利ができるまでの政治的プロセスを学ぶために政治学、国際的なプロセスだから国際関係論も知らないといけない。権利ができることの社会的な必要性を訴えるためには社会科学も。というように新しく学ばなければならないことがたくさんあります。だから大学で、1から学んで、法律以外の分野にも対応できるようになりたいと思いました。それで大学に来ました。

 

―――本を読むことでは代替できないのでしょうか。大学でしか得られないものって何でしょうか。

 

もちろん本を読むというのも考えました。でもやっぱり体系的に勉強しないと、ちょっとつっこんだ話になるとわからない。それに大学の「ゼミ」を通じて、議論して、理解が深まることがすごくあるなあと思います。一人で本を読んでいてもわからないことが人との議論を通じてわかるようになることも多いと実感しました。皆のレベルを体感しながら「これくらいは理解しないといけないんだな」「これぐらいの理解でいいんだな」という自分のレベルがわかる。それがすごく重要かなと思いました。

 

―――そういった議論自体は30年前もできたかと思います。特にいまだから感じている価値ってありますか。

 

昔と違って、今は弁護士としての仕事をはじめ、色んなことをやってきたから問題意識をもって勉強できていると思います。30年前はなんの授業にせよ、とにかく勉強しなくちゃいけないから勉強していたところがあって、あまり問題意識がハッキリしないうちに勉強していたから、あまり面白くなかった。今の方が、紙面の活字・情報としてではなく、現実に具体的にどんな人、場面で意味をもつのかをイメージしながら本を読めたりしますし、私のイメージしていることと同じことを学者の人は気づいて体系化しようとしているんだなというのがわかるようになりました。

 

例えば、移民・難民をテーマにした授業を受けた時、ちょうど仕事でも実際にビザが取り消された人の裁判をしていました。移民がなぜ日本にこんなに来るのかという点は、裁判で問題になるところで。フィリピン、タイ等からはるばる日本に“来ざるを得なかった”。だから保護すべきだというために、東南アジア側の経済事情をふくむ社会情勢の観点から主張しなければならないことがある。

 

この点、大学の講義では、移民も難民と同様に半ば強制されて国外に行くこと、あまりに貧困だから追い出されるように来た人もいるという事情を習ったことで、自分のクライアントの被害者性をはっきり認識しました。こういったことはいくら法律を読んだって書いてないことで、自分で勉強していくしかないんですよね。

 

大学での研究を通じて、情報の奥にある社会の様相を覗くように

 

こういった例のように、裁判で情状酌量の余地があると主張したり、他の戦法として在留特別許可という特別なビザを出してもらうように試みたりするときに、表面的に結果として伝えられた情報の奥にある事情をより考察することができるようになったし、自分の主張にもある程度確信、自信が持てるようになりました。

 

普通弁護士って、最初もいったけど目の前の自分が扱っている事件と、その範囲内のことしか基本的には知らなくて。事件に関わる法律はよく知っているけれど事件の奥にある、たとえば“フィリピンの貧困事情はどうなのか”とかいうような話になると、常に研究をしているわけではないから、時間的に追い込まれた状況では対処できないんですよね。ある程度インターネットで調べられるとはいえ、どこから何を調べていいかわからない。この点でも大学の勉強は知識の体系から理解できるからすごく役に立ちました。

 

―――いま大学では問題意識のないうちから知識を伝えるより、ディベートや説得のためのスキルを身に付ける取組も見受けられます。

 

技術としてそういう人を説得することは学ばなくてはいけないと思います。でも結局話す中身を実際に持っていないと技術だけ持っていてもしゃべれないわけじゃない。いくら技術をもっていても結局伝える中身はその人の価値観とか勉強から出てくるわけだからそういう意味では大学の研究とか勉強は何かしら役に立っているんじゃないかな。

 

いまの国連へのロビーイングでも、そもそも国際的な規範がどうつくられるべきか、というところから自分の価値観を述べる必要が出てきていて。こういう説明では、先例を挙げるだけでは反対の先例を提示されると終わりでしょう。また、たとえば条約をつくる上で、全員の合意を目指すのか、多数決でも早く合意するのがいいのかとか、そういう“べき”論をかたる上では、国際政治分野における国際秩序論やグローバルガバナンス論などの“大学の勉強”がヒントをくれます。もちろん現実的な解答は大学では見つからないとは思うけれど、そこに至るまでのプロセスでは大学の研究の価値があるんじゃないかなと思っています。それを大学生のうちに、まだ問題意識のうすいなかで理解するには難しいとおもうけれど。

 

―――学問としての勉強は1度目の大学生活ではされなかったのでしょうか。

 

ですね。ただ、やりたいことは見つけられた大学生活でしたよ。だいたい東大に来る人って進学校、エリートな人が多いじゃない。すると世界がすごく狭くて、全然違う世界にいる人とはあまり友達にならないし接触すらしない。それは人間としておかしい。それを知らないで社会に出ちゃうのは。すごく人間としてまずいんじゃないかと思っていました。だからあえて外に、とにかく自分とまるっきり境遇の異なる人と接していました。東京では足立区の貧困地域の子どもに勉強を教えにいったりしていましたね。

 

学問としての勉強は全然しなかった。そこは欠けていなかったなと思うけれど、反面大学の外にでていたから、目の前の境遇の違う人を相手にして“こういう人達に何か力にならないといけないんじゃないか”という衝動が自分のなかで湧きました。だから人と直接接する仕事をしたくなって、それで弁護士になろうと思いました。

 

―――他の社会人、特に弁護士さんへ、大学で勉強することをすすめたいですか。

 

そうですね。いま弁護士でまた大学に来て勉強している人は僕の周りにはいない、僕くらいなものだけど、もっと多くの人がまた大学にきて法律学以外の勉強をしてもいいんじゃないかとは思っています。

 

特に最近は離婚や相続のケースで外国人が関係するものが多くなっていると思います。そうすると、ある程度国際法とか国際人権とかにも触れる機会が出てきて、この頃は若手の弁護士の中では外国人事件を扱う専門のネットワークも出来ているほどで。

 

これは弁護士にとっても需要の高い領域でもあると思っていて。外国の人が日本に来てトラブルがあると、最初から日本の弁護士を知っている人なんてほとんどいない。大半の外国人は言葉の問題もあってすぐに相談できる人を見つけるのは難しい。まだまだ国際化にともなう外国人からの需要に、日本の弁護士によるサービスが追い付いていない気がします。

 

―――外国人からの需要というのは。

 

ビザの申請をめぐる相談や、移民してきた理由の正当性を問われる裁判、そしてこういった文脈では人身取引が疑われる事例もでてくることがあり問題となります。だから国際政治、国際関係論にわたる幅広い知識もあった方がいいと思っています。

 

昨年度退職された木村秀雄・元総合文化研究科教授が「語れる言葉を探しに大学にくるんだ」と言っていたことが、すごくわかる気がしていています。言葉が無いと人を説得できないんだよね。いまの指導教員の石田敦教授が「学問っていうのは人を説得するためのものでもある」とおっしゃられていたことと合わせて、大学は「人を説得する言葉を見つける場所」だというのが腹落ちしています。だから、付け焼き刃でなく時間をかけてやる価値が大学にはあると、いまでは思えています。

 

後編はこちら→ 〈平和〉を自分事に置き換える権利を、戦争の抑止力に…弁護士 笹本さん 

 

(取材・文 北原梨津子)

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