GRADUATE

2019年7月17日

何をやっても間違いではない 東大卒女流棋士・渡辺弥生さんインタビュー

 進学選択制度がある東大では、入学から専門を決めるまでに1年余りの猶予があるため将来の進路をまだ決めかねている読者もいるのでは。東大出身の将棋の女流棋士である渡辺弥生さんは、その時々で自分の好きなことを追求し、時に悩みながら大学までほとんど指したことがなかった将棋でプロになった。渡辺さんに、学生時代の進路選択、現在の活動、東大生へのメッセージを聞いた。

(取材・小原寛士、撮影・堀井絢子)

※このインタビューは2018年4月に取材し、入学記念アルバム『フレッシュブック2018』に掲載したものです。

 

 

勉強ざんまいの学生生活に訪れた転機

 

━━東大に入ったきっかけは
 高校が受験校で、自然と東大に入りたいと考えるようになりました。親が経済学の教員だったこともあり、自分も経済を勉強したいと思って文Ⅱを受験しました。

 

━━文Ⅱの頃の学生生活は

 勉強ばかりしていましたね。時間はいくらでもあったので、好きな勉強が好きなだけできてとても満足していました。中でも数学が好きで、微積分など経済でもよく使う分野は面白く、熱中していました。
 本もよく読みました。高校以前から読書は好きでしたが、大学ではやはり自由な時間が増えるので読書量も増えました。太宰治、大江健三郎、司馬遼太郎などの作品を愛読しましたね。

 

━━経済学部に進学し、卒業後は再び理Ⅰに入学します

 文Ⅱから経済学部に進むのはごく普通の選択で、経済学が好きだったので迷いはありませんでした。進学後は数理経済学ばかり勉強していましたね。学んだことを生かし、企業の研究職や統計の専門家になるためには数学を専門的に学ぶべきだと思うようになりました。4年生の初めまでには卒業後に理Ⅰを受験することを決め、1年かけてまた受験勉強をして合格しました。

 

━━理Ⅰ在学中に、将棋部へ入部します

 理Ⅰに入ると、周りには自分よりも数学ができる人が多くいて、勉強に行き詰まってしまいました。そんな時、親などに息抜きとして勉強以外のこともしてみたらどうだと言われ、将棋部をのぞいてみました。それまでは駒の動かし方を知っている程度の初心者だったのですが、部の先輩はハンデ付きで根気良く教えてくれました。将棋部の女子部員は珍しく、もし私が男子学生だったら弱くて追い返されていたかもしれませんね(笑)。
 始めてみるとかなり面白く、どんどん上達するのでさらに好きになりました。自分が考えたことが盤上で実現する面白さは、理論をさまざまな場面で応用できる数学と通じるところがあるかもしれません。最初のうちはハンデがもらえたからこそ実現していたわけですが。

 

━━女流棋士になった経緯は

 理Ⅰではその後授業についていけなくなり、大学に行かなくなってしまって、2年生の終わり頃に退学しました。将来どうすれば良いのか考えていた時に、アマチュア将棋大会で仲良くなった友人から「まだ女流棋士になるチャンスがあるのではないか」と言われたのがきっかけで挑戦を始めました。女流棋士になる当時の年齢制限は30歳で、私は27歳。それまでに女流棋士になった人は、プロを目指してから実際になるまでには平均で3年を要するといわれていたため、ギリギリの挑戦になりました。この頃は昼間にアルバイトをしながら夜にひたすらネット将棋をやる生活をしていました。対面で将棋を指す場合、女性はまだ数が少ない分、目立っていたのですが、ネットでは性別が分からず気が楽だったのもあります。

 

 

東大で養った集中力が対局にも生きる

 

━━女流棋士としての日々の活動は

 大きく分けると対局、執筆活動、普及活動、記録係の業務などがあります。対局は1カ月に1、2回程度で、タイトル戦の予選が多いです。早ければ1カ月ほど前に対局が決まり、すぐに戦略を練るなど準備を始めます。
 執筆活動は将棋連盟の観戦記やコラムなどです。書くのは好きなので自分から希望して書いています。普及活動は師匠(=所司和晴七段)と開催している将棋教室が中心です。子どもも大人も半々くらいで来てくれます。仕事となるイベントは不定期で行われるので、長い休みがあったかと思えば短期間に次々と予定が入ることもあります。

 

━━活動のやりがいは

 全て好きでやっていることなので、当然やりがいはあります。対局で考えているときも、どうすれば記事が面白くなるか思案するのも楽しい。教室では、生徒さんが長く将棋を続けてくれるように、時にはわざと勝たせて面白さを感じられる工夫をしています。「楽しかった」と言って帰ってくれるのがうれしいです。

 

━━活動の中で、東大での経験が役立つことは

 東大での勉強で養った集中力は対局で生かせています。日々の将棋研究を生かして対局するわけなので、研究職に似たところがあるのかもしれません。もちろん、将棋界では学歴が仕事に直接関係することはありませんが、純粋に「東大卒なんてすごい」と言ってもらえることが多い気はします。

 

━━羽生善治九段、藤井聡太七段らの活躍で将棋ブームが起こる中、今後どんな活動をしていきたいか

 最近、教室の生徒さんが急に増えてブームを感じています。「将棋に少しは興味がある」「駒の動かし方は知っている」程度の人に、面白さや奥深さを伝えるのが当面の目標です。趣味として将棋をやりたい人はとにかく楽しんでほしい。指すうちに強くなって、さらに楽しくなります。執筆活動でも、初心者が楽しんで読めるような記事を書きたいですね。
 プロ棋士の世界でも、最近は「この場面ではこう指す」という定跡が崩れつつあるなど変化がみられます。プロ入りした頃より考えなければいけないことは多くなりましたが、個性を出しやすくなりました。強い若手の棋士も増え、さまざまな個性を持った相手と対局できるのは楽しみです。

 

━━東大生にメッセージを

 特に将来やりたいことが決まっていない人は、とにかくいろんな授業に出たり、人と接したりしてほしいです。自分のやりたいことがどう見つかるかは人それぞれですが、学生の皆さんにはたっぷり時間があるので何でも試してみてください。勉強でも、サークルでも、アルバイトでも何をやっても間違いではありません。東大では周りにすごい人が多くて落ち込むこともあるかもしれませんが、一人で悩まないように居場所を見つけることも大事だと思います。
 女子学生の皆さんは、周りから敬遠されるなど特有の悩みがあるかもしれません。でも東大で勉強できるのは素晴らしいことです。自信を持って、のびのびと好きなことを追求してほしいです。

 

 

渡辺弥生(わたなべ・みお)さん(日本将棋連盟・女流初段)

 02年経済学部卒。同年理Ⅰに入学後中退し、06年女流育成会(当時)入会。09年に女流2級に昇級しプロ入り。13年女流初段に昇段。

このインタビューは入学記念アルバム『フレッシュブック2018』に掲載されたものです。『フレッシュブック2019』は2019年9月頃に発行予定です。

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