「はたらかざるもの食うべからず」。この世の摂理として受け入れられているこの格言に対し異議を唱えるのが、著者の栗原康氏。みんなで助け合って、はたらかないでも食べていける楽しい世界をつくろうではないか。そして、新たな格言として著者は提言する。「はたらかないで、たらふく食べたい」
アナキズム研究者である著者が感じたこの世の不条理が、軽妙な筆致でつづられるエッセイ集で、裏表紙に「爆笑社会エッセイ」とあるように、笑いどころの多い作品だ。著者が奈良旅行でシカに食べられた話などは、臨場感たっぷりな文体も相まって、余計に面白い。著者は自身の経験と数々の引用から、我々が当たり前だと思っているものに次々とかみ付いていく。収録されたエッセイのタイトルはどれも強烈だが、中でもひときわ目を引くのが「豚小屋に火を放て」。この章で著者は自身の恋愛経験を語っている。そして、「家族」の美化に異議を唱える。家族はそれぞれ役割が強要され、自ら交換可能な家畜になってしまう。著者はこの不自由を否定する。「不満足な人間であるよりも、満足な豚になったほうがいい」
著者は労働とカネについても強く非難する。読み進めるほどに自分の中の常識が崩れ去っていく。「やりたいことしかやりたくない」「この世にはびこる消費の倫理をうて」。自分がいかに凝り固まった人間であったのかを思い知らされた。困惑のなかで読者は思考を余儀なくされる。もっと自由に生きていいのだろうか。
本書を読んだからといって、すぐに退職し自由奔放な生活を実践する人は多くないだろう。むしろ、ほとんどの人は読了後に現実へと戻っていく。やりたくもない労働に文句を垂れながら。自分自身にこれは自分のやりたい仕事なのだと言い聞かせながら。しかし、現実的には労働を続けるしかないとしても、読めば世界を見る目が変わることは確かだ。いざとなったら「相互扶助」、はたらかなくても食べていけるのだと知り、以前よりも余裕を持って生きていけるだろう。
大学卒業後、多くの人は就職し労働に勤(いそ)しむことだろう。結婚だってするかもしれない。だがもし、労働がどうしても苦しいとき、心が折れそうなときは本書を思い出してみてほしい。きっと苦しむあなたを肯定し、背中を押してくれるであろう。はたらかなくてもいいということ。それははたらくものにとってのエールとなる。【海】