「大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行しています。東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです」。そう喝破し、東大に未だ残存するジェンダーの問題をえぐり出した本年度の学部入学式の祝辞は、学内外で大きな議論を呼んだ。来たる2020年、東大が取るべき行動とは。祝辞を述べた上野千鶴子名誉教授に話を聞いた。
(取材・山口岳大 撮影・原田怜於)
上野 千鶴子(うえの・ちづこ)名誉教授 77年京都大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程修了。博士(社会学)。95年から11年まで人文社会系研究科教授。11年から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。
入試改革とクオータ制で女性比率向上へ
──東大のジェンダーを巡る問題の根底には、学生や教員のいびつな男女比率があります。しかし、男女比の是正が必要とされる根拠が、学内で共有されていません
男女平等の達成に合意がないなんて、開いた口がふさがりません。
第一に、偏った比率は日本の女性差別を反映しており、それ自体が不公正だからです。統計的に見ると、日本全体の女性の大学進学率は著しく伸びており、経済協力開発機構(OECD)諸国においても18歳以上の高等教育進学率は女性が優位です。そうした状況が東大生の男女比に当てはまらないということは、統計的に見てそこに間接差別があることを意味しています。
第二に、女性が増えると異質な視点が生まれ、あらゆる学問分野が活性化します。人文社会科学や生命科学は確実に変わります。工学系の女性研究者も、アジェンダ設定と方法が変わると言っていました。
──女子学生増加に向けた施策も効果が見られません
クオータ制よりも選抜方法を変更すれば効果が生まれるでしょう。思い切って定員の3割をAO入試で選抜すれば良い。選抜方法を変えると結果として女子比率が上がることは、他大学の例が示しています。もしくは、過渡的に定員の3割を女子枠にしても良いでしょう。女子枠を設けることで入学してくる女子の成績が下がるとは思えません。
執行部は、一般入試の合格者がAO入試で入学した学生をバカにするのではないかと懸念しているようですね。実際、90年代後半に工学部で女子枠の創設が提案された際、真っ先に反対したのは工学部女子でした。入学から死ぬまで、東大男子に「キミ、女子枠で入ったんだって」と言われるからと。
単一の競争原理で勝ち組になった学生は、その原理を変化させたくないと思うのでしょう。こういう同質性の高い集団を選抜し続ければ東大の活力が下がる一方。彼らに迎合して施策をためらう必要はありません。多元的な選抜原理があることは良いことです。
米国の場合、私学ですら、人種、性別、出身地のバランスに相当配慮して選抜している。日本国内でも、生き残りのかかる地方大は積極的で、例えば島根大では、AO入試や推薦入試など、一般入試以外が定員の約4分の1を占め、将来的には4割を目指すそうです。
──教員の採用はどのように変えるべきでしょうか
こちらもクオータ制が一案ですが、それだけでなく選考過程を変えれば効果が生まれるでしょう。人事の透明性と公開性を高めれば女性が増えることは、経験的に知られています。
現状、東大の人事のほとんどは密室人事。ホモソーシャルな集団で師弟関係による縮小再生産が行われているのでしょう。公募なら、海外で学位を取った女性が多数応募してくるため、学位のない東大出身者の競争力はおのずと落ち、より多くの他大学出身者が採用されるでしょう。アイビーリーグ(米国東部の名門大学グループ)では、自校出身者を教員に採用しないという慣行によって研究者の流動性が高まり、多様な人材が取り込まれるようになっています。
その過程で、期間限定でクオータ制を採用すべきだと思います。導入により研究水準が低下するという批判には根拠がありません。むしろ、一度東大の理工系で女性限定の公募をした際、こんな人がどこにいたのかというくらい優秀な人が応募してきたと聞きました。男性と競合せずにすむ分、応募の際に遠慮や萎縮の必要がなくなるのでしょう。
女性教員が、クオータ制で採用されたことを理由に男性から嫌がらせを受ける場合もあるそうですが、男性のつまらないプライドにいちいちひるんでいては非常に近視眼的。人事で評価するのは、それまでの業績よりもその先の伸びしろ。採用された後に、准教授、教授と一つ一つ昇進基準を満たし、長い目で業績を判断してもらえば良いでしょう。事実同一ポストにある女性研究者は、同じ条件の男性研究者より業績が多いというデータもあります。
既得権益からの脱却に向けて
──学生の間で意識を高めるには何が必要でしょう
データを見れば、バイアスははっきりしていますが、学生は事実を知りません。半径3mの狭い空間で過ごしていては、問題意識が生じないのも当然でしょう。
東大女子を排除したサークルに在学中所属した男子卒業生に会いました。自分のサークルに疑問を持たなかったかと聞いたら、4年間エンジョイして楽しいことだらけだったと言っていました。東大女子もまた、その希少価値ゆえにモテやすかったり、男女の枠があるときに男子より有利だったりします。男子が長年上げ底を経験してきたのだから、女子だってたまには希少価値を味わっても良いでしょう。ですが周囲に女性が少ないのはどこかで意欲を冷却されてきた女子たちがいるからだという想像力を欠いてはなりません。
こうした既得権益を享受している学生は、それが不正だと認識しない限り意識を変えないでしょう。今春、男女共同参画室長の松木則夫理事・副学長が東大女子を排除するテニスサークルに関する声明を出しましたが、その後何か変化がありましたか。私的な団体が何をしようと自由ですが、大学は公共空間である以上、大学のテニスコートの利用や部室の使用など、社会的に容認できない差別を行っている集団への便益の提供をやめるべきでしょう。
──被害に遭っても告発しづらい空気があります
被害者が声を上げにくい雰囲気があるだけでなく、傍観者もその場で沈黙すれば、ジェンダーの再生産に加担することになります。沈黙を破る責任は、その場に居合わせた全ての人が負っています。工学部の男性教員が院生の集まりで「女は子どもを産むとバカになる」と発言した際、男子院生が「先生、それはないでしょう」とその場で言ったと聞きました。そのような発言で雰囲気は変わります。ジェンダーはその時その場で再生産される抑圧的な構造です。一緒に笑えば、共犯者になります。親しい間柄でも、その時その場で言うことが大切です。
こうした場で波風を立てたくないという心理が働くのは、東大が同調性のすこぶる高い人材を選抜してきた結果でしょう。長年、東大を含む国立大は、問いに対して唯一の正解を出す指示に忠実な人材を選抜し、入試では学力という一元尺度における公平性だけを重視してきました。現在の日本の高等教育では、残念ながら、祝辞で述べた「メタ知識(新たな知を生み出す知)」を身に付けた人材を育成することは難しいでしょう。
【記事訂正】
2019年12月22日10時00分 最終段落の第2文を修正しました。
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東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析② 回答理由の記述から
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この記事は2019年12月17日号の記事の拡大版です。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。
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