インタビュー

2017年7月5日

非寛容を恋愛に乗せて 『ぼくらの亡命』内田伸輝監督特別インタビュー

 客観的な事実や証拠に基づかず、人々の感情を満足させる事柄が最優先されるような政治的態度「ポスト・トゥルース」。イギリスのEU離脱やトランプ米大統領誕生の背景を説明する語としても使われる。そんな地球社会を覆う非寛容な空気感を、ある男女の恋愛に託して描いた映画『ぼくらの亡命』が6月24日に公開された。今回は、その内田伸輝監督の特別インタビューを掲載する。

(取材・日隈脩一郎 撮影・須田英太郎)

 

 

あらすじ

 東京近郊の森に住む昇(須森隆文)は、ろくに仕事をせず、恨みつらみを書に認(したた)めてはテントに貼って暮らしていた。

 ある日、重久(松永大輔)と樹冬(櫻井亜衣)、それに佳代(椎名香織)の修羅場を目撃した昇は樹冬に興味を持ち、樹冬が重久と佳代にだまされて美人局(つつもたせ)をさせられていると知る。だまされたと知った樹冬は重久をナイフで刺して逃げ出すが、昇は重久が死んだと嘘をつき「亡命しよう」と提案する。

 ある島を目指して二人の「亡命」は始まるが、二人の関係性が日ごとに変化し、やがては危機が訪れることになる……。

 

細部にこだわる描写

 

――実際の事件に取材していますね

 2015年、つまり戦後70年の空気を描きたいという気持ちがありました。実際の事件に基づいて脚本を書くことが、その第一歩になると考えたんです。

 

 前作まで、短い制作期間での商業映画が続いたため、今回は時間に制限されることなく、映画作りを純粋に楽しみたかったんです。そのために完全自主制作という道を選びました。

 

 自主制作にするなら、恋愛を主題にしようと思っていた矢先、14歳の少女と20歳男性が美人局で逮捕されたというニュースをネットで見たのが、この物語のきっかけです。加害者と被害者の男女が手を組んでみたら、そこに恋は生まれるのか?そういう問いを抱えながら、脚本作りに取り掛かったんです。恋愛は人間にとって普遍的なことだと思うからこそ、主題に選んだのですが、単なる恋愛映画には絶対にしたくないな、という気持ちがあり、事件に着想を得ました。

 

 そして戦後70年。排外感情の高まりが世界的に見られるようになる中で、もしかしたら再び人類は過ちを犯すのではないか。そっと、しかも着実に忍び寄っている反動的な空気を描きたいと思いました。領土・領空・領海を互いに主張することが戦争の一つのきっかけだとすれば、それは同じ人を好きになってしまったことで繰り広げられる恋愛に似ている。恋愛の描写を通じて、戦争が描けるなと直感しましたね。長い時間をかけて、鍋をことこと煮込むように、細部にこだわって丁寧に作り上げました。

 

――新宿での安保法制反対デモの様子が映し出されています

 

 ゲリラ撮影でした。ネットで調べ、その日に新宿でデモがあると知り、午前中は埼玉県の上尾市で、午後は新宿に移動して撮影しました。デモがこの国の2015年にとって象徴的な事件だと思ったのでぜひ入れたかった。ただ、昇と樹冬が国会前に行くのはおかしいと思ったので、新宿で待ち構えていたんです。

 

 とはいえ、彼らは別にデモには目もくれず、背中を向けている。社会の動きと関係なく生きている人々だということを表現するためにも、デモはどうしても映したいなと思いましたね。

 

 震災後の動揺の中で暮らす人々を描いた『おだやかな日常』(12年)で、あまりにストレートな表現をしてしまったことへの揺り戻しというのでしょうか。社会とのダイレクトなキャッチボールをしていない人々を、変化球的に描ければなと。初めて野球で例えましたけど(笑)。

 

 これまでは即興芝居を用いてきたのですが、即興だとどうしてもせりふが増えてしまいます。その反省もあって、本作では脚本を作り込み、言葉ではなく行為・行動で語る、ということに注力しました。

 

――行動で語らせたからこそ、昇の最後の叫びがより悲痛に聞こえたような気がします

 

 実は当初、昇を正義のヒーローとして描くつもりでした。が、ある行為に手を染めた瞬間ニヤリと笑うんです。そこから、昇は変わっていく。

 

 事情があって、昇は渡辺(志戸晴一)という男に食事と少しの金を与えられていますが、ある時、援助が打ち止めになるんですね。これも国家同士の関係に即して眺めれば、経済支援・制裁のようにも見えてくる。完全に正義を体現する国というのがあり得ないように、昇も大人になり切れない大人、駄々っ子になっていきます。

 

――食事のシーンは、どれも印象的です

 

 恋愛とも通じますが、栄養を摂取しないと生物は生存できません。昇が食べるのは、カップ麺やおにぎりといったファストフードですが、だからこそ、樹冬が映画の後半で口にするものが対照的に見えてくる。酒は合法的なドラッグだと思っているのですが、飲酒のシーンと合わせて、食事にも目を凝らしてほしいなと思います。

 

 

暴力性と理性の葛藤

 

――恋愛と戦争について、さらに監督の考えをお聞かせください

 

 『サル学の現在』(文藝春秋)を書いた立花隆さんが興味深いことをおっしゃっていたのですが、力任せに雌ザルを奪おうとする雄ザルはモテないらしいんです。頭を使ってうまく気を引くことのできるサルの方が、パートナーを手に入れやすいというのは、ほとんど人間と一緒だなと(笑)。動物性と人間性との葛藤も、この映画で描きたかったことなんです。

 

 人は訳も分からず誰かを好きになってしまう。「どこが好き?」と聞かれて「動物的に好き」と答えてしまえないので、そこに色々と理由を後付けするわけですが、モラルを破壊するような恋愛は社会的には許されない。これを国家間の関係に置き換えると、国家は島の領有を主張したりするわけですが、これは動物の縄張り争いと違わないのではないでしょうか。アリでも、植物であっても、他の種とのせめぎ合いの中で自らの生息域を設定します。だからといって、すぐに戦争、敵対とはならないというのが、理性の力なのではないかなと考えています。本作は、その暴力性と理性との葛藤の中から物語が生まれています。

 

 大事なのは、境界線を絶対視しないことなのかなと思います。例えば北方領土にしても、すでに暮しているロシア人がいます。黒か白か、敵か味方かではなく、灰色の領域もあるというのが、現実ですからね。

 

――最後に読者へのメッセージをお願いします

 

 本作では、人が持っているある種の恥ずかしい部分、情けない部分がさらけ出されています。恥ずかしい部分、一度登場した語を使えば動物的な部分がぶつかり合う恋愛映画です。ですが、その恥ずかしい部分っていうのは、実はとても愛おしいものでもあって、その愛おしさを皆さんと共有できればうれしいです。

 

内田 伸輝(うちだ・のぶてる)さん (映画監督)

 72年埼玉県上尾市生まれ。油絵を学んでいたが、高校時代に映画の道を志す。初監督作品『えてがみ』でPFFアワード2003審査員特別賞、『ふゆの獣』で第11回東京フィルメックス最優秀作品賞など、多数の受賞歴がある。

 

『ぼくらの亡命』

東京フィルメックス2016コンペティション部門正式上映作品

115分

2017年6月24日(土)より渋谷ユーロスペース都内独占ロードショー 他順次全国

Official Web Site  http://ourescape.makotoyacoltd.jp/

©Nobu film Production

配給:マコトヤ


この記事は、2017年6月27日号に掲載した記事を再編集したものです。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

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