嶋屋拓朗さん(東大大学院理学系研究科・博士課程=研究当時)、竹内一将准教授(同研究科)らは、固体表面で増殖した細菌集団(コロニー)において、トポロジカル欠陥という細胞同士の向きがそろわない特殊な点でコロニーの成長が促進されることを発見した。細菌の複雑な挙動の理解や制御への貢献が期待される。成果は21日付の科学雑誌『PNAS Nexus』で公開された。
コロニーの成長では、まずは接着面の二次元方向へ広がり、密集してくると上下の三次元方向へ重なって厚みを持った「バイオフィルム」を形成する。排水溝のぬめりや歯垢がバイオフィルムの例だ。大腸菌などの多くの細菌は棒状の形をしているが、細菌密集時のコロニーの中に棒の向きをそろえられない箇所が生じることがある(図1)。これは「トポロジカル欠陥」と呼ばれるものの一つであり、トポロジーという数学の概念で記述される。棒状の分子からなる液晶におけるトポロジカル欠陥はこれまで研究されてきたが、近年ではトポロジカル欠陥が細胞や細胞集団の理解にも役立つことが報告されている。
嶋屋さんらは鞭毛を欠き運動性を持たない大腸菌を用い、コロニーの3次元方向への成長を観察。細菌の層が形成される過程で最下層の集団に生じるトポロジカル欠陥とバイオフィルム形状の関係を調べた。すると、トポロジカル欠陥の生じている箇所では細胞が集まってコロニーの層がわずかに高くなっていた。トポロジカル欠陥は「巻き数」という数で分類され、図1の右にあるのが「巻き数1/2」,左にあるのが「巻き数-1/2」の欠陥となる。鞭毛を持って運動する細菌では「巻き数1/2」の欠陥に細菌が集まることが分かっていたが,非運動性の細菌では「巻き数-1/2」のトポロジカル欠陥にも細菌が集まるという新しい現象が見つかった。
さらに、研究チームはトポロジカル欠陥に細胞が集まる仕組みを調べた。細胞が密集してくると細胞同士が押し合って向きが接着面に対して傾く。棒状の細菌のどちらが上になるかで細胞の向きが決まり、向きがそろうと細胞同士を一定の方向に押す力が発生する(図2)。巻き数-1/2のトポロジカル欠陥が生じている箇所では、この力が欠陥の向きに働くためコロニーの隆起が生じることが明らかになった(図3)。今後は、トポロジカル欠陥のような物理学や数学の概念を用いた生命現象の理解の適用範囲がさらに広がることが期待される。
【記事修正】2022年12月24日17時50分、本文3文目「英科学雑誌」を「科学雑誌」に修正しました。