学術

2016年3月9日

東日本大震災と東大 大槌町・研究所の被災と復興 

 岩手県大槌町にある東大の附置施設、大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターは、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた。あれから5年、「再開の道は険しい」といわれたセンターだが研究者たちは大槌町で活動を続け、再来年には新研究棟が完成する予定だ。復興の道のりとセンターの未来を探った。(取材・石沢成美)

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センター周辺は、震災から5年が経つ今もほとんど建物が建設されていない

震災後「我々の出番だと考えていた」

 センター最寄りのバス停「赤浜学校前」で下りると、数百メートル先に見える3階建てのセンターを除き、ただ茶色い土砂が広がっていた。復興が進んでいるようには見えず「建物の裏もずっと住宅街だったんです」というセンター長の河村知彦教授(大気海洋研究所)の言葉も信じられないほどの光景だ。「初めて見ると驚くと思いますが、これでも昨夏からがれきの撤去や盛り土が進んでいるんです」

 大槌町は三陸沿岸にあり、震災時に町の広範囲が津波に襲われた。海に面するセンターは倒壊はしなかったが、津波は3階まで到達し研究機器やデータが流された。2階以下は現在も震災当時のままで、窓ガラスが割れ、床はゆがんだ状態。被害の少なかった3階を仮復旧させ研究を続けている。

 不便な環境の中、同じ地での再建を決意した理由について、河村教授は「研究面ではこの地から移動することは考えられなかった」と話す。センターには三陸沖での研究データの蓄積が40年分あり、津波という大きなかく乱が起きた後の海洋と比較研究することができる。東日本大震災ほど大きな地震の前後でデータを収集した例はなく「津波を受けたことでこのセンターの価値が高まったとも言えます」。

 

 

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震災直後のセンター。ほとんどの機器やデータが津波に流された

 

 河村教授は震災3カ月後から大槌の海に潜り研究を再開した。「震災後初めて潜ったときは海がどうなっているか分からず怖かったですね」。恐怖さえ感じる未曽有の事態でも「研究員たちは皆『我々の出番だ』と考えていたのではないでしょうか」と河村教授は推測する。海に何が起こったかは自分たちにしか調べられない、という使命感が研究員を動かしたのかもしれない。

 「震災後の海の変化はまだ続いています」と河村教授。全体として「陸に比べて海の生態系は強いため変化は少ない」という結果が出ているが、津波を受けても海が完全に元に戻るか違うものになるかは分かっておらず、長期的に観測を続ける必要がある。

「震災前このセンターには、小さい建物にどれだけ詰め込まれてるんだ、というくらい機材がそろっていました」と河村教授。調査用の船3隻を含め、重要な研究機材が流されたことが一番の痛手だったという。11年8月に新船「グランメーユ」が完成するまでは、地元の漁師に船を借りて調査することもあった。

 機材の損害だけでなく、周辺に住む場所がないことやインフラの整備が進まないことも問題に。常駐の教員は減り、東京に住む河村教授らは片道6時間以上かけて月に数回センターを訪れている。「食事できる店も限られていて生活するのは大変です」。大槌町の仮設住宅を借りて暮らす職員もいるという。

津波で曲がった階段と柵
津波で曲がった階段と柵が現在もそのまま残っている

大槌町の復興にも貢献

 大槌町にとっても、センターは大切な施設だ。10年まで毎年海の日に施設を一般公開しており、人口1万5千人ほどのこの町で千人以上が訪れる一大イベントになっていたが被災で中断。15年7月に5年ぶりに再開、生き物に触れ合う場などを提供し子どもに好評だったという。「大槌町民でも海洋生物などについて詳しく知らない人が多いです。これから交流の場を増やすつもりです」

 センターは今後「沿岸海洋学研究を行う研究者の共同利用・共同研究拠点となる」という従来の役割を果たすのに加え、被災地にある研究所として町の復興の手助けもしたいという。三陸沖での研究は世界からの注目も大きく「大槌での研究を世界に発信することが、町の活性化にもつながると思います」と河村教授は話す。

 ただ、今後研究していく上で一番の壁となるのが大槌町の衰退だ。町の復興を助けるとはいえ「町がなくなっては研究が続けられません」。設備が整わないと、センターでの研究に興味を持つ海外の研究者の受け入れもできない。町とセンターが助け合い、互いに発展することが復興の鍵になる。

 東大生には「まだまだ復興するには時間がかかるという現状を知ってほしいです」と河村教授。震災からまもなく5年となり被災地の情報を得ることも減っているが、いまだ厳しい環境で戦っている人がいることは忘れてはならない。


 

この記事は東京大学新聞1月26日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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