前期教養課程の全学部生が会員である東大教養学部学生自治会(自治会)。しかしその仕組みを知る学生は多くはないだろう。前期教養学部生全員を束ねる機関として、自治会は適切に機能しているのか。自治会の構造を整理するとともに、自治会理事の丸小野成輝さん(理III・2年)と松居遼太朗さん(文I・2年)や自治会長のガリグ優悟さん(文III・1年)に、自治会の現状と課題について聞いた。また、金井利之教授(東大大学院法学政治学研究科)に行政学の観点からの知見を聞いた。見えてきたのは、自治会がその特性上、情報を「知ってもらうこと」「知ること」の困難を抱えていることだった。(取材・佐々ひなた 構成・金井貴広、佐々ひなた)
1年生が主体 2年生への参画呼びかけに課題
自治会は、その基盤を置く前期教養課程の特性上、1年生が実質的な主体になりやすいと金井教授は指摘する。
自治会の構造は町内会などの自治組織と類似点が多い一方で、構成員の年次構成が大きく異なる。自治会は入学して1、2年の全ての前期教養課程生で構成される原則の下で活動している。「前期教養課程には1、2年生しか存在しない以上、完全に任意な形にしてしまうと組織率が激減してしまう恐れもあるでしょう。しかし、町内会は長く住み続ける年長者が支配的になります」
2年生にとって前期教養課程は残りわずかな期間しか在籍しない場である以上、関心を持ちにくい構造になっていることも指摘する。実際に自治会選挙での2年生の投票率は低く、理事の松居さんは2年生からの関心を高めることに難しさを感じている。2年生になると初修外国語の授業などクラス全員が受ける授業が少なくなり、LINEグループなどでのクラスのつながりも薄くなってしまう。また自治委員の自治委員会への出席率も低下するため、理事会側からアプローチすることも難しくなってしまうと言う。
さらに、自治会や選挙管理員会のビラなどの広報手段は、学生が大学に来ていることを前提としているため、大学に来る頻度が少ない2年生への情報周知は難しい。「X(旧Twitter)やLINEでの広報も行っていますが継続的に閲覧する人数は少なく、構築段階にあるのが現状です」と丸小野さんは言う。
対等な立場からの意見で中立性を確保
正副自治会長選挙では、4月に入学した1年生も自治会長に立候補可能だ。1年生が中心の組織とはいえ、入学直後で自治会の情報や東大の学内事情を多く知らない1年生が被選挙権を持つことは適切なのか。
丸小野さんによると、例年自治会長に立候補するのは、一定期間副自治会長や理事を務めた2年生であることが多い。しかし今年5月に行われた選挙は、正副自治会長ともに1年生が2人ずつ立候補する、比較的珍しい選挙だった。1年生が正副自治会長を務めることについて、特に問題は生じないと丸小野さんは考える。「正副自治会長は自治会や理事の統率を行いますが、理事会において他の理事より大きな権限を持つことはありませんし、実務に関しても2年生がサポートするので、特に支障はないと思います」
むしろ、入学後1、2カ月で選挙に立候補できる仕組みは、学生自治に高い関心を持つ立候補者の登場に貢献し得るようになっているという。現自治会長のガリグさんも、高校生の頃から学生自治に強い関心を持っていた。「2カ月という期間は短いようで、東大の問題に気付くには十分過ぎる長さだと思います」。東大内での学生の居場所の少なさに違和感を覚え、学部交渉局長(学部交渉局の長として、学生からの意見収集や要求項目の企画立案を行う役職)を兼任することの多い自治会長への立候補に踏み切った。
金井教授は、長年居住する旧住民が主体となる地域の町内会と異なり、1年生が中心となりやすい駒場学生自治会の潜在的危険性を指摘する。「自治会において懸念されるのは、学生が実情をよく知らないまま選挙がなされ、例えばカルト集団系など、よく知っていたら投票しなかったであろう候補者が、学生の代表組織を乗っ取ってしまうことです。また、入学したばかりの1年生が実力者や特定団体に唆されて自治会長になり、操り人形のような二重政権が誕生する恐れもあります」。自治会の側も、その危険性は把握している。「民青系の団体の影響下で機能している時期も以前あったことは事実で、その危険性については否定できません」。しかし現在の自治会は、各理事が対等な立場でそれぞれの意見を出し合えるため、「学生のための自治組織」という基本理念に沿った活動を行うことができると松居さんは言う。
課題となっているのは、誰にとっても立候補しやすい環境づくりだ。選挙管理委員も務める松居さんは、一般会員に公示情報を周知し切れていないと考えている。現在は自治会の公式サイトより公示を出し、立候補者が窓口に用紙を提出する形を取っているが、これでは「立候補者の熱意に頼り切りになっていると言えてしまうでしょう」。選挙に関し中立であるべき選挙管理委員会が過度に選挙の内実に介入するリスクも考えられる。そのリスクに気を付けつつも「ビラによる公約の周知など立候補者が出た後の情報提供だけでなく、今後は公示段階での情報提供にも力を入れていきたいです」と話す。
自治委員の参加促進は形骸化防止の鍵
行政の長に当たる正副自治会長の選出について見てきた。では、立法府に当たる自治委員の選出方法はどうだろうか。町内会などの役員とは異なり、多くの自治委員がプレオリエンテーション(3月末に行われる、クラス内での顔合わせ)で選出される自治委員会では、形の上では人数が不足する事態は起きづらいと金井教授は指摘する。「町内会でも地区ごとの役職選出はあります。実態上のなり手不足は、町内会も自治会も同じです」。役職についての事前知識もないままクラスから2人選ばれただけの学生が自治委員になる現在の組織体制では、形骸化の危険性が高くなる可能性があると言う。
プレオリエンテーションで自治会員を選出する現在の制度には理由があると松居さんは話す。コロナ禍以前は、4月初めに1年生と「上クラ」と呼ばれる特定の2年生が交流のために行う「オリ合宿」で自治委員を選出していたため、2年生からの情報提供の場が設けられていた。しかしコロナ禍ではオリ合宿が中止。制限が緩くなった本年度も、オリ旅行(宿泊の代わりに日帰りで旅行をするもの)を行うクラスでは、自治委員を選出する時間的余裕がなかった。さらに合宿に参加しない1年生がいるため、合宿内で自治委員を選出すると機会の格差が生じるという問題もある。そのため、プレオリエンテーションでの選出が最適解だと判断したという。事前情報の少なさに関しては、自治会に関する動画を1年生の入学時期に公開するなど対策に努めている。
自治委員会の形骸化に関しても対策を取っているという。「委員会では、事前知識の差による参加のハードルをなくすため、図なども用いながら、分かりやすくかつ公平に議案内容を説明しています。その上で、参加している自治委員の方にその場で議論をしてもらい、積極的な参加を促していました」。しかし現在までその対策が引き継がれているとは言いにくい。自治会長のガリグさんは、立て看板を立てたり、ビラをまいたりするなどして自治委員会への参加を呼び掛けるなど、対策に努めるとしている。
理事・自治委員会の連携難も
自治委員会については、正副自治会長ら自治会理事との関係性も問題点になるという。ガリグさんは自治会長として活動を行う上で、自治委員会事務局との間に自治に対する感覚の相違を感じるようになったと話す。 昨年11月から自治委員会は、自治会執行部から独立して運営されている。行政と立法の独立を機能させるという理由で自治委員から提案されたが、理事会は当時、反対の姿勢を取っていたという。丸小野さんによると、反対の理由は①役員内の人員不足②時間的・金銭的コストの増加③意義の薄さ。事務局との意思疎通の不足を感じているガリグさんは「自治委員会はいわば、自治の根幹を成す存在です。総体としての円滑な自治会運営のためにも、自治会長として、事務局とのディスコミュニケーションを早期に解消したいです」と話す。
会員全体の関心が自律的な自治を生む
自治会の内部構造に関して、これまで正副自治会長や自治委員会について取り上げてきた。では、一般の自治会員である学生はどのように自治会の運営に参画できているのか。
今年5月に行われた第147期正副自治会長選挙の有効投票率は40.4%で、以前の値から急上昇した。この理由として、今回の選挙特有の事情があると丸小野さんは考えている。今回は正副自治会長の立候補者が2人ずついる8期ぶりの信任投票でない選挙で、しかもその全員が1年生だった。
また、今回の選挙では投票方法も工夫された。コロナ禍では電子投票が行われ、自治委員がリンクやQRコードをクラスに配布する形が取られていた。しかし投票が後回しにされてしまい投票率が伸びなかったこと、システムの運営にコストがかかることなどから廃止に。今年は1年生の自治委員に投票業務を委嘱し、クラスごと受ける必修の授業前後に投票回収を依頼した。これらのことから、自治会の実質的な主体である1年生の投票につながったと考えられる。
正副自治会長選挙を通した1年生の自治会への参加は、数字の上では達成されているように思える。しかし、自治会執行部内の人的資源の不足という問題を丸小野さんとガリグさんは共通して指摘する。例えば146期から147期の引継ぎの際、新規事務員の募集が滞った結果、執行部内で人員不足が発生、一部の自治会運営に支障が出るまでになってしまった。現在、自治会の官房人事課と連携し、対策を進めているという。
自治会に対する学生からの関心を高めるにはどうすれば良いのか。金井教授は、関心がないならばないで、無理に自治会の存在意義をアピールする必要はないと突き放す。とはいえ、関心の低い組織は乗っ取られやすいとも指摘する。また、本来、自治会には、学部交渉(自治会が学生の代表として年1回教養学部と行う交渉)などの形で学生の声をまとめ大学へ意見を表明するという大きな役割がある。進学選択制度や図書館整備など、大学が学生に関わる制度を適切に運用しているかを監視する役割もある。自治会は、自らがこのような大きな役割を持つことを一般会員に明示することが重要だという。
ガリグさんは、自治会員である前期教養学部生の側からも自治会を応援してほしいと語る。12月下旬の学部交渉の本交渉を見据え「イレギュラーの多かった今期は一時開催も危ぶまれましたが、会員の皆さまの応援のおかげでここまで来られました。アンケート調査の結果とともに要求を学部に訴え、より学生の意見が反映されたキャンパス設計に貢献していきたいです」。また金井教授は、忖度(そんたく)の社会一般と同じく、自分たちの意見を主張する気持ちが薄いように感じると言う。「前期教養学部生は、自分が影響を受ける組織に関心を持つ方が良いのではないでしょうか。学生が声を上げなければ大学も教員も学生の要望に気付けません。学生が自治会に関心を持つことで、外部の組織の支配や介入を受けたり、形骸化したりといった潜在的危険性も薄まってくるでしょう」