10月中旬、新春の箱根路を母校の襷(たすき)で彩る権利をかけ、歓喜と落胆が交差する箱根駅伝予選会。スタート直後から熾烈(しれつ)な先頭争いを繰り広げるアフリカ系留学生の集団に、日本人としてただひとり喰(く)らいつき、最初の1kmをトップで通過したのが古川大晃(総合文化研究科・博士4年)だった。ロケットスタートの勢いそのままに全体60位の高順位でゴールすると、直後に長距離4種目の東大記録保持者・秋吉拓真(工・3年)も77位に食い込み、2人そろって関東学生連合チーム(以下:学連チーム)に選出。東大生では5年ぶりとなる箱根出走がかかる2人に、憧れの舞台への強い願望、そして学連チームの果たす意義を聞いた。(取材・清水央太郎)
無謀ではなく深謀 各々のレースプラン
──予選会当日は20℃を超える厳しい気象条件のなか、ロケットスタートを切りました。不安はなかったのですか
古川:あのスタートダッシュは、レース前から決めていましたね。自分は後半にペースを上げるレースプランが得意ではない以上、いかに前半稼いで後半粘るかを意識していたので。
──予選会では前半は抑えて入り、後半でペースアップするのが強豪校では定石とされていますよね
秋吉:僕はそのレースプランでいきました。ただこれは東大独自の良さだと思うのですが、各々の特性にあったレースプランを組むことが出来るんですよ。自力での箱根出場を狙う学校の場合、(上位10名の合計タイムを短くするため)監督の指示で前半は設定されたペースでの集団走を行わなければいけない場合も多いですからね。
古川:僕自身は長い距離を粘り切るスタミナが強みですし、逆に秋吉は1500mや5000mといった種目で東大記録をマークできるスピードが強みと、同じ競技でもタイプが全く違います。予選会以降行われた学連チームの選考でも、自分の強みをいかにアピールするかは意識していますね。
予選会にて後半、得意のスピードを活かしペースアップを見せる秋吉(画像は秋吉さん提供)
「走れる時に走らねば」昨年味わった悔しさ 固まった決意
──昨年度は第100回記念大会に際し、出場枠の拡大が行われた一方、学連チームは編成されませんでした
古川:とにかく悔しかったですね。博士課程は3年制なので、本当は昨年がラストチャンスのはずでしたし、関東陸連の決定に異議申し立てを行うぐらいには譲れない思いがありました。学連チームに選出させて頂いたものの補欠に回り出走できなかった2年前の悔しさを正真正銘、2度目のラストチャンスでなんとしてでも晴らしたいです。
4年間、新春の箱根路を駆ける日が来ることを決して諦めなかった古川(画像は古川さん提供)
──秋吉選手は昨年も、例年なら学連チームに選出されていたであろう成績を残していました。やはり悔しさはありましたか
秋吉:昨年の時点ではまだ自分の成長を実感し切れておらず「走ってみたら想定以上に順位が良かった」喜びの方が大きかったです。悔しさはあまりなかったですね。まだ来年も出場機会が残されていますが、昨年を経験したことで「走る機会が与えられている時に走らねばならないな」という意識は強くなりました。
「憧れを現実に変える制度」「遅咲きの選手にも花道を」 2人の語る学連チームの意義
──今年復活したとはいえ、学連チームの扱い・存続は今後も不透明な状況が続きます。お2人の考える学生連合チームの存在意義、そして役割を聞かせて下さい
古川:『単なる憧れ』を『手に届く夢』に変える制度だと思っています。豊富な資金や先進的な設備を生かして有望な選手を集める強豪校が全体のレベルを引き上げつつ、現実的に強化が難しい学校の選手にも広い裾野を確保するのが理想だと僕は考えているので。学連チームはオープン参加なので順位は付きませんし、出走選手のタイムも参考記録扱いになってしまいますが、出場校の選手と同じコースを走り、関心を集める機会を確保することに大きな意味があると思っています。
秋吉:僕自身、関西から東大への進学を選んだのは、学連チームでの箱根駅伝出場が狙えたのが大きな理由です。学連チームという制度そのものが関東の非強化校へ進学する一つの動機になっていると思いますね。あと強豪校にスポーツ推薦で入学するには、高校生の時点で5000mで14分20秒を切るような、箱根出場選手と遜色ないタイムを記録する必要があるんですよ。でも選手一人一人、大きく成長するタイミングは違うと僕は思うんです。「高校では芽が出なかったけれど、大学で飛躍した選手をすくい上げる制度」という側面も忘れてはいけないと思いますね。
「同じコースに足跡を」2人の希望区間
──最後にお2人の希望区間、そして憧れの舞台への熱い思いを聞きたいです
秋吉:1区を走りたいですね。ラスト数kmでのスパート合戦では自慢のスピードを生かせますし、何より地上波に一番映りやすい区間ですから(笑)。2年前に学連チームで果敢な「大逃げ」を見せて話題を呼んだ新田颯選手(育英大学)のように、1人でも多くの方々に「箱根へのたどり着き方は決して一つではないんだ」と希望を抱かせる走りがしたいです。
古川:10区を希望しています。長い距離が得意な自分向きの、全区間で3番目に長い23.0kmのコースなのも理由の一つですが、一緒に練習してきた秋吉の「裏の区間」を走りたい気持ちが一番強いです。彼が居なければ、自分は間違いなくここまで強くなれなかったので。あと自分は来春から東京を離れるのですが、4年間お世話になった大好きな東京の街に別れを告げる「ラストラン」にしたい、という個人的な願望もありますね。
記者の目
多くの長距離ランナーの憧れとしてそびえ立つ天下の険、箱根。その高さと偉大さを後世に伝える「公式記録」に秋吉と古川が名を連ねることは、オープン参加である以上、残念ながら出来ない。それでも、箱根の頂に向けて2人が描いた異色の軌跡、そして刻んだ足跡は「記憶」という形で間違いなく残り続けるだろう。101回目の新たな歴史を刻む今大会。箱根という山の裾野の広さを、そして頂点は一つでもそのたどり着き方は選手の数だけ存在するということを、次の100年へ伝えていく「最初で最後の襷渡し」。この大役はきっと2人にしか果たせないはずだ。