2013年度より東京大学産学協創推進本部主催で毎年開催されてきたTodai To Texas(以下、TTT)。本プロジェクトでは、東京大学発のスタートアップやプロジェクトチームが米国テキサス州オースティンで毎年3月に開催される大型カンファレンス「サウス・バイ・サウスウエスト(以下、SXSW)」へと派遣され、トレードショー(展示会)への出展というグローバルな挑戦をします。国内選考を勝ち上がったチームは、東京大学およびTTT運営事務局から、渡航・滞在・出展に係る費用と手続き、および出展やマーケティングのサポートを受けることが出来ます。今回は、3月8日から始まる今年のSWSXへの出場を決めた7チームの中から、jellysurfの代表である江川主民(えがわ・かづみ)さん(学際情報学府・博士1年)とLoraineの代表である宮武茉子(みやたけ・まこ)さん(工学部・3年)にお話を伺いました。
光るサーフボードで初心者のサーフィントレーニングを支援
サーフィンを始めたのは大学2年のころでした。初心者は長めのサーフボードから始めるのが普通ですが、僕はなぜかそれより難しいショートボードから始めたため、最初の1年はボードに立つことすらできませんでした。それでもやり続けて立てるようになりましたが、サーフィン仲間に聞くと「大抵の人は1回やって立てなかったらやめてしまう」とのことでした。「それって、すごくもったいないな」と感じます。確かにサーフィンは基本1人のスポーツです。誰かが付きっきりで教えてくれるわけではありませんし、ほとんどの時間はコツが分からないまま練習を繰り返すことになります。心細いことこの上ないでしょう。
「それなら、サーフボードを光らせれば良いのでは」。この考えに思い至ったのが一昨年の正月、サーフィンを続けて3年目のことでした。ボードの特定の箇所が特定の色に光ることで力を加える方向やタイミングが分かれば、初心者のサーフィントレーニングのサポートになり、初心者が上達しやすくなるかもしれない…そう考えたのです。
サーフィンをするときは必ず湘南の知人宅に行くのですが、その家の裏側には社会人サーファーの石川拳大さん(現・オリンピック日本代表強化指定選手)が住んでいました。サーフィンの本質や新しい可能性を探っていた石川さんに光るサーフボードについて延々と話し続けた結果、一昨年の冬に「それ、やってみよう!」という流れになりました。
ちょうどその後に、産学協創推進本部の本郷テックガレージという技術開発支援スペースが、休暇中に学生の技術開発を支援するプロジェクト「Spring Founders Program」で新たなチームの募集を行いました。ここに応募し支援金をもらえたので、自宅にて開発を始めました。
まずは既存のサーフボードを改造する方向でプロトタイプを作り始めました。サーフィンで加速や減速をするときや波から力を受けたときにボードがどのような動きをするのかを分析し、加速度や角速度が利いてくると考え、加速度センサーやジャイロセンサーをサーフボードに埋め込みました。LEDも外周に埋め込み、加速時は青く、減速時は赤く、右旋回時は黄色く、左旋回時は緑色に光るようにしました。こうして、プロトタイプの完成です。
これを石川さんに乗ってもらい、上級者の視点から「サーフボードとして機能しているのか」についてテストしてもらうことにしました。すると、新たな発見がありました。光だけでも相当目立つし、パフォーマンスも見映えよくカッコイイということです。元々僕のモチベーションは初心者のトレーニングといったところで、乗っている状態を伝える「板から人へ」のインタラクションだけを考えていました。ところが、石川さんは「左に行ったら緑色に光る」ということを利用して「じゃあ緑色に光らせるために左に行こう」という乗り方をするようになり、「人から板へ」のインタラクションが生まれたのです。新しい表現、新しいパフォーマンスができるようになったという点で非常に面白かったです。実際にユーザーに使ってもらわないと分からないことも多いんですね。
その後しばらく寝かせていたところTTTの存在を知り、この光るサーフボードでSXSWに行けないかという話になりました。ただ、この改造したサーフボードではちょっと見栄えが悪いだろうということもあり、いっそパフォーマンスの方面に寄せてみようとなったので、透明なサーフボードを一から作ることにしました。「光るサーフボードに乗る」サーフィンから「光に乗る」サーフィンをしたいという願望ができたのです。晴れてTTTの選考に通ったので、本格的に製作に乗り出ました。
ここで、インターン仲間であった千葉真英さんをチームに引き入れました。モデリングが得意な彼に、透明なサーフボードを3Dプリンターで作ってもらおうと考えたのです。ここに来てようやく本プロジェクトの中心メンバーが揃いました。ただ、このメンバーでサーフィンに対する問題意識を共有して取り組んでいたことは事実でしょうが、実際にそれで開発が順調に進んだわけではありませんでした。時には衝突することもあり、時には失敗することもあり、お世辞にもあまりうまくいっているチームとは言えなかったでしょう。それでもお互いを尊重し合い、各々ができることを遂行する中で困難を乗り越え、作りたいものを形にしています。こちらが、現在制作中のサーフボードのパーツです。
SXSWのトレードショーへの出展では、3つほどボードを持っていこうと考えています。1つは触れるもの、1つは展示用、そしてもう1つは中身の構造を見せるためのものです。
今後は、クラウドファンディングなどでの資金調達を検討しており、登記して実際にスタートアップを立ち上げる予定です。サーフィン用品店などの業界への展開などを考えており、来たる東京オリンピックにてエキシビションを開催できないか考えております。
朝起きの苦手な学生が生み出した朝ごはんロボット
大学1、2年のころはロボコンサークルに入ってロボットを触っていました。高校まではそういうものに触れたことがなかったのですが、設計などかなり楽しんでいたのかなと思います。しかし、自分の担える役割がそこまで多くはなく、先輩方も非常に優秀だったので肩身は狭く、2年の終わりに引退することにしました。
それでもロボットに対する憧れは持ったままでした。3年になって電子情報工学科に進学しても、学科の授業ではあまりロボットを扱うことなかったため、学外でロボットに触れる機会が欲しいと考えて調べ物をしていました。その中で、コネクテッドロボティクスというベンチャー企業に出会いました。
コネクテッドロボティクスは「調理をロボットで革新する」という目標を掲げており、代表である沢登哲也さんも実は東大のロボコンサークル出身ということでした。インターンでここに通いたいと思い見学に行くと、沢登さんが「何か作りたいものある?」と聞いてきたので、ふと「朝ごはんロボットを作りたい」と答えたところ、「それいいね!」と話は進み、その日の内にそのプロジェクトリーダーに任命されました。昨年の5月のことでした。
元々朝に起きるのは苦手で、大阪で実家暮らししていたころは母親が作ってくれる朝ごはんこそが朝に起きるモチベーションとなっていました。しかし大学入学とともに上京してそれが無くなったのです。料理は趣味の一つだったのですが、やはり朝起きて朝ごはんを調理するというのは大学生にとって中々面倒なものです。そういう事情もあって、「朝ごはんを作るロボットがあればなぁ…」という気持ちは漠然と持っていました。また、映画『Back to the Future』の冒頭に出てくる朝ごはんロボットも記憶の中に残っていて、これを実現してみたいという気持ちもありました(実は現プロジェクト名である“Loraine”は、『Back to the Future』の主人公の母親“Lorraine”と重ねています)。
それからは社長と相談しながらひたすら試行錯誤を繰り返し、プロトタイプを作っていきました。その中で本郷テックガレージやTTTの存在を知り、SXSWに行きたいと純粋に思ったので、Demo dayに出せるものにしようという気持ちが湧きました。
Demo dayに向けて作ったプロトタイプは、トースト、目玉焼き、ソーセージ、コーヒーに対応したもの。しかし何しろ、わずか数か月前に始めたばかりのプロジェクトでしたし、他のチームと比べると技術的・経験的にも若い方だったので、本当に選考に通るかに関しては些か心配なところもありました。ゆえに2次選考で勝つためには、プレゼンにも注力すべきだと考え、顧客として想定していたホテル関係者にインタビューしました。ホテルは特に、多くの人に朝食を提供しなければならないので、この朝ごはんロボットが重宝すると考えたのです。インタビューを通してたくさんのことを学びました。失敗したとき清掃が大変なので客室に設置するのは厳しいとか、ビジネスホテルだと朝早く出るお客様もいるのでそのようなロボットは是非とも欲しいだとか…。インタビューで分かった事実を混ぜ込んでプレゼン資料を作り、前日までとにかく練習しました。
そして迎えたDemo day当日。動くロボットアームやでき上がる料理といった見た目の部分がインパクトに溢れていたようで、これは意外に行けるのではないかと感じました。プレゼンも終わり、無事選考を通過することができました。
さらに、Demo day後にレール上をロボットアームが自在に滑走する仕様に変更したことで、野菜をホットプレートの上で炒めるなど、比較的レパートリーの広い調理が可能になりました。
SXSWへの派遣に当たってやりたいことの一つは、実際に現地の宿泊先の部屋に設置して試用してみるということです。上記の通りホテルにはインタビューしたのですが、それがAirbnbといったサービスを通して利用できる民泊などになるとまた条件が変わってくるかもしれません。実際に現地で自分自身がユーザーとなって使うことで、実験をしてみたいと考えています。
また、何かの展示会に出品するということはTTTで始めたことなのでまだまだ素人ではありますが、来客の共感を呼び、来客とのインタラクションを引き起こせるような展示にしたいと考えています。共感という観点では、アイデアの原点でもある『Back to the Future』の冒頭のシーンを想起させるような演出をし、特にその映画を見た人々から「それ欲しかった!」と言ってもらえるようにできたら良いと考えています。インタラクションという観点では、来客が見るだけではなく実際に自らの手でスタートさせることができるような形が必要かと考えています。
これは沢登さんとも相談して決めたことですが、ただロボットを作って終わりにするのではなく、可能なら商品化し、世に出すというところにまで持っていこうと思います。そのために今回のSXSWでは、ユーザーを見つけたいと思っています。また今後の開発の過程では、和食なども視野に入れ、実際の商品化に向けてさらにレパートリーを広げていきたいと考えています。
◇◇◇
心を一にしたチームメイトたちとの研鑽を重ねて東大生たちが創り出した、新進気鋭で個性的な作品群。SXSWではどのようなパフォーマンスを見せるのか、そしてその後どのように発展させていくのか。これからの活躍に注目です。(取材・文:理科II類1年 村松光太朗)
※この記事は、2019年3月7日にUTokyo FOCUSで公開された記事からの転載です。