コロナ禍を経て再開後3年目となった、TEDxUTokyo。2024年4月28日に安田講堂(東京大学大講堂)と工学部2号館で開催された。“daydream”というテーマの下、さまざまな興味、経験、研究成果をもつ学生、教員、研究者、社会人が一堂に会し、「自分が現実だと思っていることが、他者にとっては違うかもしれない」という切り口から、認知や捉え方についての解釈が交わされた。示唆に富んだイベントの一端を、参加した記者の視点から伝える。(取材・西村美優、松本和樹)
イベントはOn- Stage SessionとOff-Stage Sessionから構成されている。On-Stage SessionではSession1、2、3で計9人のスピーカーが講演やパフォーマンスを行い、各Sessionの司会に当たるStage Hostもそこに加わって会場を盛り上げた。さらにはOff-Stage SessionにおけるExhibitionとして企画ブースが設置されたほか、交流や体験の場としてワークショップなどが開かれた。
「できる」を自在化で拡張する
Sesstion1では、東大先端科学技術研究センターで活動する稲見昌彦教授が登壇。身体やスキルの「自在化」による人間拡張の可能性や身体のDX(デジタルトランスフォーメーション)について語った。「自在化」とは、自分がやりたいことを拡張することを指す。これは、人間がやりたくないことを機械にまかせるという「自動化」とは異なる概念だという。研究成果の一例として、ダンサーが第三の腕をつけて踊る映像が紹介され、会場を驚かせた。稲見教授は「拡張することで、人々が未来に希望をもてるようになる」と展望を語った。スクリーンの映像では、けん玉を初めて触る女性が、VRの世界で機械のサポートを受けながら練習を行う様子を紹介。VRというバーチャルの世界で練習したことが、リアルの世界でも再現され、聴衆を沸き立たせた。機械で人の機能を拡張するときには、注意点もあるという。使用する本人が機械でサポートされていることを実感すると、自分の成果としてうまく認識されない可能性があるという。だからこそ、人々を影から支える自在化が重要になってくると稲見教授は語った。他にも、身体のDXとして、重心のバランスをとるための尻尾や合体、分身などについての研究を行っているという。
「本を読むな」新たな本との付き合い方を提案
続くSession2では、本と出会うための本屋「文喫」のブックディレクター、有地和毅さんが登壇。小さな本棚を抱えて入場すると、その個性と巧みな話力で会場を惹きつけた。長年の本好きである有地さんは、「真面目に読まなければいけない」といった本との関わり方についての固定観念に疑問を呈した。本を読まずに「使う」ことで何か価値あるものを引き出せるのではないか。有地さんは新たな本との付き合い方として、本棚に並べることを提案した。本を並べる際、人はその本の文脈は何か、他の本との共通点は何かを頭で考えながら手を動かす。その結果、本棚は人々の世界の捉え方を出力するインターフェースとなり、やがて文化を可視化させるものになるという。本を読むだけでは今まで見えてこなかった文化が本棚から読み取れる。そこに本を「使う」ことの面白さがあるのだと語った。
Off-Stage Session スピーカーとの交流
Off-Stage Sessionでは、On-Stage Sessionにて登壇したスピーカーと直接対談できる機会が設けられていた。そこで記者はスピーチ内容について理解をより深めるため、有地さんに直接取材をした。
有地さんは文化を「人々が持っている価値観や行動規範、興味・関心の対象など」と多様に定義し、本にはその文化を表象する力があると語った。本はこんなにも豊かなのに、本に対する人々のイメージは凝り固まっている。それをほぐしたい、本との関わり方がもっと自由であれば良いのにと思っていたという。そのような思いから生まれたのが、本と出会う本屋「文喫」であり、本イベントでのスピーチだった。
「僕は前書きを読まずに本を読むのだって、何なら適当に開いたページから読むのだって素敵な本との関わり方だと思います。視点を変えて、倍率を変えて、世界の見方を変える。そうすることでしか分からないことだってあるのではないでしょうか」
本との新しい付き合い方、その先には固定観念から解き放たれた新しい文化との関わり方があるのではないか。そう思わされるようなスピーカーとの交流だった。
企画ブースの展示を取材
企画ブースには、全体のテーマ”daydream”に関係する展示が並んだ。多くの来場者を引き付けていた、GMOインターネットグループ株式会社のブースを取材した。
ブースで紹介されていたプラットフォーム「SUZURI」は、ユーザーが自身の作品を商品化することを支援するものだ。元々クリエイターの表現活動の支援としての機能を担っていたが、生成AIの導入によって、手軽にデザインを作れるようになったため、さらに裾野が拡張された形だ。
SUZURIで作ることのできる商品の形態も、Tシャツやグラスといったものから、音楽やスマホの壁紙などのデジタルのデータまで、豊富に用意されているのが強みだという。ブースでは、実際に作成されたグッズのサンプルが展示された。記者も生成AIを活用したオリジナルデザインの作成を体験したが、あまりの手軽さに終始驚かされた。
“daydream”をテーマにした本イベントは、先進技術からアートに至るまで、様々なジャンルにおける新たな認知のしかたを示唆した。ホームページに記載された「事実を認知する力を疑うことには、欲望や反骨精神といった個性が反映されるのであろう」という言葉は、認知の力の多様さがその人自体を豊かにすることを表しているといえる。豊富なコンテンツを通して自分の認知に疑問を投げかけることで、自分自身に向き合う1日であった。
【写真差し替え】2024年7月10日午後5時05分、「西山珠生さんと加藤葉月さんによる、創作パフォーマンスの様子」の写真を差し替えました。