5年ぶりに帰ってきたTEDxUTokyo。6月12日に安田講堂(東京大学大講堂)と工学部2号館で開催された。“Patchwork”というテーマの下、さまざまな興味、経験、研究成果をもつ学生、教員、研究者、社会人が一堂に会し、それぞれのアイデアを縫い合わせていった。未来の世界を創造する刺激的なイベントの一端を、参加した記者の視点から伝える。(構成・松本雄大、取材・松本雄大、石橋咲)
イベントは午前10時55分から開始した。On-stage SessionではSession1、3で4人、Session2で3人の計11人の登壇者が講演やパフォーマンスを行い、各Sessionの司会に当たるStageHostもそこに加わって会場を盛り上げた。さらにはExhibitionとして企画ブースが設置されたほか、Off-Stage Sessionでは四つのワークショップが開かれたりダンサーのJin-Zoがパフォーマンスを行ったりした。
Session1「破く」
最初に登壇したのは理化学研究所・理研白眉研究チームリーダーの榎戸輝揚さん。榎戸さんが運営する不思議な雷を探す雷雲プロジェクトを紹介し、市民科学者が研究に参加する重要性とシチズンサイエンスの未来について語った。次の世代も科学を楽しむことで科学文明社会をより良いものにできる、という意味を込めて「科学を文化にする」と述べたことは、科学をただ学問として見ていた記者にとって目からうろこであった。StageHostの中川ゆりやさんとの質疑応答では「雷雲の次は月を研究したい」と語り、スケールの大きさで会場中を驚かせた。
続いて登壇したのは庭田杏樹さん(育・3年)。「平和教育の教育空間」を探求する東大生だ。戦時下で撮影された白黒写真をカラー化することで戦争の記録を残し、カラー写真をもとに戦争体験者と対話する。写真以上に人々の感性に訴えかける伝え方をしたいと考えて曲を作成したと話し、自身が作詞した『Color of Memory 〜記憶の色〜』をピアニストで作曲家のはらかなこさん、シンガーソングライターのHIPPYさんと共に演奏。会場中の聴衆の心をつかんで離さなかった。戦争体験者から直接話を聞ける最後の世代であるわれわれが、いかに戦争体験者の記憶や思いを風化させないかを語り、スピーチを締めた。
3番目に登壇したのはデザイナーの原研哉さん。人が作るものが四角かったり、丸かったりするのは両手を使うことで自然界の中から四角や丸を自然に発見してしまうことに起因すると語り、スライドで実際にものを折っていく過程を見せることで四角になりやすいことを視覚的に示した。このことから、ものの形状が用途だけではなく、生産のプロセスにも影響を受けることを考える必要があると述べた。話はデザインの方法にも及び、ありふれたものの中に素晴らしいデザインがあるため、生まれて初めて見るかのように世界を観察することで新たなデザインの気付きのきっかけを獲得できると語った。
Session1のトリを飾ったのは京都芸術大学教授でEarth Literacy Program代表の竹村眞一さん。地球と共生し、共進化することを研究する共創地球学を提唱し、進化した地球儀であるデジタル地球儀(地球儀SPHERE)を作成。地球儀上には常に世界中の梅雨前線や気圧、温度など最新の情報が反映され、国や地域にとらわれない生きた地球を見ることができる。人間は地球に地球温暖化などネガティブな影響を与えている側面もあるが、今後はシミュレーションの力を使ってポジティブな影響を与えられるようにわれわれの活動を変化させることもできると語った。
Session1が終了し、記者は工学部2号館で行われたExhibitionに参加。東京大学フォーミュラファクトリーなど9個の展示があった。その中の一つ「モレスキン」は専用のペンとノートブックを用いることで、手書きしたものが専用のアプリを入れたタブレットにも同時に書かれる最新のスマートライティングセットを設置し、好評を博していた。担当者は「このような場で興味を持ってもらえてうれしいです。ぜひ紙のノートを使って手書きの良さを感じてください」と語った。
Session2「継ぐ」
トップバッターを務めたのは東大大学院工学系研究科特任講師の鳴海紘也さん。自身が開発に携わっている持ち運びができる電動モビリティpoimoに乗って登場した。専門はヒューマン・コンピュータ・インタラクションで、特に特殊な素材と構造を活用したコンピュテーショナルファブリケーションなどの研究をしている。身の回りの素材を再定義するこというテーマで、印刷技術を活用し、電子回路やセンサーなどを製造する技術によって薄く柔らかいモーターを作り、ソフトロボットに活用する研究などを紹介した。鳴海さんは文Ⅰから進振り(当時)を経て工学部電子情報工学科へ理転を決めたという。興味があればすぐにチャレンジし、進んでからその分野の勉強を深くすれば良いと進路に悩む学生にエールを送った。
つづいての登壇者は樋泉侑弥さん。株式会社Bonchi の代表取締役社長を務めている。日本の果物はおいしく、世界中で売れる可能性があるのにもかかわらず、日本の20代農家の割合は1%で、果物を生産する技術や伝統の継承がされないことを懸念して会社を設立した。Bonchiの目的は、農業を新たに始めるには時間とお金がかかるという日本の農業の問題点を解消し、農家になりたくてもなれない人を支援すること。その結果として日本の農業の技術や伝統を継承してもらい、日本の果物を世界に発信したいと考えているという。
StageHostの五百旗頭アレンさん(経・4年)との質疑応答では、おすすめの桃の食べ方を紹介。常温で熟し、手で皮がむけるくらいまで待った後、冷蔵庫に入れて、次の日に食べると非常においしく食べられるそうだ。記者は頭に深く刻んで次の登壇者を待った。
Session2のトリを飾ったのはNinguém Mexe Comigo 創始者のPaola Bellucci Ortolanさん。子供への性的虐待の深刻さを訴え、世界からの撲滅を目指す活動をしている。母国ブラジルでは家庭内における子供への性的虐待の件数が多く、どのようにして子供自身が身を守るかを、子供たちに分かりやすく、受け入れやすく伝える方法を模索した。結果として多くの人の協力を受け、身を守る方法を歌詞に載せた音楽を制作。歌詞の中にも存在し、登壇中にも繰り返し述べていた「叫び、走り、知らせ、100に電話を掛ける」という言葉がどれだけ多くの子供の心と体を守っただろうかと思いを馳せた。現在は多言語でのバージョンを制作している。
「継ぐ」と題したSession2は終わりを迎えた。StageHostを務めた五百旗頭さんは東京大学新聞社の取材に対して「質疑応答で自分の知らない領域や参加者がさらに聞きたい話題を開拓していくことができてよかった」と重責な仕事を振り返った。
Session3「問う」
Session3はゲームAI研究者の三宅陽一郎さんの登壇で幕を開けた。哲学は「知識」ではなく、古い考えを打ち破って新しい考えに導く「解放」であり、エンジニアリングやサイエンスは哲学が与える広くて新しい土台の上に構造をつくるのだと語った。人間の要素を分解して、学問によって統合したものが人工知能で、人工知能を作ることは再び世界を作り上げることだと締めくくり、冒頭で語った、人工知能を作りながら知能を定義していくのだという言葉が想起された。
続いて東大生産技術研究所特任講師の森下有さんが登壇。建築を専門とする森下さんだが、建築はもの・こと・人の関係性を作るもので、必ずしも空間を媒体とする建物に頼らないと説明した。また、そのためには思い込みを取り除いてリアリティーに向き合う「再読」が必要だと述べた。北海道のエゾジカは害獣かジビエとして見なされるが、これでは人間とその地に生きるエゾジカとの関係性が生まれてこない。猟師と共に森を歩いたり、食肉加工師やシェフ、ペインターなど多様な人の話を聞いたりしてエゾジカを「再読」することでヒトもエゾジカも生きられる空間を作れる可能性を探っていると語り、会場は静かな興奮で包まれた。
3人目の登壇者は指揮者でエル・システマジャパン音楽監督の木許裕介さん。コンサート本番での演奏は空間と時間を共有する観客に大きく影響され、指揮者の役割は集った観客のエネルギーで「共振」を起こすことだと話した。良い演奏とは激しい共振が起こる演奏であり、そのために指揮者は孤独に楽譜一冊と向き合い、想像と客観的な事実のリサーチを通してどう作品を立ち上げるかを事前に考える必要がある。「この作品を指揮するのは君でなければならないのか」という問いにYes、と答えられるようになるまで徹底的に準備し、Yes、と答えられれば曲と共振できている感覚が得られるのだと語った。
イベント最後の登壇者は映画プロデューサーの三間瞳さん。障がい者の妹を持つ「きょうだい」としての生きにくさを語った。妄想や執着、病院からの逃走といった妹の行動の尻拭いをしなくてはならず、過去に妹を殺してしまいたくなったことさえあると打ち明けた。今でこそオープンに語れるようになったが、以前は正直に自身の妹への思いを全て話せば家族を傷つけてしまうと考え、人格者でいなければならないと自分の心を抑圧していた。しかし、自分を大切にできなければ誰のことも大切にできないのだと気付き、聴衆もまた彼女の告白に対し大きく温かな拍手を送った。
Session3が終了し、閉会式を終えると工学部2号館に移動。Jin-Zoによるダンスパフォーマンスが行われた。日が沈み、幻想的な空間の中で披露される、激しく力のあるダンスが観客を魅了した。
多種多様なアイディアと登壇者全員から伝わる情熱が混ざり合った今年のTEDxUTokyo。その熱に当てられたわれわれ聴衆の心には一体どのようなパッチワークが生み出されたのだろうか。
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