毎年正月には、題にちなんだ和歌を披露する「歌会始(うたかいはじめ)の儀」が宮中で行われる。三十一文字(みそひともじ)という短い形式で感情や風物を詠む和歌・短歌は奈良時代以前から現代まで受け継がれ、日本文化に欠かせない一部分だ。古典和歌を鑑賞する面白さ、現代短歌を詠む楽しさとは何か。古典和歌研究の第一人者と、東大で研究する傍ら、現代短歌の世界で活躍する歌人の2人に聞いた。
(取材・吉良椋)
ルールを覚えて解釈深める
和歌の解釈とはどのような作業だろうか。「和歌文学大辞典」の編集委員を務め、和歌入門書も多数執筆する渡部泰明教授(人文社会系研究科)は「和歌が詠まれた時代の言葉の意味を踏まえながら、作者の意図に即して解釈します」と語る。万葉集から古今和歌集、源氏物語と時代が下るにつれ、作者が踏まえる表現の種類は増えていく。渡部教授は「古い作品からの本歌取りはもちろん、漢詩文などから表現を取り入れることもありますね」と説明する。
和歌の解釈には困難が待ち構える。「和歌の解釈はただ作品を現代語に置き換えるだけではありません」と渡部教授。「言葉に出ている部分はあくまで氷山の一角にすぎず、言葉にならない隠れている部分を掘り起こすのが難しい」。そこで解釈の助けになるのが時代の背景知識と、和歌固有の表現のルールである「様式性」だ。
時代の背景知識が解釈の助けとなる和歌に、古今和歌集の冒頭の歌がある(図1)。平安時代に詠まれた正月にちなんだ和歌だ。「これもただ訳しただけでは面白さが分かりませんが、立春の慶(よろこ)びを演技性豊かに表したと理解すれば、面白い歌になるのです」。背景知識が解釈の助けになる興味深い一例だ。
「様式性」が解釈の助けとなる一例として、例えば「恋」がテーマの和歌の場合「恋人とデートできてうれしい」と詠まれることはないという。恋は常につらいもの、片思いのものとして詠まれる。だからといって、恋人との逢瀬(おうせ)を詠むことができないわけではない。「後朝(きぬぎぬ)の別れ」と呼ばれる、「いかに別れがつらかったか」ということを詠む手法がそれだ。「つらさの裏に、逢瀬の喜びが含まれているのです」と渡部教授は語る。
解釈の上達のためには、たくさん和歌を読むしかないという。数をこなしてくると、ある和歌を目にしたときに、思い浮かぶ和歌が増え、いくつもの和歌の情景が重なっていくことで、解釈も容易になる。
和歌には多くのルールがあると思われがちだが、渡部教授は否定する。「実は和歌のルールの種類は、それほど多くありません。逆に様式性や背景知識を覚えてしまえば、作品の言外の意味まで読み取れるようになり、作品鑑賞に深みが出てきます」
渡部泰明(わたなべ・やすあき)教授 (人文社会系研究科)
86年人文科学研究科(当時)博士課程中退。博士(文学)。上智大学助教授などを経て、06年より現職。
感覚を頼りに試行錯誤重ねる
坂井修一教授(情報理工学系研究科)は、自身の研究を行いつつ、現代歌人協会の理事も務めるなど短歌の第一線で活躍する異色の歌人だ。
坂井教授が短歌と出会ったのは大学2年生の春。同級生に短歌誌「かりん」の歌会に連れて行かれたことがきっかけだった。「それが運の尽きです。まさか40年も続けることになるとは思っていなかったですね」と笑う。研究の傍ら、作歌に取り組み続ける理由としては「何かを表現したいという欲求を満たすのが、自分にとって短歌という形式だった」と話す。全くの未経験者だった坂井教授は「かりん」で多くの会員と交流しながら歌人となった。
科学者であることが作歌に与えた影響は大きい。「理系の学者としての基盤は論理ですが、歌人としての基盤は感情や感覚。例えば文明の進歩が人類の進歩という考えが理系では自然なものですが、芸術の分野ではむしろ逆で、野性味など人類の持つ本来の能力は後退していると考えます」と坂井教授。文明の進歩を人類の進歩と捉える考え方を留保することが創作の大きな動機になるという。
坂井教授が挙げた冬の歌は、作歌を始めて1年ほどのころに詠んだ第一歌集の巻頭歌だ(図2)。作歌の際に気を付けた点として坂井教授は言葉のリズムと響きを挙げた。ただ、気を配るべきはこれらの要素だけではない。「例えば、あ行、か行、さ行は音がきれいですが、この音を連ねるときれいな歌ができるかといえば実はできません。秀歌は理詰めでは生まれません」。言語を感覚的、感情的に出し入れしながら、韻律と意味が合う形を探っていくという。短歌を初めて作る際は、現代歌人の歌集を手に取るとともに「お試し感覚で詠んでみることが大事」と坂井教授。TwitterなどのSNSで自作を発表するのも一つの手段だ。「一つのツイートでも4首詠めます。そこで人の批評を受けることが大事です」。ここで大事なのが、うまく詠めないことを厭(いと)わないこと。「絵でも文芸でも、駄目な作品が財産になる。いろんなものを吸収して短歌がうまくなっていきます」
坂井教授は「作歌はすればするほど面白い。短歌は科学技術全盛の時代でも残っている、感情や感覚、本能を含めた人間の全体を味わうきっかけになるでしょう」と魅力を語る。試行錯誤の先に、魅力的な短歌の世界が広がっている。
坂井修一(さかい・しゅういち)教授 (情報理工学系研究科)
86年工学系研究科博士課程修了。工学博士。筑波大学助教授などを経て、01年より現職。現代歌人協会理事も務める。
この記事は、2018年1月1日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。
インタビュー:根本かおるさん(国連広報センター所長)
ニュース:有期職員の雇用上限廃止 5年勤続で無期契約可能に
ニュース:割れてもくっつくガラスの開発に成功
ニュース:理学部1号館で人倒れ救急搬送
企画:2018年の東大を予習
企画:謹賀新年 読者の皆さまへ 本紙編集長 児玉祐基
企画:平成30年に元号の意義を考える 身近な「時代の象徴」さあ次は
企画:想像と創造は経験から 読む・詠む 短歌の魅力
東大今昔物語:1989年1月10日発行号 新年に信念持って行動
キャンパスガイ:岡田忠志さん(文Ⅰ・1年)
※新聞の購読については、こちらのページへどうぞ。