優秀な若手研究者の自立した研究教育活動の支援や育成を目的とする東大の卓越研究員制度。推薦型と公募型があり、選ばれるとスタートアップ経費として年間300万円を2年間配分される。令和3年度卓越研究員に採用された研究者のうち4人に、研究内容や環境、今後の展望について話を聞いた。今回は豊島有准教授(東大大学院理学系研究科)と江間有沙准教授(東大未来ビジョン研究センター)。(取材・清水琉生、清水央太郎)
豊島有准教授〜データサイエンスで始まる「次の生物学」〜
線虫の行動制御に関わる神経ネットワークのシステム生物学的解析が評価され卓越研究員に選ばれた豊島有准教授(東大大学院理学系研究科)。線虫は、既に全ての神経細胞が明らかになったものの、神経の応答メカニズムの解明は済んでいない。そこで線虫の運動とその際の神経応答の様子を観察することを実現したのが、豊島准教授の研究チームが開発した「Tracking 4D 顕微鏡」だ。線虫の運動時の思考回路を可視化して追跡する。
神経科学・システム生物学の研究者としての道を歩み始めたきっかけは、学部生の時に参加した生物情報科学学部教育特別プログラム(現・生物情報科学科)の授業。生物学への興味にとどまらず、プログラミングや機械の分解が好きであったことも大きかった。「線虫屋と思われがちな研究ですが、私はどちらかというとシステム生物屋です」。多分野への興味が融合して現在の形になっていると話す。線虫を用いてシステム生物学の研究を進めているのは、全中枢神経細胞の活動時系列データが取得でき、神経回路全体のはたらきを把握できるためだという。
現在はデータ採取をより円滑に進められるよう改良を日々試みているが、4D顕微鏡の開発に光学や電子回路など専門外の知識が必要だったことには苦労したという。更に、多くの研究者が置かれている資金繰りの難しい現状についても「外部資金がないと研究自体が止まってしまう」と研究者にとっての資金獲得の重要性を強調する。卓越研究員への選出については「外部資金ではカバーしにくい、研究室の立ち上げにかかる費用を補助していただけるので大変ありがたいです」。今回の卓越研究員への選出は豊島准教授の研究への一助となった。こうして生命現象の解明への道のりが、データサイエンスによって次のフェーズへ進んでいく。
江間有沙准教授〜社会は技術と「どう付き合うべきか」を探る仕事〜
江間有沙准教授(東大未来ビジョン研究センター)の専門は科学技術社会論(STS)。科学技術の発展が社会に与える影響を分析し、その課題解決を模索していく学際的な学問だ。AIや VRの倫理やガバナンスについて研究した論文や活動が未来ビジョン研究センターから推薦を受け、卓越研究員に選出された。「評価を頂けたことは大変光栄ですし、自信にもつながりました」
情報技術は社会や設計者の無意識のバイアスと無関係ではいられない。権力構造やジェンダーの問題をはらむ技術は、社会のインフラへと埋め込まれてしまい、現代社会が持つ問題を知らずに再生産してしまう。そこに光を当てて課題解決するためには、文理を問わずさまざまな学問分野や産学官⺠など多様なステークホルダーとの対話が必然的に必要となる。しかし、これはなかなか容易ではない。対話の場づくりも研究活動の一環だと話す江間准教授は、幼少期や小・中学時代を海外の異文化コミュニティーの中で過ごし、自分の立ち位置について客観的に考えた経験や、文IIIに入学後に、進学選択で理転し、文理横断的にさまざまな学問を勉強した経験が生かされていると語る。
卓越研究員に選出されたという実感はまだ感じ切れていないと話す。それでも「大学は自由に研究できる場所と思われがちですが、最近は研究費の用途がかなり制限されています。その中で、長期にわたって自由に使える資金を頂けるのはありがたいです」と語る。
専門分野の特性上、技術の発展や社会の変容とともに研究対象も変化と拡大を続けてきた。「最新技術に付いて行くのは簡単ではないですが、ワクワクもします」。時代が進歩をやめない限り、江間准教授の活躍の場は今後も広がっていくはずだ。
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