優秀な若手研究者の自立した研究教育活動の支援や育成を目的とする東大の卓越研究員制度。推薦型と公募型があり、選ばれるとスタートアップ経費として年間300万円を2年間配分される。令和3年度卓越研究員に採用された研究者のうち4人に、研究内容や環境、今後の展望について話を聞いた。今回は青木尚美准教授(東大大学院公共政策大学院)と中井悠准教授(東大大学院総合文化研究科)。(取材・川田真弘、佐竹真由子)
青木尚美准教授〜行政の縦割り問題をデータで解決する〜
青木尚美准教授(東大大学院公共政策大学院)の専門は行政学。行政の縦割りの弊害を抑止する施策を実施する際の課題および、行政官の管轄意識に及ぼす影響などを実証的に検証する研究で卓越研究員に応募し、選出された。「これまでもずっと世界各国で行政の縦割りの問題は指摘されてきましたが、データを使った実証研究はあまりされておらず、チャレンジしてみたいと思いました」
例えばシンガポールでは、省庁横断的に配分される予算があり、また公務員は省庁専属ではなく、省庁をまたいだ人事も行われているという。こうした、縦割りを打破した制度によって、政策を政府全体で包括的に進めていくことができるのではないかと青木准教授は語る。「こうした制度が公務員の意識にどのような影響を与えるかについて研究したいです」
青木准教授が行政学の研究を始めたきっかけは、修士課程修了後の世界銀行での勤務経験にあったという。「途上国の行政改革に携わる中で、国の発展における行政の重要性に気付かされました」。以来、こうした実践的な問題関心から行政学の研究を行う傍ら、研究で得た知見を現場で働く公務員に共有し、より良い行政の実現を目指してきた。AIを活用した公共サービスへの人々の信頼を研究した実績もある。
行政学の魅力について青木准教授は研究のプロセスから得られた知識を実務者に共有できることだと語る。「授業で国際色豊かな学生たちと、研究で得た知見を共有し、より良い行政の在り方を議論するのも楽しいです」
得られるデータに限界があることも多いが、それでも青木准教授は既存の研究に新たな知識を付け足すことができることの意義を強調する。「自分ができなかったところは将来の研究者に託すという思いで研究を行っています」
中井悠准教授〜「いいね」数に還元されない長期的な価値を〜
中井悠准教授(東大大学院総合文化研究科)は音楽を中心とした広義のパフォーマンスを研究、制作している。電子音楽の先駆者としても知られる実験音楽のピアニスト、デーヴィッド・チュードアの研究に取り組んできた。チュードアは音楽史において重要な人物だが、作品について語らなかったため研究されてこなかった。中井准教授は、チュードアが残した自作楽器に関する膨大な資料を活用して、楽器の物理的固有性からその音楽に根底する一貫性を明らかにした。
チュードアは、小さな電子楽器をつないだ楽器のネットワークを演奏の都度制作した。これらの楽器同士の関係は不確定性をはらむため、チュードアはそれを「制御(control)」ではなく「影響(influence)」という言葉で説明した。中井准教授はそこから着想を得て「影響」という概念の対象化を試みている。「影響」という語は合理的に説明できない作用関係を便利に言い表せるため、誰もが定義をしないまま乱用しているが、中井准教授はルネサンス期の占星術における語源にさかのぼりつつ、そこから現代の「インフルエンサー」の活動を支えるインターネット上の広告の力学まで、この奇妙な説明原理の作用を多角的に研究している。
卓越研究員として研究資金を獲得することで、短期的利益に還元されない制作や研究を行う環境が整備されると話す。現在、さまざまな物事がSNSの「いいね」の数や視聴回数などの数値化された資本主義的利益に回収され、芸術の価値も一元化されていく恐れがあるが、チュードアらの音楽の重要性は短期的な「いいね」の数に還元できないところにある。中井准教授は「長期的な価値を見据えた研究や制作の意義を次世代に伝えたいです。さまざまな分野の学生が『パフォーマンス』を軸に交流する風通しの良い研究室を作りたい」と語った。