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2024年6月27日

【前編】高島市長の鋭い指摘が飛んだ公開政策提言 【瀧本ゼミ政策分析パート駒場祭イベントレポート】

 

 2023年度駒場祭2日目の11月25日、今年4月に最年少で市長職に当選した現職の兵庫県芦屋市長・高島崚輔(りょうすけ)氏を招いたイベントが行われた。企画元は東大内のゼミ「瀧本ゼミ政策分析パート」だ。本記事では高島氏に対し、同ゼミにより行われた政策提言の様子をレポートする。(取材・海老澤茉由莉、高橋潤 撮影・新内智之)

 

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【後編】高島市長の鋭い指摘が飛んだ公開政策提言 【瀧本ゼミ政策分析パート駒場祭イベントレポート】

 

【政策1】意外な需要と経済効果 「かくれ脱水」政策

 

 瀧本ゼミ政策分析パートの代表・伊丹裕貴さん(文I・2年当時)が提言したのは「芦屋市のかくれ脱水状態にある高齢者約1400人を正常状態(健康)にする」という施策だ。脱水症は熱中症以外にも脳梗塞などさまざまな疾患の引き金になる可能性があり、多額の経済的損失を引き起こし得ると指摘。また、脱水症の予防策として脱水症の前段階である「かくれ脱水」を早期発見し、予防することが効果的だと結論づけた。具体的には、高齢者の健康診断時に、受診票と「高齢者用かくれ脱水チェックシート」への記入を通してスクリーニング(ふるい分け)を行い、かくれ脱水状態に該当する者に経口補水液を1週間分提供する。脱水による健康被害のリスクを減らし、高齢者の健康を維持することで芦屋市に限っても年間数百万円規模の医療費の削減につながると主張した。

 

 高島市長は医療費や福祉費の持続可能性について、高齢化が進行し介護や支援が必要な人が増加する中で重要な課題になっていると応じた。そして提言内容に示された予防医療の重要性についても強調。市長は「かくれ脱水」の現状に関して市役所が定量的な把握をほぼできておらず「かくれ脱水」の可能性がある人たちに対するアプローチが進んでいなかったことを踏まえ、「かくれ脱水」の啓発や、熱中症予防の重要性を認めた。その一方で、芦屋市の現状を踏まえて提言の実現可能性に以下の疑念を投げかけた。

 

「かくれ脱水」政策を提言する伊丹さん
「かくれ脱水」政策を提言する伊丹さん

 

参加率、医療機関の負担、高齢者の持病……多様な切り口から厳しい指摘

 

 1点目は健康診断の参加率に関する懸念だ。芦屋市の後期高齢者の健康診断の参加率は30%程度にとどまる。健康診断の参加者も健康意識の高い人に限られる可能性があるため、「かくれ脱水」の人々に健康診断という手段で適切にアプローチできるか疑問を呈した。これに対して、伊丹さんは健康意識が高いからといって「かくれ脱水」を防げる訳ではないため、健康意識の高低によらず約2割の高齢者が「かくれ脱水」になっていると反論した。

 

 2点目は医療機関の負担に関してだ。芦屋市における健康診断は個々の医療機関で行われているため、それぞれのクリニックに「かくれ脱水チェックシート」の記入を依頼するのはハードルが高くなりかねないと指摘した。そこで市長は一部の地域に限定してかくれ脱水対策を行い、その効果を測定するパイロットプログラムの導入を提案しつつも、効果測定、分析の難しさがあるとした。伊丹さんは、一年に一度特定の医療機関で行われるという健康診断の特性を利用すれば、ある程度の期間にわたって特定の人の健康状態を追跡することが出来るため、初期投資は大きいかもしれないが、適切な効果測定と医療費削減は図れるのではないかと述べた。

 

 さらに高齢者の持病や体質に注目した指摘も見られた。高齢者の中には腎機能の低下などが理由で過剰な水分補給や不適切な種類の水分摂取がリスクとなりうる可能性もある。これに対しては、伊丹さんは問診の際に医師が患者に腎機能に問題がないかの確認を挟むことで解決できると主張した。提言やディスカッションの内容を踏まえ、市長は芦屋市が大塚製薬と包括連携協定を結んで行っている熱中症の啓発などのアプローチの発展的な形として試行してみることも検討したいと述べた。

 

伊丹さんの政策提言に耳を傾ける高島市長
伊丹さんの政策提言に耳を傾ける高島市長

 

【政策2】母子家庭の貧困に焦点 元夫とのやりとりを不要にする養育費立替制度

 

 次に、同ゼミの岩渕士和さん(文I・1年、当時)が提言したのは「母子世帯の養育費回収補助」だ。

 

 養育費を支払うことは親の義務だが、母子世帯の7割以上が養育費を受け取れず、半数以上が相対的貧困に陥っているという。(相対的貧困:所得中央値の一定割合(50%が一般的)を下回る所得しか得ていない者)

 

 母子世帯が養育費を受け取れない要因として、手続き的なハードルと心理的なハードルの二つを提示。前者に含まれることとしては、養育費を受け取る手続きは時間がかかる上に煩雑であること、及び法的な手続きを経ない私的文書に基づく養育費の合意は強制執行が難しいこと。後者に含まれることとしては、離婚した配偶者との関わりを避けたいという感情が養育費に関する取り決めを妨げていることを挙げた。法的な整備が進んでいない中で養育費問題を司法の権限によって対処するのは現実的ではないし、支援を担う行政は、相手と関わりたくないという母親側の心理状態を踏まえていないという主張だ。

 

 現状を踏まえて提案したのは、養育費立て替え制度の導入だ。この制度は行政が養育費の支払いを立て替え、必要な手続きを行うことで、シングルマザーが直面する手間や心理的負担を軽減することができるというもの。また、行政の立て替えにより、母子家庭への安定した養育費の支払いが保証される。岩渕さんは、少ないコストで養育費受給率が向上すると試算し、養育費の問題に対する具体的かつ実行可能性が十分にある施策であると説明した。この政策により養育費の受給率が向上し、前述の貧困問題の解決につながるとも言う。

 

 これに対して市長は、この施策に対しても、実現可能性と効果への懸念、及び改善の必要性について指摘した。

 

養育費立替制度を政策提言する岩渕士和さん
養育費立替制度を政策提言する岩渕士和さん

 

定性的な施策に対する市長の厳しい指摘

 

 市長のコメントからは養育費の問題の難しさが浮き彫りになった。まず、母子家庭の養育費受け取り状況や貧困の度合いに関して市内で十分な調査は実施されておらず、さらなる現状分析が今後必要になるとした。市長は芦屋市として公的文書の作成支援や民間保証会社との連携など既に実施している支援策の効果をどう評価するかも問題になるとして、特に後者の施策の利用者数が伸びていない原因が既存の施策が市民のニーズに合っていないからなのか、または周知不足に由来するものなのか探る必要があると言う。

 

 養育費立替制度の実施にあたっては、養育費の支払いを催促する人員の不足やこの分野の法律に精通する専門家の必要性といった実務的な課題もある。催促を行う人員の不足に対して、岩渕さんは家賃催促などの既存の回収スキームを養育費立替制度に効率的に適用すれば新たな人員を大量に追加する必要はないと反論した。また、専門家の確保には地元の弁護士会や外部の専門家との連携強化などで対処できると述べた。

 

 加えて、市長はこの施策が実施された暁には、市民全体が制度の存在と重要性を理解し、支援が必要な人々が適切にアクセスできるようにするための効果的な情報提供と啓発活動の必要性を強調した。周知を進める例として、岩渕さんは離婚届を受け取った際に自動的に関連情報を得られるようにすることを提案した。

 

瀧本ゼミ政策分析パートの集合写真 前列中央右から3番目に伊丹裕貴さん(文Ⅰ・2年、当時)、続いて高島市長、岩渕士和さん(文Ⅰ・1年、当時)
瀧本ゼミ政策分析パートの集合写真 前列中央右から3番目に伊丹裕貴さん(文Ⅰ・2年、当時)、続いて高島市長、岩渕士和さん(文Ⅰ・1年、当時)

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