「東大の知をひらく」をコンセプトに、教授や卒業生のインタビュー、東大の関連ニュースを発信してきた東大新聞オンライン。開設1年半を過ぎたいま、月間6~8万人の訪問者を集めるメディアになったが、まだ歩むべき道のりは長い。そこで今回、東大新聞オンラインの須田編集長が、ハフィントンポスト日本版編集長である高橋浩祐さんに話を伺った。(前編はこちら)
――ハフィントンポストの読者層はどのあたりですか?
今は30代40代がコアで、だんだん若い女性にも広がってきていますね。
――僕は以前、東大の授業でハフィントンポストの前編集長だった松浦さんのお話を聞いたことがあって、「同じ世代による同じ世代のためのジャーナリズムにしたい」ということをおっしゃっていました。
今は、やっぱり若者に強くないと生き残れない。若者と言えばスマホ。PCを持っていない人も多いですから。今、ハフィントンポスト日本版も、モバイル比率が7割を超えています。モバイルでもビデオが重要なコンテンツになってきていますから、ビジュアル・エレメンツに強くないと生き残れないでしょう。
あと、東大新聞も主要な記事は英語に訳してあるといいよね。うちも毎日5、6本、海外版の編集長にグローバルに通用しそうな記事を送っているんですよ。中には訳されるものもあります。横のやりとりが増えているから、ますます英語が重要だね。
――それはハフィントンポストのグローバル戦略としてはわかるんですが、日本版のメリットは何ですか?
やっぱり横の国際ニュースだよね。パリのテロだって、みんな東京オリンピックや来年の(伊勢志摩)サミットを心配するでしょう。あっちで起きたことがこっちに関わる時代だから。割と日本のメディアは一報の報道が少なく、遅かったけど、ハフィントンポストは初めの5日間だけでも日本版 で50本近い関連記事やブログを出して、そのうち20本近くは翻訳でした。たとえばフランス版の編集主幹が書いた良いブログがあると、全部各国版に翻訳される。そこは他のメディアにはないところかな。
あとは、地方創生とライフスタイル、地球環境を重視しています。こういう話題はメディアとしての社会的な使命を果たすことになるし、スポンサーも付きやすいんですよ。地方創生は佐賀県からのネイティブ広告がついたし、地球環境はTOYOTAのAQUA SOCIAL FESの広告がついた。社会活性化みたいな、いいニュースじゃないですか。そうすると、広告も乗ってくれる。
あとハフィントンとして必要だと思っているのは、移民とか難民の問題ですね。いま受け入れ反対とかネガティブな情報ばっかりじゃない。そうじゃなくて、ちゃんと共生しているコミュニティや地域があることを、メディアとしてバランスをとって報じていく責務があると思っています。この間もうちは、そういう視点から横浜の団地の話を書きました。
シンガポールだってマレーシアだって、移民が共生している国はたくさんありますよ。それを報じないで、受け入れ反対とか難民がテロを起こしたみたいな報道をするのはおかしいと思うので、ハフィントンは世界的に「グッド・ニュースもあるんだから」と言おうとしています。
――僕は人文系の大学院で、難民はどんどん受け入れようという人に囲まれて研究しているので、「難民が入ってきたら危ないじゃないか」という意見がたくさんシェアされていて驚きました。どっちの意見も言える場所って大事だと思いますが、それをバランスとって作っていくのはすごく難しいですよね。
メディアとしては、なるべくウイングを広げていった方がいいよね。ブログでもワンサイドの意見にならないように、というのは常々ブログ・エディターにお願いしています。偏った意見を押し付けるのって読まれないでしょう。ちゃんと反対の意見もわかった上で、「こういう意見もあるけど、私はこう思う」っていう書き方がいいですよね。
うちはバランスとって書くことを意識していて、ブログがかなりワンサイドに偏っていたときには、掲載を断った場合もありました。やっぱり反対意見の人にも一理あると思わせる記事とかブログがいいね。
――東大新聞オンラインも多様性や国際ニュースを扱いたいという問題意識を持っているんですが、それを実行に移すのは難しいです。というのも、マネタイズをしていかないといけないので。
無料サイトだから、やっぱりPVが必要なんでしょう。うちもそうだけど、国際ニュースだとかライフスタイル、地方創生、ハイブラウ の方でブランドを立てて、その一方でやわらかいニュース、ローブラウで数字は数字で取ると。やっぱり、マスを取らないと無料サイトは厳しいです。あと、若者のサブカルチャーとかじゃない? うちにはサブカルチャーがかなり好きな男性記者もいます。やっぱりスタッフも多様性があるとニュースが偏らない。
――エンタメ性とジャーナリズムの堅さのバランスも難しいなと思います。ハフィントンポストさんでは、ブラジル・ワールドカップのときに「美女サポーター特集」がありましたね。
あれはやっぱり下支えの数字がなきゃいけないっていうことと、堅いのばかりだと息が詰まっちゃうんですよね。ハフィントンのアメリカ版も、初めは経営を固めるために割とローブラウ中心だった。でも、そうするといずれメディアとして尊敬されたいと思う。ということで調査報道もどんどんやるようになって、7年目でピューリツァー賞を取りました。
朝日新聞もそう。元々小新聞と言われて、イエロージャーナリズム的なことばっかりやっていた。それがいずれ売れてくると、尊敬されたいから政治経済に行って、夏目漱石のような人材も入ってきた。うちはまだ2年半なので経営を見つつやっていきますが、将来人数が増えたら2・3人常にフル回転で調査報道を手掛けたいです。
――今後の課題はありますか?
やっぱり調査報道だね。2014年の年明け頃に、『アンネの日記』切り裂き事件がありましたけど、あれはうちの猪谷記者がスクープしました。猪谷記者は「図書館記者」で、全国の図書館に関するネタはすぐに入ってくる。都内の図書館で『アンネの日記』が破られてるって話を聞きつけて確認していくと、どんどん破られてるのが分かったから記事に書くじゃない。
そうしたら、イスラエル大使館が抗議したり官房長官がコメントしたりと外交問題にまでなっちゃった。猪谷記者が初めに書かなかったら、気づかなかったですよ。それからもう間もなく2年になっちゃうから、次のスクープがほしいですね。
――最後に、東大新聞へのアドバイスがあったらお願いします。
マスをとらえるっていう意味では、カルチャー系が弱いかな。あとは、もっと若者の声を入れてもいいんじゃない? 同年代や自分たちより下の世代で活躍していて今後10年、20年を変えそうだな、という人がいたら発掘するとか。そうすると読まれるかもしれないね。
あと表現が堅いかな。今は映像の時代だから、ペンの人もテレビを意識して、表情豊かに映像を見ているような感じで書くといいと思いますね。今日のインタビューでも「高橋さんは力をこめて言った」とかね(笑)。インタビューをする時は、五感をフル活用しないと。
取材を終えて
日本のオンラインメディア界は、今年だけでもNetflixが進出したほかBuzzFeed上陸決定やUstream撤退が報じられるなど、目まぐるしい変化の中にある。ハフィントンポスト日本版は、その変化の只中でどんなメディアを目指すのか。この問いかけに対する高橋編集長の答え「市民目線のジャーナリズム」は、街に出て人の声を聴く、という地味かもしれないが堅実なものだった。
堅実さの一方で、他国籍メディアならではの国際ニュースや、明るい地域のニュースを取り上げることも忘れない。そんなハフポスト日本版の姿勢は、テレビや新聞の地位低下がささやかれ、オンラインメディアが乱立する中で、一つの新しいメディアの在り方を示しているように感じた。
私たち東大新聞オンラインもメディアの端くれとして、今回のインタビューで受けた刺激を生かし、これからの活動に力を注いでいきたいと思います。高橋さん、見守っていてくださいね。
(聞き手:須田英太郎 文・写真:井手佑翼)