東大では新型コロナウイルスの影響で2021年度も対面授業が制限され、オンライン授業が中心だった。その中で、主にもの作りやフィールドワークなどを実際に現地に赴いて行う「全学体験ゼミナール」という科目の一部で、対面での実施が実現した。全学体験ゼミナール「森のエネルギーを使いこなす」もそうした授業の一つだ。担当教員である安村直樹准教授(東大大学院農学生命科学研究科)とゼミに参加した川畑明子さん(文I・1年)にコロナ禍の対面授業の様子について話を聞いた。インタビューを通してウィズコロナ時代の対面授業のあり方について考えていく。(取材・川端萌)
「見て触って嗅ぐ」対面の醍醐味
──「森のエネルギーを使いこなす」はどのような授業ですか
簡潔にいうと、千葉県と山梨県にある二つの東大の演習林で森のエネルギーを使う体験をする授業です。具体的には、まきや炭を作り、ピザ作りや足湯に生かします。作ったまきがいくらなのか、時給に換算するとどれくらいなのかなど、森のエネルギーを定量的に把握する座学的な内容も含まれています。これらの体験を通じて、森林の利用を「material」(物質的)なものだけではなく、「thermal」(熱的)なものとしても考えることを目的としています。
──コロナ禍で対面授業を実施した理由は何ですか
まきを割って足湯やピザ作りをしてもらうなどの体験は、オンラインでは不可能なので対面での実施を維持しました。ただ、前半の座学中心の内容はオンライン、後半のまき割りなどの体験的な内容は対面と、授業内容によって開催形態を変えました。
──対面授業とコロナ対策を両立する時に気をつけた点は何ですか
駒場キャンパスで行われているような、消毒液を置く、マスクの着用を徹底させるといった対策はもちろん行いました。加えて、薪炭を利用して生活する地域住民にインタビューを行う体験では、感染リスクの高い高齢の方ではなく比較的若い方を取材相手に選ぶことを意識しました。参加人数や日程も制限し、土曜日と日曜日の2チームに分けて対面授業を行いました。
──感染対策によってコロナ禍以前と授業内容に変化はありましたか
コロナ禍以前は宿泊を伴った授業でした。1泊2日もしくは2泊3日の長い時間を有効活用し、学生たちにさまざまな体験をさせることができました。しかし今回は日帰りで時間が限られていたので、炭焼きなどの重要な体験をさせることができませんでした。知識やノウハウを積まれてきた高齢の方々にインタビューができなかったことも以前との違いといえます。経験を積んだ方からお話を聞くことは、教員にとっても有意義なので残念でした。
──炭焼きの体験がなぜ重要なのですか
昭和30年代後半まで東京でも薪炭を用いて料理していました。ただ、東京で主に使われていたのは、まきではなく炭でした。重くて運びにくく煙も出るまきは都会で使用するには不向き。一方の炭は軽くて煙も出にくいので都会では炭焼きが主流だったのです。炭焼きの過程を見ると、煙が出て不純物がなくなっていく様子が分かります。オンラインで炭焼きの様子を映すことでもこれは分かるかもしれません。しかし煙の色が変わっていったり、煙の温度が上昇したりするのを見て触って嗅ぐことで、東京の燃料が炭であった理由を五感を用いて体感することができます。
──対面授業の良い点と悪い点は何ですか
対面授業の良い点は、まき割りや炭焼きのような対面だからこそ可能な体験ができることです。悪い点はあまりありませんね。強いて言うならばGoogleスプレッドシートなど、オンラインで利用可能な教材を対面の座学の時間に十分に活用できなかったことです。対面のグループワークのときは、Googleスプレッドシートの代わりに紙を使用しました。
──対面授業をするにあたって大学側に求めることはありますか
宿泊を伴う授業を許可されたので、今のところ大学側に求めることはありません。
──今後の「森のエネルギーを使いこなす」の開催方針はどのようなものですか
教養学部からの指示に関係なく、高齢者を対象とするインタビューの自主規制は継続したいと思います。宿泊を伴う授業が許可されたので、感染対策を徹底しつつコロナ禍以前の開催形式に戻していきたいです。
<経歴>
安村直樹(やすむら・なおき)准教授 (東大大学院農学生命科学研究科)
94年東大農学系研究科(当時)修士課程修了。博士(農学)。東大農学部助手、東大大学 院農学生命科学研究科講師などを経て、19年より現職。
対面授業で得た新たな発見
続いて「森のエネルギーを使いこなす」に参加した川畑さんに対面授業の様子や学んだことについて話を聞いた。
──「森のエネルギーを使いこなす」ではどのような活動を行いましたか
森林の管理方法や、森林材のエネルギーの生活への生かし方を現地での体験を通して学び、森林管理の問題点への理解を深めました。現地ではまき割りや足湯体験を行いました。
──コロナ禍でも、対面で開催される「森のエネルギーを使いこなす」に参加したのはなぜですか
オンラインだらけの授業に飽きてしまい、どうしても対面授業に参加したかったからです。特に現地に行きたいという気持ちが強く、参加を決意しました。森に興味があったのもきっかけですね。
──オンライン授業と対面授業の違いは何ですか
まずは温度感です。オンライン授業では、生ぬるい雰囲気の中で時間が流れていく感じがしました。一方対面授業では、目の前で先生が新たな知識を教えてくれるので、教室内が熱いというか、先生や生徒の熱意が伝わってくるという違いがあります。特に現地に行ってまき割りを体験すると、たとえ同じ内容であっても、オンラインで学ぶ以上に関心を持てますね。
また現地での対面授業では、主題となる分野以外のことについても学べる点もオンライン授業と大きな違いだと考えます。
──主題以外のことも学べるとは、具体的にはどういうことですか
今回は森のエネルギーの使われ方を体験して学ぶことが主題で、もちろんこの点も非常に勉強になりました。しかし実際現地に行って自分の関心が向いたのは別の問題だったのです。
授業に参加するために富士山周辺に訪れた時は日曜日で、駐車場が全て埋まり、交通渋滞などの問題が発生していました。私はこのゼミへの参加前、東大の「フィールドスタディ型政策協働プログラム」という、政策を立案し地方創生を目指す活動に参加していました。現地で「観光業を盛んにしよう」という価値観の下に半年ほど活動を行ってきたこともあり、観光客が集まることで休日ごとに交通渋滞やゴミ問題などが生じる「オーバーツーリズム」という観光業の負の側面にゼミの参加を通じて触れられた点が個人的に面白かったです。主題である森のエネルギーの知識に加え、観光業の悪い点への関心を得ることができたのは、遠征を伴う対面授業ならではの経験だったと思います。
──授業ではどのような感染対策がなされていましたか
まきを割る際に使用する手袋は各自で用意するように指示されました。また使い捨ての道具が多く使用されていた印象があります。食事の時はみんなが同じ方向を向いて座り、黙食が徹底されていました。
──コロナ対策によって不便だった点はありましたか
特にありませんでした。ただ食事の際にみんなとコミュニケーションを取ることができなかった点は、不便というか、寂しかったです。
──大学側に改善してもらいたい点は何ですか
本来は宿泊を伴う授業でしたが、日帰りになった影響で内容が薄くなり、できることが減ってしまった点はやはり悲しかったです。宿泊を伴う開催形態に改善してもらえれば嬉しいです。
──今後もこのように対面で実施される授業・ゼミに参加したいですか
ぜひ参加したいです。国内のプログラムだけでなく、海外で開催される体験学習にも興味があります。
──今後対面での体験授業に参加する学生へのメッセージをお願いします
感染対策により規模が縮小しているものの、十分に学べる内容となっていると思います。新入生の皆さんも積極的に参加して、多くのことを学んでほしいです。
東大の多様な体験型プログラム
コロナ禍で開催された「森のエネルギーを使いこなす」。取材から、感染対策によってコロナ禍以前と授業内容に変化があったことがうかがえる。教養学部は今後、感染対策を行いつつ、宿泊を許可するなど、コロナ禍以前の全学体験ゼミナールや対面授業を復活させていくとみられる。宿泊形態が復活し、不満の出た内容面の改善が期待される。ただしマスクの着用や人数制限などの感染対策は継続していく。パンデミック前の対面形式に完全に戻るには時間がかかりそうだ。
東大は国内に限らず、海外で学習する機会も提供している。主題科目の一つである「国際研修」ではイタリアで考古学を学ぶ授業や、スイスで国際人道法を学ぶ授業、TLP履修生のための語学研修など多様なプログラムが用意されている。
単位取得を目的とした授業以外にも、各地に赴き学習を行うプログラムは多数存在する。例えば「体験活動プログラム」は、東大生が日常生活と異なる文化や価値観を学び「知のプロフェッショナル」になることを目的とする。国内・国外を含む約70個の多様なプログラムが存在している。例えばその中の一つ、今年2月に開催された「北海道の遺跡博物館における学芸員体験と冬のオホーツク文化体験」というプログラムは、北海道北見市常呂町に赴いて3泊4日でオホーツク海沿岸の歴史や文化を学び、得た知識を基に博物館で発表するという内容だった。
2022年度Sセメスターから、一部オンラインでの授業が維持されつつ、対面授業を中心とした大学生活が復活する予定だ。新入生には、一般的な対面授業・オンライン授業だけでなく、全学体験ゼミナールや体験活動プログラムなど幅広い学習の機会も存分に生かしてもらいたい。
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