近年、働き方や仕事観は大きく変わってきている。感染症対策でデジタル化が一気に進み、リモートワークは珍しくなくなった。企業に勤めながら副業をする、個人がスキルを身に付けてフリーランスになる、大幅な人口減少が見込まれる日本を飛び出して海外で働く、などの話も耳にする。就活生の中には仕事内容だけでなく、どのような働き方ができるかを重視している人も多いだろう。「今どきの働き方」四つを取り上げ、その実態やメリット・デメリットを聞いた。今回は「社内起業」編として、丸紅で働きながら社内起業した簗瀬啓太さんに取材した。(取材・弓矢基貴)
会社員兼「経営者」就業時間の「15%」で生み出す新たな価値
2017年、丸紅の経営陣は「非連続的な環境変化やビジネスモデルの破壊と創造が次々と起こる中では、同じやり方が通用しなくなり、カバーできない社会課題が広がっていくのではないか、既存のビジネスモデルがあっという間に陳腐化し消滅するのではないか」という非常に強い危機感を持っていた。既存の枠組みを超え、従来の縦割りを超えて事業を創っていく会社へと変革せねばならないという想いから、18年以降にさまざまな施策を実施した。その一つが「15%ルール」だ。
15%ルールとは、上長と合意の上、就業時間の15%程度を通常業務とは異なる活動に充てられる仕組みだ。新規ビジネスの考案や業務効率化に向けた取り組みなど、自ら目標を立てて実行する。募集があれば、他部署で働くことも可能だ。導入直後の調査では、15%ルールを利用した経験のある社員は全体の約5分の1に上った。
パッケージ事業部の簗瀬(やなせ)さんもその1人だ。新規事業を考案、同じく新設された制度であるビジネスプランコンテスト(ビジコン)に挑戦し、見事事業化の予算を勝ち取った。「サラリーマンという立場でありながら、予算をもらって、自分の裁量でビジネスを展開できる環境は貴重です」。手掛ける新規事業は、環境に配慮した循環型食器「edish」だ。食品廃材である小麦ふすま(小麦粒の表皮部分)から作られ、使用後は堆肥化される。日々の仕事の中で着想を得た。
05年に入社後、16年まで化学品の部署で勤務していた簗瀬さんは主にプラスチックフィルムを扱っていた。そこで求められていたのは「いかに長持ちするか」という利便性であり「製品がどう捨てられるかなど、環境問題を気にすることはありませんでした」と語る。
その後、紙素材を扱うパッケージ事業部に異動すると、そこでは、素材の循環システムが確立されていた。例えば使用済み段ボールは、回収され再度段ボールとして生まれ変わる。石油とは違い再生可能な資源であるバイオマスの可能性を体感し、「以前の部署で扱っていたプラスチック製品も紙で代替できたら良いのでは」と考えるようになった。
その矢先、パルプモールドと呼ばれる、紙素材の立体成形技術に取引先で出会う。複雑な形状のものを大量生産できるというプラスチックの強みを、紙素材にもたらす技術だ。さらに食糧分野では、小麦ふすまの有効利用法が模索されていることを知った。この二つからヒントを得て、食品廃材を固めて食器を成形し、利用後も有効活用するedishの循環構造を発案した。
それからは、15%ルールを活用し、ビジコンへの応募に向けて始動した。丸紅では新規ビジネスについて専門家から学べる勉強会があるため、そこでアドバイスを得た。本業と両立しつつパルプモールドの取引先との話し合いも進めていった。「上司など周りの人のサポートもあり、スムーズに準備を進めることができました」と振り返る。4、5カ月の準備期間を経てビジコン本番を迎え、約100件の他の応募を勝ち抜き予算を獲得した。
ビジコン後の1年間は、本業を続けながらの活動となった。コロナ禍もあり厳しいビジネス環境の中でも実証実験を進め、丸紅から事業継続を認められた今はedishに専念して活動している。環境意識の高まりを背景に、徐々にedishへの注目度も上昇した。メディア露出は2年間で約100件に上った。一方で「どう収益化するか」に悩まされてきた。コロナ禍で厳しい状況にある飲食業界に、割高な食器を販売するのは困難だ。大量生産を通じて価格を低下させたり、環境への影響を顧客に説明して理解を得たりと、試行錯誤が続く。「環境に良いことをしているのは間違いないのですが、やはり会社として続けていくには利益を生まないと」と苦労を語る。
それでも希望はある。プロサッカーの試合の屋台で、発泡スチロールの食器なら500円、edishなら550円として販売すると、約7割の人がedishを選んだ。「テーマパークなど持続的に利用してくれる場所にも進出したい」と意欲を見せる。
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