東大水泳部競泳陣。本郷キャンパスを拠点に日々鍛錬を重ねているこの部活が、インカレ(日本学生選手権水泳競技大会)へ数多くの部員を出場させている強豪運動部であることをご存じだろうか。競泳で全国大会への切符を勝ち取った現役東大生には、どんなドラマが潜んでいるのか。本企画では、前編・後編の2本立てで、水泳部競泳陣からインカレへの出場を果たした現役部員2人の道のりを追う。
(取材・川北祐梨子)
前編は前田英俊、水泳部競泳陣2年生。昨年12月6日、1年生ながらインカレへの出場権を獲得した。大学に入学してからというもの、新型コロナウイルス感染症の影響で運動部が軒並み活動制限を強いられ、思うように練習もできなかった中でつかんだ栄光である。
スタートは「練習に耐えられない」ところから
高校時代にはインターハイ(日本高等学校選手権水泳競技大会)への出場経験も有する前田。東大に合格した暁には水泳部に入り、選手生活に復帰すると心に決めていた。しかし、合格発表のわずか16日後の2020年3月26日、東大が課外活動の中止を発表し、水泳部競泳陣の本郷キャンパスでの練習も停止してしまった。新型コロナウイルス感染症による活動制限ーー。学生生活は、思い描いたものとは異なっていた。前田は自宅近くの市民プールで自主的な練習に励むも、満足な練習はできなかった。5月末に首都圏の緊急事態宣言が解除されると、他大学では徐々に課外活動の制限緩和の動きが見られたが、前田の本郷キャンパスでの練習は依然として始まらなかった。練習不足の中、8月の大会で得意としてきた100m自由形を泳いだ。タイムは54秒97。自己ベストとは程遠い、中3の頃と同じタイムだった。
9月。ようやく水泳部競泳陣としての練習が解禁された。嬉しかった。だが、泳ぎの調子はなかなか上がらない。「体力が落ちており、練習に耐えられなかった。特にダッシュは無理。100mも続かず、溺れかけた。50mのダッシュですら、以前に比べ2秒も遅くなっていた」。根気よく泳ぎ続ける以外に道はなく、苦しい日々が続いた。
転機は10月上旬、大会を模したタイム計測が行われたある練習日のことだった。自由形を専門とする前田だったが、この日泳いだのは100mのバタフライと背泳ぎ。「自由形は今までずっと泳いできた。伸びしろは他種目に比べ大きくない」。専門種目を泳がない異例の選択だったが、インカレへの挑戦を見据えての冷静な判断だった。インカレに、出場したい。前田の心は決まっていた。
計測を終え、前田は特に自身の100mの背泳ぎのタイムに着目した。「57.5秒。今まで背泳ぎは大して練習してこなかったにもかかわらず、この好タイムを出すことができた。これなら、さらに上げられそうだと思った」。とはいえ、100m背泳ぎのインカレの標準記録は56秒53。出場権を得るには、さらに約1秒の短縮が必要だということを意味していた。100分の1秒を争う競泳の世界では、1秒は実に長く、決して簡単に縮められる時間ではない。ここから前田の本当の戦いが始まった。
鍵は「バサロ」
前田が目標として定めたのは、短水路(25mプール)で行われる100m背泳ぎでのインカレ出場。ターンが3回あり、実は泳ぎの半分以上は潜水時間となる。ここに大きなヒントがあった。タイム短縮にはバサロ(背泳ぎの、スタート後やターン後の潜水時の泳法。水中でドルフィンキックを打って進む。浮上して泳ぐよりも、体に生じる抵抗が小さい)の改善が必要であり、またそれこそが大きな鍵だったのだ。前田は、自身のバサロについて「先輩の助言により、『足をそろえる』という一見簡単そうで難しい改善を行う必要があることに気付かされた」と話す。
水泳部競泳陣ではフォームを意識する練習メニューが多い。前田はそのメニューの間に自身でバサロの改善を進めた。「フォームの改善では、疲れた時にもそのフォームを維持することに一番苦労する。やっぱり慣れない動きって疲れると崩れてくるから大変」と当時を振り返る。
インカレまでに出ることができる短水路の大会は、多くはない。その上、新型コロナウイルス感染症の影響で大会が中止されることも予想される。何度も大会に出られる保証はないのだ。「次の大会で標準記録を切らないと、やばい」。既に、12月6日の関東学生ウィンターカップ公認記録会が数日後に迫っていた。しかし「手ごたえは感じていた」と前田。「この大会直前に調子が上がってきた。楽に泳いでも良いタイムが出ていた」
再度の感染拡大の中、東大からは前日まで出場可否が知らされなかったが、出場できることを信じて直前まで練習に打ち込んでいた。そして迎えた12月6日。ついに舞台の準備が整い、呼名を受け、スタート台に登る。「基準タイムを切れるか不安もあったものの、スタート前は、期待の方が大きかった」
スタートの合図と共に飛び込む。そして最初のバサロ。前田はバサロを「15m(距離制限の限界)まで打つイメージ」で泳ぎ、12.5m地点付近で浮き上がった。「前半は飛ばすつもり」でダッシュ。隣の選手とは僅差。まだまだ逆転もあり得る、苛烈な1位争いだ。2度のターンを経て、後半へ。再び、磨いてきたバサロを打ち、10m付近で浮き上がった。徐々に隣の選手を引き離す。
最終的に、2位の選手から体一つ分近くのリードを取って、1着でフィニッシュ。電光掲示板で見たタイムは「56.22」。夢見たインカレ初出場が決まった瞬間だった。
晴れて目標を達した前田は「ホッとした。(標準記録を)切れて良かった」としつつ、レースに関して「後半はちょっと粘りきれなかった! まだ課題がある」と振り返り、さらなる自身の成長を見据えた。
東大発の新星スイマーが、次はどんなレースを見せてくれるのか。今後とも注目されたい。
後編は大川和真(医・3年)の道のりを追います。乞うご期待!