国会での議論も話題になった選択的夫婦別姓。容認を求める声が上がっている一方、別姓による悪影響を懸念する反対意見も根強く、同姓を定めた民法750条が改正されるには至っていない。日本ではなぜ同姓が定められているのか。別姓が認められることは家族の在り方にどのような影響を与えるのか。法律と家族社会学の専門家に話を聞いた。
市民の声を政治に
同姓の根拠となっているのが「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めた民法750条だ。高橋朋子教授(成蹊大学)はこの条文の成立過程には家制度を巡る議論が関係していると話す。
戦前の民法では家長が家族への指揮権を有し独占的に財産を相続できる家制度の存在が前提。氏は家族共同体の名称とされた。夫婦は家の成員として扱われ、家に入る妻が氏を変更することが原則となっていた。戦後、家制度が廃止され、民法上の男女不平等の扱いは改正。妻が改姓しなければならないという規定は消滅した。しかし、氏が家族共同体の名称であるという点は維持された。改正過程では家制度の廃止を巡り存置派と廃止派が対立。形式的には家制度を廃止したが、夫婦は同姓と定めて同じ戸籍に入らせることで氏を「家制度の代わりとして機能させ、両者の妥協を図ったのでは」と高橋教授は分析する。
当初は現実に即していた部分もあった民法750条だが、時代が下るにつれて家族形態や国民の意識が変化。1996年には法務省の法制審議会が選択的夫婦別姓制度の創設を含んだ民法改正案を提出。改正案の中では①各自が婚姻前の氏を称することができる②別姓を選択した場合、子どもは父母どちらか一方の氏を称する の2点が盛り込まれた(表)。国連の女子差別撤廃委員会による勧告もあったが、現在に至るまで民法750条は改正されていない。高橋教授は、個人よりも家族共同体を重視し、氏を家族の絆と捉える政党の議員が国会で多数派を占めるため改正が進まないと指摘する。
法改正が進まない状況に対し、選択的夫婦別姓が認められるようさまざまな裁判が提起されてきた。例えば、原告が民法750条は家庭生活での両性の平等を定めた憲法24条や女子差別撤廃条約などに違反すると主張した裁判。最高裁では女性判事や弁護士出身の判事から反対意見が出されたが、15年に合憲と判断された。判決では憲法24条に違反しない理由の一つとして、婚姻前の氏を通称として使用することが広まることで不利益が一定程度緩和される点が挙げられた。ただし婚姻によって氏を改める者が不利益を被る可能性は否定できず、制度の在り方は国会で議論されるべきとの意見を示している。
高橋教授は判決が出た15年当時、通称使用は公的な場面などでは十分に広まっていなかったと指摘する。その後、住民票やマイナンバーなどの公的書類は旧姓を併記できるように変更され、通称使用の幅が広がってきたという。しかし旧姓の使用が認められても使い分けの困難は残り、不利益は緩和されないと強調。「そもそも旧姓使用が広く認められる社会になるならば、なぜ別姓を認めないのか疑問だ」と話す。
最高裁が民法750条を合憲と判断したため、別の観点からの訴訟も提起され、2月26日に東京高裁で判決が出される。原告は「呼称上の氏」と呼ばれる戸籍上の氏が「民法上の氏」とは別個に存在することを前提として、日本人と外国人の婚姻・離婚や日本人同士の離婚では戸籍上で同姓か別姓かが選べるが、日本人同士の結婚では認められていないことが違憲であるなどと主張している。
高橋教授は、原告の主張には重要な指摘も多々あるが、氏に関する基本的な法制度は民法であり、戸籍法はその手続法にすぎないと話す。原告の主張が認められても、結婚の際に民法上の氏を変える側には氏の二重状態が生じることになる(図)。「民法750条の違憲性を正面から問題にし続けるべきです」
今後の展望について、現在の国会の状況では民法750条が改正される見込みは低いと語る。最高裁で新たに違憲との判決が下される可能性については「否定はできないが、最高裁では15年の判断時と比べて女性判事や弁護士出身の判事が事実上減少して難しくなった」と指摘。「選択的夫婦別姓を求める市民の声が政治を変えるほどに強まることを期待します」
社会が別姓を要請
別姓は家族の在り方に影響を与えるのだろうか。別姓は家族の絆や子どもに悪影響を与えるから反対だという意見もある。18年に公表された内閣府の「家族の法制に関する世論調査」では6割以上が「家族の名字(姓)が違っても、家族の一体感(きずな)には影響がないと思う」と回答。一方で「子どもにとって好ましくない影響があると思う」と回答した人も6割以上に上った。鈴木富美子准教授(社会科学研究所)は別姓が家族の在り方に影響を与えるという議論は因果の向きが逆だと指摘。むしろ家族や社会の在り方が別姓を要請していることを認識すべきだと話す。子どもへの悪影響については同姓が当たり前の社会で違う姓を名乗ることで周りから偏見を持たれるという不安を感じているのではないかと推測する。「そうした不安を感じさせている社会に問題があります」
世論調査では前回と比べて別姓を認めても構わないという人の割合が増加したが、実際に別姓を希望する人の割合はほぼ横ばい。半数近くの人が希望しないと回答した。こうした傾向については「家族は同姓でなければならないという意見を他人に強制する人は減っている」と分析する。一方で結婚を機に女性が男性の姓を名乗るという従来の在り方は根が深いと指摘。戦後になっても墓が長男に継承されるという風習が残ったように、姓についても明治以降の慣習が重視され、意識を変えるのは容易ではないと話す。例えば、改姓で生ずる仕事上の不便に対し「婚姻をする以上、仕事の上で何らかの不便が生ずるのは仕方がない」と回答した人の割合は全世代の中で18〜24歳が最多。特に18〜24歳の女性で割合が高かった。鈴木准教授は、法律上の規定にもかかわらず結婚を機に女性が男性の姓を名乗ることを半ば当然のことと受け止め、若い世代の間で諦めを生んでいると指摘。その諦めが女性の中で根強いところに姓を巡る問題の根深さがあると語る。
近年は少子化が進み、子どもが娘のみの場合は長男が家を継ぐという慣習の維持が困難になっている。鈴木准教授は女性の権利を守るという観点とは別に、女性側(実家)の姓や墓を守りたいという観点から別姓の容認を求める声も強まっていると指摘。別姓を選択することへの抵抗感が弱まるかもしれないと話す。「別姓を選択する人が増えれば、議論もより活発になります」
現在は職場や公的な機関で旧姓を使用することができるようにさまざまな措置が講じられている。鈴木准教授は改姓による不利益を緩和するための改革はあった方がよいと評価。しかしそれだけでは多様な理由で別姓を求める声には対処し切れないと話す。「社会の変化に合わせて選択的な夫婦別姓が認められるような対応が必要です」
この記事は2020年2月11日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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