1、2年次を前期教養学部で勉強する東大生にとって、学問分野の専門的な学習・研究を始めるのは進学選択後からが一般的だ。しかし中には大学入学以前や1年次から、授業や研究施設を利用し自主的に高度な研究を進める学生もいる。そんな彼らに、研究のきっかけや内容、醍醐味を聞いた。
1人目は、岡部七子(おかべ・ななこ)さん(理II・2年)。高校の時にキイロショウジョウバエの幼虫を研究し、成果が認められ薬学部に推薦合格した。大学では研究に加え、東京大学音楽部管弦楽団に所属。また2018年1月のミス日本コンテストで「ミス着物」に選ばれるなど、多才さを発揮する岡部さんの研究に対する熱意や意気込みに迫る。
(取材・撮影 武沙佑美)
キイロショウジョウバエとの、運命の出会い
研究者を志したのは小学4年のころ。きっかけは父親の脳手術だった。「病気を、リスクが高くて困難な手術ではなく薬で治療したい」。手術のような物理的アプローチではなく化学的アプローチで医学に携わりたいと思うようになり、高校は、スーパーサイエンスハイスクール認定を受けた浦和第一女子高校に入学した。
1年次、先生の指導を受けながら研究をするプログラムに応募。先生が提示したいくつかの研究テーマからやりたいものを選ぶという形式だったが、キイロショウジョウバエの幼虫という研究テーマは「全然第1希望とかではなくて、むしろ第4希望だったんです」。小学4年の時、部屋にトウモロコシの食べかけを放置してキイロショウジョウバエを湧かせたことがあり、トラウマになっていたと苦笑する。「それに当時は、虫よりも微生物派だったので」と振り返る岡部さんは、はじめは研究に取り組むことに気が進まなかったそう。しかし、毎日観察するうちに「ウジ虫かわいい、ってなるんですよ(笑)」。今ではスマホの待ち受け画面にしているほどだ。
研究のスランプを脱し、1カ月で世界の舞台へ
当初与えられた研究テーマはハエの交尾能力に関するもので、野生のハエと実験室で継代飼育しているハエの交尾能力の違いなどを研究していた。しかし思うように成果が出ず「研究をやめようかとも思いました」。
スランプの突破口が見えたのは研究を始めてから約1年後の、高2の9月だ。キイロショウジョウバエの成虫の飼育瓶にカビが生育するのに対し、幼虫の瓶には生育しないことを発見。幼虫にはカビなどの菌や微生物から身を守る機構を持つのではないかと考えた。「小4の時も、虫が湧いたショックと同時に、幼虫たちも腐った中でよく生きているな、と感心したことを覚えていたんです。その時の記憶も、発想の手掛かりになりました」。実験を重ねた結果、キイロショウジョウバエの幼虫は抗生物質を作る細菌を体内外に持ち、抗菌作用のある分泌物で体表を覆っていると結論付けた。
1カ月という異例の速さで研究を仕上げて成果を論文にまとめ、読売新聞主催の日本学生科学賞に応募。見事優秀賞を獲得し、米国で毎年5月に開催されている世界最大の学生科学コンテスト、国際学生科学技術フェア(ISEF)への派遣が決まった。
ISEFで気づいたこと
ISEFは、75以上の国と地域から約700万人の高校生の応募があり、選ばれた約1700人が自らの研究を発表し合う、伝統的な大会だ。会場に各参加者がブースを構え、名だたる科学者や技術者ら審査員に、ポスターや実際に使用した実験器具などを使って研究について英語でプレゼンする。
ISEFに参加して、「自分の研究に対する知識が全然足りないなと感じたんです」。審査の一環だった審査委員と一対一での質疑応答では、ショウジョウバエや抗生物質についての知識を問われても答えられないことがあった。大会を最後にいったん研究は終わりにし、大学受験に向けた準備を始めたが、大学で研究活動を再開した際には専門知識をつけなければいけない、と痛感した。また、世界各国から集まった出場者たちが自らの研究に自信を持って魅力的にプレゼンしていたのに対し、岡部さんは自分の研究がどう優れているのかを審査委員にアピールすることができず、研究に関するプレゼンテーション能力の不足も感じたという。
ISEFは、研究を披露する機会であると同時に、国際交流の場でもあった。岡部さんが得たもう一つの重要な気付きは、「研究以外の話題があってこそ、海外の研究者と交流できる」ということ。岡部さんは浴衣を着てブースに立ったことで多くの人を引き付けることに成功し、日本文化の話題で会話も弾んだ。こうした経験は、研究以外の趣味や活動に打ち込む姿勢を後押しした。
東大での、終わりなき研究の日々
東大に入って初めて迎えた去年の夏休みは、病気を薬で治療したいという初心に戻り、薬学系研究科の機能病態学教室でアルツハイマー病の研究に取り組む。目指すは発病の原因となる、タウというたんぱく質が発現する仕組みの解明だ。実験は、細胞内のタウの量の測定やタウの凝集の形の観察など。研究室は設備が整っており、「高校までの研究は自由研究だったと思い知らされました」と苦笑する。研究室では助教授から実験の方法を学んだり、生物学に関する本を薦められたりすることもある。夏休みは朝10時から夜23時まで研究室にこもることもあった。「研究にかける時間は終わりがないんです」。
今年度の夏休みは「いろいろな研究を見ておきたい」と、高校時の研究に関連した抗生物質や細胞死を扱う研究室に赴く予定だ。「いつかは、キイロショウジョウバエの幼虫の抗菌物質を特定したいです」
研究で大事なのは、研究からの息抜き
研究に一途な岡部さんだが、「息抜きが研究の新しい発想につながることもある」とも話す。高校時代はアナウンス部で、地域のお祭りや特定の人物についてドキュメンタリー番組を制作。企画、撮影、編集すべてを手掛けたが、特に撮影が楽しかったという。「どのような構図でとればより美しい映像になるかを模索しました」。また、編集作業での経験は現在の研究活動にも生かされていると感じるそうだ。「編集では、どのような構成にすればよりメッセージ性のある番組になるか、どこにナレーションを入れるとより視聴者にとって分かりやすいか、ナレーションの文章はどのようなものが伝わりやすいか、などということを考えます。研究発表においても、より人に伝わりやすく、分かりやすく説明することを意識するようになりました」
現在の研究以外の活動は、主に2つ。学内では東大音楽部管弦楽団に所属し、週3回バイオリンを弾く。研究との両立は大変だが「10分バイオリンを弾くだけで気分が全然違います」。
もう一つは、「ミス着物」としての活動だ。岡部さんは今年1月に開催されたミス日本コンテスト2018に出場し、和装が美しい日本女性に贈られる「ミス日本ミス着物」に選ばれた。出場のきっかけは、ISEFでの経験だ。コンテストでは、応募者から選抜された14名のファイナリストに、日本の伝統文化や化粧の仕方、スピーチやプレゼンテーションについての勉強会の受講資格が与えられる。これに参加して、ISEFで実感したプレゼン力不足を克服しようというのが目論見だった。今は「ミス着物」として、官庁への表敬訪問や、ファッションショーに向けたウォーキングのレッスンを受けるなど、週1~2回の頻度で活動する。
初心忘れず、研究者の道を歩む
研究を始めて5年目。手術ではなく薬のアプローチによって病気を治したいという思いは変わっていない。将来どの専門に進むかはこれから決めるが、大学ではなく企業に研究員として就職する可能性もあるという。「研究者は白衣を着て、きらびやかでかっこいいイメージがありましたが、実際は地味な単純作業をやることが多いです」。苦労の先にある新たな発見を求め、岡部さんは研究者への道を着実に歩んでいる。