スポーツ先端科学研究拠点は、センサーで衝撃の強さなどを計測し数値化する「センシング技術」を応用し、スポーツ動作を向上させるプロジェクトを開始した。プロジェクトの正式名称は「新しいセンシング技術を応用したスポーツ動作の評価・向上システムの構築」。プロジェクト開始を伝える10月31日の記者会見には拠点長である石井直方教授(総合文化研究科)をはじめとした研究者の他、トップアスリートでは初のプロジェクト協力者として、LPGA(全米女子プロゴルフ協会)ツアーを戦う横峯さくら選手も登壇した。
通常のセンシング技術では体にセンサーを付ける必要があるなど、肉体的な制約が存在。一部のセンサーには、実験室などに使用場所が限られるという空間的制約もあった。中澤公孝教授(総合文化研究科)による最新のモーションキャプチャ(人や物の動きをデジタルで記録する技術)では、多方向からカメラで撮影するだけの測定が可能に。肉体的制約が減ったことで自然な動きにつながり、より良質なデータを取得できる。会見で中澤教授は「技術的には、光さえあればどこでも撮影できるので、試合本番の動きを分析することも可能」と、空間的制約の撤廃も視野に入れた。
音声もスポーツ動作向上に応用可能?
スポーツ先端研には、他にもさまざまなセンシング技術が。例えば徳野慎一特任准教授(医学系研究科)は、声の周波数から心理状態を判断するアプリケーションを開発している。会見では徳野特任准教授が、アプリで実際に横峯選手の音声を入力する一幕も。結果は……「リラックスできていますね。朝に測った時より改善しているので、朝は緊張していたのかもしれません」。会場は和やかな雰囲気に包まれた。
「あくまで東大としては、高齢者の生活改善など、社会のために研究する。ただ、その効果検証のためには、横峯選手の実績が分かりやすい指標となる」と石井教授はプロジェクトの意義を説明。スポーツを担当する境田正樹理事・副学長と、横峯選手が懇意だったことから、今回の提携に至ったという。横峯選手は「このプロジェクトを通じて、賞金女王になれるということを証明したい」と宣言。「筋肉の動きなどが可視化されるのは興味深い」と、研究への期待ものぞかせた。
東大生はボート向き?
プロジェクトには課題も多い。「スポーツにはさまざまな要素が絡むので、全ての要素がうまくハマらないと良い効果は発揮できない」と石井教授。分野横断的に研究することで、そうした要素を見落としていないかどうか気を配れる上、複数な分野が交わることで予想外の化学反応が生まれる可能性もある。
裏を返せば、要素が少ないスポーツほど分析は容易になる。漕艇部の部長を務める野崎大地教授(教育学研究科)は「ボートは動きが単純で、全ての動きについてデータを取れる」と解説。石井教授も「(スポーツ経験に乏しい場合が多い)東大生にとっては、ボートが最もオリンピックに出場できる可能性が高いのでは」とした。漕艇部は過去にもオリンピック選手を輩出するなど実績は豊富。今後研究が進み、データを選手にフィードバックする仕組みが整うことが鍵だという。
このように分野横断的な活用法が見出されているセンシング技術。今後は技術の改善に加え、未開拓の活用法の発見にも期待したい。
(小田泰成)