学術ニュース

2022年12月10日

「スピン軌道液体」を発見

研究チームが合成したプラセオジム酸化物Pr2Zr2O7の単結晶

 

 唐楠特任研究員(研究当時)、中辻知教授(ともに東大大学院理学系研究科)らは米ジョンズホプキンス大学や独マックスプランク研究所などとの共同研究により、Pr2Zr2O7という物質中で「スピン軌道液体」という新奇な量子もつれ状態を実現することに成功したと発表した。成果は12月1日付の英科学雑誌『Nature Physics』に掲載された。

 

 量子もつれとは、ある粒子の状態と別の粒子の状態どうしが互いに相関する現象のこと。例えば、物質中で電気を運ぶ粒子である電子は磁石としての性質「スピン」を持ち、磁石のN極が上向きになっている状態と下向きになっている状態をとることができる。物質中に存在する非常に多数の電子のスピン状態が量子もつれを起こした「量子スピン液体」を実現している物質の候補は数多く報告されてきた(関連記事)が、今回研究チームが発見した「スピン軌道液体」は実現がさらに困難だった。

 

 「軌道」とは物質中での電子の運動の状態のことで「スピン軌道液体」とは多数の電子のスピン・軌道の状態が量子もつれを起こした状態のこと。スピン軌道液体ではスピンの向きが変わると軌道の状態も変化するという相関が生じていることになる。ただ、一般的にはスピンが向きを変えるために必要なエネルギーよりも軌道状態が変化するために必要なエネルギーの方がはるかに大きいため、スピン軌道液体を実現するのは困難と考えられてきた。

 

 唐特任研究員らのグループが注目したのはPr2Zr2O7という物質。この物質のPr3+(プラセオジム)イオンの中のf軌道という軌道状態にある電子は、軌道とスピンのエネルギースケールが合致しており、スピン軌道液体状態が生じることが期待できる。しかし、巨大な数の電子の量子もつれを観測するためには極めて純度の高い結晶サンプルが必要となり困難だった。今回、研究グループは非常に細いPr2Zr2O7の原料棒を使って単結晶を成長させることで、現存するPr2Zr2O7単結晶の中で最高純度の結晶試料を合成した。

 

 研究チームは合成した結晶試料を絶対零度に近い極低温の環境で熱膨張や誘電率などのさまざまな測定を総合的に行い、確かにスピン軌道液体が実現していると結論づけた。さらに、この物質に磁場をかけると「メタ磁性転移」と呼ばれる状態変化が起きることも発見した。今後は新規な量子制御技術の発見にも貢献することが期待される。

 

【関連記事】

【研究室散歩】@有機物質の物理学 鹿野田一司教授 多様性と不安定性の世界へようこそ

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit

   
           
                             
TOPに戻る