東大大学院工学系研究科教授として宇宙開発に携わる一方で、TeNQ 宇宙ミュージアムリサーチセンター長として宇宙の面白さも発信している宮本英昭教授。本インタビューでは 研究者になるまでの過程や東大生に伝えたいことを語ってもらった。(取材・松本雄大、撮影・園田寛志郎)
━━東大を目指した理由は
高校3年生になって将来についていろいろ悩み始めた時に、これまでの人生を振り返って一番ワクワクしたことが地球の外側、宇宙に関することだと思い当たりました。そこで漠然と宇宙に関する研究をやってみたいと考えました。宇宙関連の書籍を読みあさり、著者を見たら「東大卒ばっかりじゃん」と思って。実際はそんなことないのですが、当時は宇宙関連の研究をするには東大に行くしかないと思い込んでしまって。ただ高校の時はヤンチャしていて、そもそも大学に行くという次元ではなかったのですけどね(笑)。結局2年浪人して東大に入りました。
━━東大での学生生活の思い出について
積極的に活動し、暇を持て余して何も身に付かない時間を無くすことを意識していました。旅行や釣りが好きだったので、どこに行って何をするか計画を立てて、能動的に一生懸命遊んでいました。おかげで、東京で普通に過ごしているだけでは学べないようなことを体験できましたね。
また宇宙に関する研究をしたいと思って東大に入ったので、進振り(当時、現・進学選択)でどの学部・学科の研究室に行くのか決めるために真剣に情報を集めました。この際に宇宙における自分の関心分野は何なのかも考え、自分は地球以外の天体に興味があり、ロケットを作るよりも、太陽系の天体を調査し、それも表面の様子を調べる研究がしたいのだ、という結論に至りました。太陽系の天体は太陽系外の天体に比べれば距離が近くて調査がしやすい点、また人類が直接到達する可能性がある点に引かれました。理学部地質学教室(当時、現・理学部地球惑星環境学科)で地球以外の天体の地質研究が行われ始めることを知り、最終的にはそこに進学しました。
━━研究者を志したのはいつごろからですか
小学生の頃から漠然と科学者になりたいと考えていましたが、研究者という職業を意識したのは宇宙の研究がしたいと思った高校3年生の時です。大学生の頃も変わらず研究者を目指してはいましたが、当時は「すごく能力のある人間が運にも恵まれないと研究者になれない」といわれていて、自分の能力で研究者になれるか不安でした。博士課程で日本学術振興会の特別研究員になり、給料をもらえるようになった時、アカデミックな世界で生きていけるかもしれないと思い始めましたが、一人前の研究者として自分がやっていけると確信したのは博士課程を1年少し過ぎたころ、助手への採用が決まってからですね。
━━1999年に理学系研究科博士課程を中退したのち、工学系研究科助手、アリゾナ大学客員研究員、総合研究博物館助教授(当時、07年から准教授に呼び名変更)を経て、工学系研究科教授とさまざまなところに所属していますが、どのような経緯を経たのでしょうか
私の興味は「地球以外の天体への人類の進出」という点にあり、関連するテーマの中でも特に地球外天体の表面状態を知りたいと思いました。これは理学で、地質学と思ったのですが、学部生の頃に理学とは始源的なものを明らかにすることが尊く、私のように研究結果の応用を目指すのは工学的であると理学部の先生に言われました。プログラミングを書くことや、数値流体力学に基づくシミュレーションが得意だったこともあり、これらに関連する話題を学会で話した際、工学系の教授に関心を持たれ助手に誘われたため、理学系研究科を離れ工学系研究科で助手になることにしたのです。
工学系研究科では地球システム工学専攻に所属しました。ここはかつて資源工学科であったため、それならば宇宙資源に関する研究しようと考えたのですが、今度は「それは工学的ではない」と言われてしまい、自由に研究が行えるアリゾナ大学に行きました。その後総合研究博物館から助教授に誘われましたが、ここは大変居心地よく、学問分野の垣根を気にすることなく研究ができる環境でしたので、はやぶさ小惑星探査機、かぐや月探査機などに参加し研究に打ち込めました。その後工学系研究科システム創成学専攻から教授として誘われ、今に至ります。
━━代表的な研究成果について教えてください
一つ目は小惑星イトカワにおける成果です。小惑星探査機はやぶさの高度な分析装置を用いたリモートセンシングの結果、イトカワ表面の岩石粒子が振動によって流動化し、分離することを発見しました。地球では資源が生成されるには基本的に水が必要で、水に物質が溶け、その液体から固体物質が析出することで資源が生まれます。しかしこの発見により、水が無い天体でも振動によって岩石粒子などが分離し、資源が生成される可能性が示されました。ちなみにアメリカのテレビでこれが報道されて、岩石粒子が振動によって分離することが「宮本効果」と呼ばれていると聞いたことがあります(笑)。
二つ目は火星における成果です。火星に水が関与した新しい地形があることを物理的に示す論文を初めて書いたのは自分だと思っています。ただ欧州の火星探査機「マーズ・エクスプレス」が火星で化学的に水の痕跡を発見した方がインパクトが大きく、私の論文はそこまで取り上げられていないのが残念ですね。
━━宇宙の面白さは何ですか
一つ目は未知なことがたくさんある点です。最も身近な地球以外の天体である月でさえ、シャベルで地表を掘ったら何があるかということすら誰も知りません。
二つ目は広大な宇宙であれば、大規模な開発や巨大な建造物の建設、広大な空間を利用した実験などを展開する余地がある点です。地球上で行う場合は環境問題、文化財や景観に配慮して、既存のルール内で行動しないといけません。しかし宇宙は少なくとも科学的な目的であれば、より柔軟に大規模に好きなことができます。天体を使った壮大な計画に関わることは非常に爽快だと思います。
━━研究で苦労することや、やりがいを感じることは何ですか
宇宙の研究は、研究者一人の興味や思い付きだけでは動かせないことが苦労する点です。ある天体に探査機を送るとして、何百億とかかるので、資金を集め多くの人たちを巻き込んで協力を募ることがどうしても必須となります。
一方でやりがいを感じる点は、苦労する点のある種裏返しですが、研究室や飲み屋で話したちょっとした雑談や思いつきが、周囲の賛同を得ると国策レベルにまで発展することですね。一つ一つのプロジェクトの規模が大きい分、実行することが決まると国全体の、ひいては人類全体の行動方針という次元にまで話が大きくなります。そうした活動に参画できることにはやりがいを感じます。
━━宇宙の研究に関する広報活動にも力を入れていますが、それはなぜでしょうか
一つ目は宇宙の面白さを世間に知ってほしいという純粋な思いからです。さらに言えはばそもそも宇宙の研究には税金が多く投入されているため、成果を分かりやすい形で報告する義務がわれわれにはあります。
二つ目は日本に恩返しがしたいという気持ちからです。米国では割と自由に研究をさせてもらえましたが、もしもっと早い時期に渡米していたらどうだっただろうと考えたことがあります。米国の研究者の同僚に「米国にはアメリカンドリームという言葉があり、努力すれば大きく報われる可能性はある。しかしその確率は低く、かつ与えられるチャンスは一回。日本のように、高校の成績がどうであろうが、その後東大に入りさえすればその後の道が開けるというわけではない」と言われ、日本のシステムのありがたさに気付きました。私は高校では完全に落ちこぼれていて、成績で考えれば宇宙の研究者を目指すなどということは無謀な話であったのですが、多少遅れても頑張りさえすれば引き上げてくれるという日本のシステムのおかげで、今ではやりたい宇宙の研究ができているわけです。そのため、日本に何かしらの形で恩返しをしたいという気持ちが湧きました。
こうした思いで、小学校や区の施設などで科学の展示会を開いたり講演会をやったりしていました。そのひとつが東京ドームシティのTeNQ宇宙ミュージアムです。特に純粋な時期である小学生に、ミュージアムでの展示という強烈な形で宇宙や科学を身近に感じてもらいたいと思っています。そのうえで思春期がひと段落して将来何をしたいか考える時期になったとき、ミュージアムで経験したことが原体験となって、別に宇宙でなくて良いのですが、科学や工学の面白さを思い出してくれるとうれしいです。
またTeNQ宇宙ミュージアムでは研究室をお客さんから見えるように公開しています。これは、研究者はテレビに出るときはスーツを着ているけれど、普段はラフな格好でコカ・コーラを飲んだりしながら研究しているというありのままの姿を見せることで、研究者を志望する人のハードルが少しでも下がってほしいという思いからですね。
━━今後の展望は
人類のフロンティアを広げる活動はやりがいがあって面白いのでますます進めたいと思います。特に月や小惑星の物質を使って宇宙進出が進むはずで、こうした「宇宙資源」に関する研究を進めていきたいと思います。
同時にこの活動はさまざまな努力が必要であり、その努力の結果として報われることや、獲得するものもあります。努力により何かしらを得られるということを、教授やリサーチセンター長の立場として学生や子供たちに今後も伝えていきたいです。
━━東大生に向けてどういう力をつけてほしいですか
人生を懸けて達成する大きな目的を自身で設定し、その目的に効率よく到達するための戦略を立てる力、そしてその目的に向かって弛まず進む精神力を獲得してほしいです。
━━最後に新入生にメッセージをお願いします
みなさんの将来は明るく、いろいろな形で活躍できる幅広い可能性を持っていますし、世間もみなさんを期待して支えてくれます。しかし今はまだ社会に大きな貢献をしたわけでもなく、何者でもありません。東大入学はゴールではなく、ようやくスタートラインに立った段階です。何でもできる可能性を持ってはいるけれど、まだ何もできてはいないという状況にいるからこそ、その可能性の中で人生を懸けてやりたいと思える物事をしっかりと見定めてくれると良いと思います。