2018年の日本SF大賞や山本周五郎賞を獲得した作家であり、総合文化研究科博士課程在籍中の小川哲さんが、大学の教員・研究者になることについて、次のようなことを話していた。
「会議や書類が増え、楽しくなさそうだし、少子化の影響などでポストが減っている」
(https://mainichi.jp/articles/20180524/ddm/008/070/036000c)
同じような思いを抱く学生は、決して少なくないだろう。情報理工学系研究科修士1年の男子学生は「いつ自分が安定したポストに就けるか全く不透明で、大学の研究者を目指すことは茨の道だ」と将来の不安について話す。
この状況に対して、東大は対応を急いでいる。「東大が最優先で支援しなければならないのは、学生と若い研究者だ」と断言する五神真・東大総長は、総長就任直後から積極的に、若手の研究者をめぐる環境の改善に取り組んできた。
研究者の雇用の安定化や研究時間の確保に向けて総長が打ち出す具体策と、今後の展望について話を聞いた。より多くの学生が、希望を持って大学の研究者を目指せる環境は実現するのだろうか。
(取材・福岡龍一郎 撮影・児玉祐基)
(本稿は、2018年度に任期の折り返し地点に立つ五神真・東大総長インタビューの後半です。前半はこちらから→五神総長、なぜ女子学生に対する家賃支援を始めたのでしょうか?)
──総長就任時から、若い研究者への支援に力を入れています。その狙いは何でしょう
現代社会は高度経済成長期と違って、目指すべき明確な目標は存在しない。次に何をするべきか、自分たち自身で考えないといけない。そのためには頭が柔軟な、優秀で意欲的な若い研究者を大学が多く育むべきだ。新しい学問を次々に生み新たな価値を創造することが求められる現代では、30代で研究室を持ち、落ち着いて野心的な研究ができる環境整備がこれまで以上に重要になっている。
ただ、国立大学法人化以降、それができなくなっている。40歳未満の若手研究者の、定年まで働ける任期なし雇用は、2006年から2016年までに903人から383人と、520人も減ってしまっている(図)。これは相当深刻だ。
一方で、全体予算に占める競争的資金の割合は増加し、期限付きのプロジェクトに対して措置される任期付き雇用が大きく増加した。研究者を雇用してもプロジェクトが終われば、その後の雇用が保証されない。そのような不安定な環境では、若い研究者は腰を据えて新しいテーマに挑戦できないだろう。
この雇用の不安定化によって、学生が「研究をする人生」に魅力を感じにくくなってはいないだろうか。修士課程から博士課程に進学する学生は16年までの10年間で944人から776人へと減少していた。
だから若手研究者の雇用の安定化は最優先課題。減ってしまった520人分の安定雇用を早急に回復するための取組を進めている。2020年度までに少なくとも300ポストを確保し、さらに増やしていく予定だ。これは未来への重要な投資だと考えている。
──安定した雇用を増加させるにあたり、課題は財源です。国から大学に支給される運営費交付金は毎年1%ずつ減少しています
大学を支える財源をどう確保・活用していくかは、私が総長として取り組む最重要課題だ。国の財政は大変厳しく、大学にだけ国の支援を増やしてほしい、という要望はなかなか通らない。大学は、限られた財源をいかに有効活用するかが問われている。
運営費交付金は減少しているが、競争的資金をはじめとして大学に入ってくるさまざまな研究資金は増加しているため、東大全体で見れば財政は安定している。運営費交付金だけでなく、ほかの財源も活用しながら、大学全体のスケールメリットを生かして安定雇用を実現する発想が必要だ。
研究者の中には繰り返し、任期付き雇用で採用され、結果として10年以上にわたり東大で活動する研究者も多い。お金の使い方を工夫することで、彼らを初めから安定雇用で採用し、雇用の質を高めるのだ。
──著書『変革を駆動する大学』(東京大学出版会)の中では、教員の特定の曜日や時間帯を教育研究のために優先確保する「アカデミックコアタイム」について言及しています。今後、導入の可能性はありますか
アカデミックコアタイムは、まだ制度化に至っていないが、これもメッセージとして伝えたかったこと。研究者は書類作成や会議で忙殺され、研究に打ち込んだり学生の教育をしたりする時間が十分に取れていない。これを改善するため、知恵を出し合おうということだ。
現在進めているのは、大学の運営に携わる教員の数を減らすこと。これまで延べ約2000人の教員に、東大の本部の運営のためさまざまな委員会の仕事をお願いしていたが、それをこの4月から約600人にまで減らした。
代わりに大学職員の責任・権限を明確化して仕事を任せ、教員にはカリキュラムや入試など教員の専門性が必要な分野に限って大学運営に携わってもらう。これによって教員の教育研究の時間を確保したい。
また、若い研究者が取り組む新しい研究は軌道に乗るまで時間が必要だ。研究室をゼロから立ち上げるのには多大な労力がかかる。例えば、最先端のバイオテクノロジーの研究をしようと思えば、何億円もする装置が必要。それを購入するとなれば、若い研究者は予算の獲得に時間のほとんどを費やさないといけない。
そこで、大学全体の予算も活用しながら、最先端の装置を複数の研究室で共用で使えるようにする制度を導入した。これで、研究そのもの以外の雑務を減らすことができるし、研究環境も整えやすくなる。若い研究者には、考えることや論文を書くことなど研究そのもののために時間を使ってほしいと切に思う。
──これまでの3年間の振り返りと、今後の展望を
この3年間で、東大をどう変化させていくか、という方向性を示すことができたのではないかと思う。残り3年間の任期は、改革を定着させ、さらに発展させるための時間だ。東大の取り組みを国内外に発信したいとも考えている。
──最後に、学生へのメッセージを
私は、君たち若い世代がとてもうらやましい。大きなチャンスが待っているからだ。
たしかに、現代は過去と比べて、明らかに今後の人生の見取り図を描くことが難しくなった。これから東大卒のブランドが役に立たなくなる可能性も非常に高い。
だが、めまぐるしい速さで社会が変化をしていくということは、自分の力で勝負がしやすい、ということでもある。大樹の陰に隠れていてはだめだ。「どんな変化も前向きに捉える」という姿勢が、これからの人生を楽しく過ごす上で重要になると思う。変化の時代を楽しんでほしい。
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この記事は2018年5月29日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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