就任から3年が経ち、6年間の任期のちょうど折り返し地点に立つ五神真・東大総長。これまで取り組んだ施策の中で、特に学生の生活と関わりが深いのは「女子学生に対する家賃支援」と「若手研究者の研究環境の整備」だ。前者は地方から上京した女子学生に対する経済支援で、後者は研究者を目指す学生の背中を後押しする。
インタビュー前半にあたる本稿では、特に前者の「女子学生家賃支援」について焦点を当てる。2017年度から東大は、地方出身の女子学生に対して月3万円の家賃支援を導入。民間のマンション100室を借り上げ、3万円を控除する形で地方出身の女子学生に貸し出している(https://www.u-tokyo.ac.jp/stu02/h04_11_j.html)。施策発表後から、賛否両論の議論が起こり、男子学生からは「僕たちに不公平ではないか」という声も上がった。
大胆ともいえる、女子学生への家賃補助導入に踏み切った五神総長。施策の狙いやその成果についてどのような思いを抱いているのだろうか、話を聞いた。
(取材・福岡龍一郎 撮影・児玉祐基)
──この3年間、総長として大切にしたことは何でしょうか
社会を支えるさまざまな組織・活動の中で、大学の最重要な役割は、何十年、何百年もの先の将来に向けた貢献をすることだ。そのために、大学のリソースをどのように使い、どこに先行投資するべきか、優先順位をきちんと示すことが大学を経営する際に重要だろう。今、東大が最優先で支援しなければならないのは、学生と若い研究者だ。
──学生に対する支援といえば、17年度から女子学生に対する家賃支援制度を導入して話題を呼びました。制度導入の背景にはどのような思いがあったのでしょうか
東大で学生の均質化が進んでいるかもしれない、という問題意識だ。特に最近は、首都圏出身の学生が多く東大に入学している。
先日、新入生の保護者の方々との集いに参加した際、ある先生の話が印象に残った。「保護者の皆さんは、実は以前からのお知り合いだったんじゃないですか」。つまり、子どもが進学塾に通っていた小学生のころからの保護者仲間が、皆で連れ立って東大の保護者会に足を運んだんじゃないかと(笑)。東大生の多くは入学前から同じメンバーに囲まれ、意外と狭い世界で育ったのかもしれない。
だが、東大には留学生をはじめ、さまざまな環境で育った学生もいる。この多様性に目を向けてほしい。自分とは異なる考えを持った人々と交流することは大学生活を実りあるものにするだろう。
世界の多様性に目を向けることは、より広い視野で自己を相対化することにも役立つ。日本は均質的な国かもしれないが、視点を世界に広げると、世界の多様性を支える重要なパーツともいえる。世界の安定的・調和的発展のためには多様性を活力とすることが重要。それに気付けば、東大生として果たすべき役割を考えるきっかけになる。
そして何よりも、現代のような激動の時代に、構成員が画一的な組織は脆弱だ。変化に対応するには多様な選択肢を組み合わせる力をつけておかなければならない。
──女子学生は東大生全体の2割に満たず、家賃支援制度の主な対象者である地方出身の女子学生は、さらに少数派です。では、なぜ東大に進学する地方出身の女子学生数は少ないのでしょうか
東大の魅力を、彼女らに十分伝えることができていないのだ。例えば地方では、理系の優秀な女子学生が地元大学の医学部に進学する傾向にある。
ただ、彼女らの中には、中学や高校で多様な学問的興味を抱いていた人も多いだろう。地方には意欲あふれる優秀な学生がたくさんいる。彼女らの意欲に応えられる学びの環境が東大にあることをしっかり伝え、東大で学びたいと思う地方出身の女子学生を増やしたい。彼女たちを受け入れることでより多様性豊かなキャンパスを作りたい。
より多くの女子学生に東大に来てほしい、というメッセージはこれまでもさまざまな施策を通じて発信してきた。例えば推薦入試では、共学の高校なら男女1人ずつの枠を設定した。より多くの女子学生が東大受験を考える契機になればと考えている。
だが、上京してきた彼女らを待ち構えるのは東京の満員電車だ。通学の厳しさを緩和できないかとも考えた。
私の学生時代、地方に住んでいる親戚の女の子が東京に入学試験を受けに来たとき、試験会場まで付き添ったことがあった。そのときも激しい満員電車で「この生活は耐えられない」と彼女は上京を諦めてしまった。今、東大の1限は8時30分から。電車が非常に混み合う時間帯だ。
他にも地方から上京する女子学生にとって、東大に限らず学生寮は少ない。安心して住める部屋の確保などさまざまなハードルがある。そのような障壁や不安をどう軽減させればいいか考えていたところ、ちょうど首都圏のアパートにかなり空き室がある情況だったので、即断でアパート借り上げと学生への家賃補助を組み合わせた制度の導入を決めた。民間と連携すれば、大学がゼロから女子寮を建設するよりはるかに経済的に、素早く良質な住居を提供することができる。
──制度の導入から1年。手応えは
説明したように、「家賃支援があるから東大に行こう」と考える地方出身の女子学生を増やすためにしているのではない。こうした制度を通じて、まずは、東大は女子学生を歓迎するというメッセージを強く打ち出したかったのだ。
それが結果につながればもちろん良いが、メッセージを出し続けること自体が大切。女子学生に限らず、東大を選択した学生が少しでも安心して勉強できる環境を整えることが重要だろう。
──著書『変革を駆動する大学』(東京大学出版会)の中では、制度を女子学生だけではなく「留学生や地方出身の男子学生にも広げていくつもり」と記しています
留学生については現在、目白台に大規模な寮を建設している。地方の男子学生については、男子学生用の県人会寮などが既に整備されている点など、住環境は女子学生に比べれば少しは良い。ただ、経済支援は非常に重要だ。地方と都市の経済的格差により、東京に出にくい学生が増えているので、そこはきちんと対応しなければならない。何が阻害要因になっているのか、限られた予算をどのように有効活用するか検討している最中だ。
(インタビュー後半に続く)
この記事は2018年5月29日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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