他大学や他の運動部に先んじて2011年にテクニカル部門を創設したア式蹴球部。21年夏にはオーストリアのプロチーム、FCヴァッカー・インスブルックと提携を結ぶなど、いまやその活躍はピッチ外にも広がっている。ア式蹴球部テクニカルスタッフの木下慶悟(きのしたけいご)さん(工・3年)に話を聞いた。(取材・清水央太郎)
リアルタイム分析を行う木下さんら(写真は木下さん提供)
勝利につながるデータの定量化を
──ア式蹴球部にはテクニカルスタッフとして入部されたのでしょうか。
ほとんどのスタッフは最初からテクニカル部門を志望して入るのですが、僕は小中高とサッカーをやっていたのもあってプレーヤーとして入部しました。しかし2年生の頃にけがをし、ちょうど進学選択でデータサイエンスを扱う学科に進んだことなどもあってアナリストに転身しました。そのタイミングで元々趣味だった海外サッカー観戦を、ただ見るだけでなく分析の練習台にして自分の「眼」を鍛え始めましたね。
──サッカーは選手の動きや攻守の切り替えが多く、データ分析は難しいイメージがありますよね。
そうですね。パスやシュートの本数とかボールの支配率などは簡単に出せますが、これらの単純なデータだけではチームの勝ちにはなかなかつなげられません。例えば相手のプレッシャーから逃げるだけの横パスと、局面を一気に変えてチャンスを演出する効果的な縦パスとでは価値が全く違うのですが、データ上では同じ1本のパスとしてカウントされてしまいます。つまり、チームを強化するのに必要なデータを定量化するのがすごく難しいのです。
──そもそもサッカーで扱うデータにはどのようなものがあるのでしょうか。
ア式蹴球部が出しているデータを分けるとすれば、主に2種類あります。一つは、走行距離やスプリント(時速24km以上のダッシュを1秒以上継続すること)の回数といったフィジカルデータと呼ばれるものです。これらはGPSを搭載した機器で計測しており、監督やフィジカルコーチからは特に重宝されています。もう一つは、映像を分析したりして得る指標です。先ほどパスの重要度の違いについて話したと思うのですが、例えば「パッキング・レート」といって「1本のパスが相手選手を何人飛び越えたか」を測る指標があります。基本的にサッカーは相手の守備ブロック内に侵入して攻めていくスポーツなのですが、この指標は相手の守備ブロックを崩すパスを、どれだけ出せたか・引き出せたかというのを示すものです。いかにこの「パッキング・レート」を高められるかが、今の戦術の核になっていますね。
──試合での分析はどのように行うのでしょうか。
分析には主に三つのフェーズがあります。まず、対戦相手の試合映像をじっくり目で見て分析する「スカウティング」と呼ばれる段階です。ここで相手のフォーメーションや戦術を明らかにし、試合開始時点でのこちらの策を決めていきます。
次に試合中にリアルタイム分析を行います。相手がスカウティング時とは違う動きを見せてくることがよくあるので、屋上などの高い場所から撮影した映像をベンチにいるスタッフが分析できる体制を整えています。この際、相手の戦術が最も分かりやすい場面を切り取ってハーフタイムの時に選手に見せながら自分たちの取るべき対抗策を示します。ピッチ上の選手たちはなかなか全体を把握できないため、この映像を使った説明は分かりやすいと好評ですね。
そして最終段階が試合後に行う分析です。ここでは、先ほど述べたフィジカルデータや「パッキング・レート」を計測して改善や強化に役立てています。また、リーグ戦では同じチームと2回対戦するので、1回目の対戦時に取ったデータを2回目の対戦の際に活用したりもしています。
選手たちに映像を使って相手チームの動きを説明する(写真は木下さん提供)
来季こそはピッチ内で勝利に貢献を
──「サッカーは点が入らなくて退屈だ」という声をよく耳にします。試合観戦が面白くなるような見方はありますか。
局面で分けて考えると面白いと思います。サッカーには主に攻撃、守備、そして攻→守、守→攻の切り替えという四つの局面があります。例えば欧州のトップレベルでは、守備時にFWなど攻撃を担当する選手が、相手のパスコースを消しながらボール保持者にプレッシャーをかける「ハイプレス」を行うチームが増えています。逆に攻撃時は、相手のハイプレスを早いパス回しでかわしてボールを敵陣に運ばなければなりません。ハイライトではなかなか取り上げられないこの攻防にこそ両チームの思惑が隠れているので、注目してみてください。
──プロチームとの海外提携はどのような形で行われているのでしょうか。
現状、 インスブルックさんからはスカウティングとリアルタイム分析を任せていただいています。時差の関係で深夜の2時にリアルタイム分析を行わなければならない時もあって大変ですが、多くのことを学ばせてもらっています。日本だとサッカーの戦術面への注目がまだまだ少ない気がします。今欧州最高峰のクラブには、プレーヤー時代の実績は少ないながら、優れた分析力や修正力を武器に台頭してきた監督がたくさんいるので、日本でもそうした「知将」が増えてきてほしいですね。
──最後に来季に向けてのア式蹴球部テクニカル部門としての抱負を聞かせてください。
今季は東京都大学サッカーリーグ1部で最下位となり降格してしまったので、来季の目標は2部リーグで優勝し昇格することです。僕たちテクニカル部門はピッチ外では海外チームとの提携などで話題になりましたが、来季はピッチ内で勝利に貢献していかなければならないなと思います。
パソコンを手にベンチで試合を見守る(写真は木下さん提供)