来年に真打昇進を控える気鋭の落語家、春風亭昇吉さん。一度地元の岡山大学に入学後、東大を再受験。在学中の落語ボランティア活動などが評価されて総長大賞を受賞したという異色の経歴を持つ。今回は東大受験、東大での学びがキャリアにどのような影響を与えたかを聞いた。(取材・中井健太)
岡山大から再受験
岡山大学から、東大への再受験を志したのはどのような理由からでしょうか
まず、地方の場合、中学受験をする、という選択肢がほぼありません。その時点で、首都圏の中高一貫私立から東大に進むような学生とは差があります。東大入学後のオリ合宿(クラス単位の旅行)の際も、クラスが有名校出身の人ばかりで、驚きました。
最初の大学に入る時は何も考えていませんでした。地元の高校からは、半分ほど岡山大に合格するので、自分もそのまま進学しました。入学後はあまり授業に出なかったのですが、その後に東大を目指したのは「田舎者の憧れ」が一番大きかったです。
どのように東大の入試対策をしましたか
年号のカードを作ったり、英単語を覚えたり、というような作業を90分間やって15分休憩、というサイクルで回して、1日16時間勉強していました。休憩の時間はコーヒーを入れたり、筋トレをしたりするなど、完全に勉強から離れていました。
具体的な勉強法としては、必要な勉強を、暗記や単純な知識問題の演習に分解してひたすら手を動かしていましたね。そうしてインプットしたものを添削などでアウトプットすることも重視していました。これもやはり、自分の手を動かして初めて分かることが多かったです。
落語を始めたきっかけを教えてください
高校時代からお笑いが好きでした。東大に入ってお笑いをやろうと思って落語研究会に入ったのですが、当時はテレビの影響を受けて落研の中でも一発芸のような芸風が主流で、それがあまり好きではなかったため落語をやっていました。
自分は東京に出て幸せな思いをした
東大在学中はどのような活動をされていましたか
アルバイトをして、落語をして、というような大学生活でした。アルバイトも、時給3000円程度の塾講師をやっていたのですが、大学時代に目先のお金を稼ぐよりも、勉強していいゼミに入った方が就活にも有利だということを後から知りました。首都圏の進学校から東大に進学したような人たちはそういうことにも気付いており、勉強を頑張っていました。大学に入ってからも地方と首都圏の情報格差を痛感しましたね。
落語については、3年の時に全国から100人以上が参加する全日本学生落語選手権「策伝大賞」で優勝しました。大きな目標だった落語選手権で優勝して、4年の時に何しようかな、と考えていたのですが、いろいろなところで落語をやってみようと思い立ちました。盲学校やホスピス、少年院などあらゆるところに申し出て、落語をやりました。そのような活動が評価されて総長大賞をもらったのです。特に何があったわけでもないですが、田舎の両親が喜んでくれたのはうれしかったです。
落語家になろうと決めたのはいつでしょうか
3年の終わりの頃から、友達がインターンシップを始めました。自分は当時マスコミ志望だったため、マスコミのインターンに行ってみました。しかし、オリエンテーションの場で、講師の熱さに付いていけないな、と思い、経済学部だったこともあったため、金融系への就職を目指すことにしました。ですがやはり金融系にも積極的に就職したいと思えずにいた中、落語選手権で優勝し、落語の世界に踏み出してもいいのかもしれない、と考え始めました。ただ周りに落語家になるとは言えなかったため、内定先を聞かれるたびに、金融系に決まった、とごまかしていました。
企業への就職に乗り気になれなかった理由として、集団行動が苦手、ということもありましたが、自分のやりたいことができるか分からない、ということが大きかったです。入りたい企業に入っても配属される部署によって、自分のやりたくないことをやらなくてはならない、という可能性があるのが嫌でした。
落語家として活動する中で、東大を受験したこと、在学中に学んだことはどのように役立っていますか
大きく三つあります。一つは勉強に対する態度です。作業を分割して手を動かす、という方法論は落語家として仕事をする上でも、ネタを覚えたり原稿を書いたりするときに使えます。二つ目は人脈です。さまざまなことを語り合える友達ができたことは非常に大きな意味を持っています。また、経済学部で学んだこと自体も今でも役に立っています。地元で経済番組の司会もやっていますし、現実の社会を考える上でも、基礎となる教養を身に付けられたことは貴重でした。
最後に、東大受験生にメッセージをお願いします
自分と同じように地方から東大を目指す学生に激励の言葉を送らせてください。地方から東京に出ると、いろいろな人がいます。世界が広がるので、今はがむしゃらに勉強を頑張ってほしいです。
東大には学問、芸術など、知的な好奇心の世界が広がっています。自分も東京に出て幸せな思いをしたので、みなさんにも同じ気持ちを味わってほしいです。
この記事は2020年9月8日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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