インタビュー

2014年7月9日

「ことば」の面白さを、新たな形で伝えたい 大辞泉編集部 板倉編集長インタビュー

今回は、国語辞典「大辞泉」を編集していらっしゃる小学館の板倉編集長にお話を伺いました。本や雑誌のデジタル化が進む中、国語辞典もその在り様を大きく変え、様々な新たな挑戦に取り組んでいます。

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「生きている辞書」とは

――まず、紙の「大辞泉」から「デジタル大辞泉」に向かっての変遷をお聞かせください。

1995年刊行の初版はカラー版で縦書き、3000ページくらいの辞書でした。その後、2012年の第二版は横書きに変更しました。実はこの辞書の中の16%は見出しがアルファベット表記の言葉なんです。それらの言葉を調べるときに、縦組みの辞書だと持つ方向をいちいち変えなければならないですよね。一方で、縦書きが望ましい表現はのは五か所くらいしかありませんでした。漢文などの返り点や、踊り字(「々」など)くらいです。となると、総合的に考えると横書きの方が便利だということで第二版はそのようにしました。またもう一つの大きな特徴として、書籍の方には写真を入れず、文字や表だけの構成にしました。なぜかと言いますと、写真や図版は、セットになっているDVDに収録して、書籍の方は写真よりも収録語自体をなるべく多くしたいと考えたからなのです。この第二版に関しては、書籍は25万語くらいの収録語数なのですが、DVDの方が書籍より締め切りを遅くできたため、5000語くらい語数が多くなっています。その数か月の間に新たな言葉が次々に生まれてきたんですね。

――紙の辞書ですと、載せられる語数が限られてしまうと思いますが、デジタル版だとそのようなことにはなりませんよね。

はい、デジタル版の特徴として、まず語数の多さが挙げられます。現在データベース上には277600語あるのですが、2006年のデータベース立ち上げ時には約22万語しかありませんでした。デジタル大辞泉は4か月に一回、データ更新を行っています。7月からは今年2回目の校了作業に入り、この更新では一回2400語くらいが追加されます。追加項目だけでなく、既存の項目も1万から15000語の修正が入ります。ここまでのシステム組んで日々修正を加えているところは他にはないと思います。

――すごい勢いで増えていくものなのですね…驚きました。将来的に何語になっていくのでしょうか?

年間、だいたい9000語ずつ増えているので、三年後には30万語くらいになる計算になりますね。

――実際にここ最近で追加されそうな項目・変化している項目はありますか?

「集団的自衛権」は、95年刊行の初版あった項目ですが、現在では補説を加えるなどして憲法との関係性まで詳しく書いてあります。明日の閣議決定で、集団的自衛権の解釈が変わるかも知れませんから(この日は閣議決定の前日)そのニュースのチェックも行いますし、新たな解釈の文章を考えたりしています。国会の時期は様々なことが変わりますので、こういったタイムリーなチェックも非常に重要です。

――タイムリーに辞書も変化していくんですね。常に社会の変化に敏感になる必要がありそうですね。

そうですね。既存の項目の修正はタイムリーに行っています。他にも例えば、社会保険庁は2009年に廃止されましたよね。紙の辞書ですと、そのまま残ってしまいますが、デジタルであれば、今は日本年金機構に引き継がれたという記述に修正されています。データは紙のものをただ転載するのではなく、常に更新していくようにしています。

――新たに載せる言葉の選定はどのようにして行っているのですか?

新聞を毎日チェックして、大辞泉に載っていない語をまとめています。その中から辞書に収録してもよさそうな言葉を選び出し、データベースに入れて経過観察という扱いでその言葉をきちんと追いかけていく、ということをやります。ITや自然科学などの専門語は、その分野に詳しい担当の人に任せています。

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――様々な分野の専門用語を載せようとすると、きりがないと思うのですがどの程度の言葉まで入れるのでしょうか?

もちろんきりがないので、一般の人が使うレベルを考えています。ただ、ITは広めに入れています。使う人はとても難しい言葉まで使いますから、できるだけ広めに載せるようにしています。最近の新聞から言うと、たとえば「光サービス卸」という言葉をチェックしましたね。採用するかどうかは今後の検討次第ですが。。

「ぼっち飯」、入れる?入れない?

――いわゆる「若者言葉」のような言葉はどうしていらっしゃるのですか?

一般的なものは、どんどん載せていきますよ。「リア充」はもちろんもう入っていますし、今はこの「ぼっち飯」を入れようか考えています。

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――「ぼっち飯」は私は頻繁に使いますよ!

なるほど、日常的に使うんですね。「ぼっち飯」も、ただ馬鹿にして言うのとは違ってきていますよね。一番初めは「便所飯」と同じような意味だったかも知れませんが、解釈が少しずつ変わってきている。意味が変わっていくので、どのタイミングで辞書に載せるか、難しいところです。

(取材後、Facebookページにて「ぼっち飯」が取り上げられました!) http://urx.nu/9X8n

――古くなって一般的にもう使わない言葉は、デジタル版で消去していくことはあるのですか?

いえ、基本的には一度載せたものは消しません。デジタル版は特にそうです。流行語で言うと、「チョベリバ」とか「チョベリグ」など、ちょっと古い言葉ですがデジタル版は消さないんですよ。何故かと言いますと、今の人が昔の本を読んでいた時に「チョベリグ」が出てきて、大辞泉で引いても出てこなかったら駄目ですからね。「なんだそんな下らない意味か」ってなるかも知れませんが、そこが分からなければ辞書として意味が無いと考えています。

――言葉を扱う仕事をしている中で、「ら抜きことば」についてはどうお考えですか?

言葉は絶えず変化していくものですから、目くじらを立てる必要は全く無いと思います。「見れる」「食べれる」などは辞書編集部の人だって言いますからね。若者言葉だって同じです。言葉は変化していくものですし、私達としては言葉の変化が起こることで辞書の材料がもらえるのですから、その方が逆に嬉しいくらいです。(

――特に現代は新たな言葉が生まれやすい印象がありますが、どうでしょうか?

そうですね、今はSNSがあるので広がり方が非常に早いですよね。言葉が広がっていって、みんなが使うようになると私達も注目して辞書に入れようとするわけです。恐らく「ぼっち飯」なんて30年前だったらごく一部の地域や人々だけが使う言葉止まりだと思いますよ。その点で言うと、言葉の共有化の範囲やスピードが激しいから辞書でも新たな語を立てやすくなっていると言えますね。

国語辞典の面白さを知ってほしい

――大辞泉は現在、いくつの媒体に供給していらっしゃるのでしょうか?

元々あった紙の辞書、ウェブ辞書、スマホやパソコン向けのアプリ、それに電子辞書があります。ウェブ辞書に関しては言葉を検索すると出てくる、「コトバンク」と「goo

に大辞泉の内容を出しています。これらは一般の方のご利用は通常無料なので、BtoBという形のビジネスモデルですね。

――アプリもとても楽しく作られていますよね。

そうですね。このアプリにも沢山の仕掛けがあります。iPhone用のアプリですと、言葉に関する解説と写真だけでなく、地名や建物名でしたら地図がぱっと出せるようになっていて、どこにあるものなのかということが一発で分かります。また、項目によってはNHK「世界遺産」の動画も入っています。

――動画も入っているんですか!本当に言葉に関する情報がぎゅっと凝縮されているのですね。アプリに関しては、iPhone,Windowsとどれも同じデザインで出しているのですか?

いえ、同じものではなくOSに合わせて作られています。OSのデザイン・作法に従ったアプリを出しています。

――SNSも活用なさっているとのお話でしたが、どのようなことを行っているのですか?

Facebookでは毎朝、タイムリーに色々なコラムを掲載しています。先日「最後は金目でしょ」が話題になったので、「金目」を辞書的に考えてみたり、似た意味の四字熟語を探すクイズなどを出してみたりしています。クイズの場合は正解発表をその日の夕方にするなど、じっくり考えるエンターテイメント性も持たせるようにしています。国語辞典って、面白いことが書いてあるのにみんなあまり知らないですよね。その面白さを知ってもらい身近に感じてもらうために、SNSを利用しています。

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――辞書そのもの以上に、タイムリーで身近なコミュニケーションツールとしてFacebookを活用されているのですね。利用者から直接メッセージが来ることもあるのですか?

そうですね、Twitterも使用していますので、時々「大辞泉」というワードで検索をかけて何かコメントをいただいていないかチェックします。ご意見やご要望があれば、それに対して反応しますよ。「語釈がおかしい」とご指摘されて実際に正すべき所があったら、ご指摘ありがとうございます、ということで修正もします。

「自分の言葉」が辞書に載る!?

――参加型キャンペーンについて教えて下さい。

「大辞泉」というブランドを広く知ってもらおう、ということでウェブ上でのキャンペーンを行いました。今年やったキャンペーンは「あなたの言葉を辞書に載せよう。2014」というものです。これを始めたきっかけというのは、言葉ってすごく多面的で使われる状況によって色々違うよね、ということを伝えたくて一般の人に語釈を考えてもらうということをやっています。例えば、「馬鹿」という言葉は、辞書では、人をののしる言葉であるという説明がメインですが、でも、恋人に向かって言う「バカ!」は絶対に罵倒していないですよね。そんなことは皆分かっていて、凄く愛情にあふれた言葉だと知っているのですが、辞書には載っていない。そういう言葉がたくさんあるので、このような企画をやってみました。実際に去年も同じキャンペーンを行って多くの方にご参加頂き、入選したものは大辞泉に載っています。

 

 

――自分の考えた言葉が辞書に載って多くの人に見られるなんて、本当に感慨深いでしょうね。是非来年、参加したいと思います。その他に行っている活動はあるのでしょうか?

昨年のキャンペーンが元になって、今年の1月から3月まで、「笑っていいとも!」の番組企画で取り上げて頂きました。金曜日のレギュラーの皆さんに、一つお題を出して、その語釈を書いてもらい順位をつける、という企画です。

――そのコーナー、拝見しました!一度お題が「東京」のことがあって、タモリさんが素敵な解釈をなさっていましたね。

タモリさんの「ほとんどが地方のカケラで作られた巨大都市」、あれ上手いですよね。テレビの事前準備というのは結構大変で、本当は前日にレギュラー陣の「語釈」をもらいたいのですが、当日朝の10時くらいになることもあって、番組で発表する順番や順位、評価のコメントをギリギリまで調整しました。大変でしたが、すごく面白い経験をさせて頂きました。

――どうしてテレビでの企画をやることになったのですか?

前の年にやった、「あなたの言葉を辞書に載せよう」のキャンペーンをご覧になった放送作家がディレクターに、「こういうのやらない?」と企画を出したそうです。結局、最終回の前日まで企画を続けました。その日のはお題は「笑っていいとも!」とは?というもので、レギュラーの方に書いて頂きました。タモリさんの「観たことないのでわからない」は面白かったですね。その回だけは、私からの批評も順位付けも無しで、皆さんの言葉で締めることになりました。とてもいい回になったと思います。

――メディア出演や、SNSでのPRをとても積極的にやっていらっしゃって、従来の辞書のイメージとは少し違うなと感じました。

やはり現時点ですと、「広辞苑」「大辞林」というライバルが有名なので、知名度を上げたいという思いはあります。とはいえ辞書の中身については自信を持っていますし、自分達が最先端だと自負していますから、そこで辞書としてのブランディングということでキャンペーンを行ったりしているわけです。なかなかPRがそのままアプリの売り上げに繋がるということはありませんが、そうは言っても今回のように時々取材がいらっしゃるということにはなるんですよ。新聞やテレビに取り上げて頂いたりもしています。今後はこれから辞書が必要になる高校生に選んでもらい、その後も使い続けてもらえるような辞書づくりがしたいと考えています。

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――板倉編集長、ありがとうございました!!

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