GRADUATE

2023年5月30日

上野千鶴子ゼミから日本テレビへ 偏りのない情報発信を目指して 白川大介さんインタビュー

 

 人は誰しもマイノリティー性を持っている。しかし自分がマジョリティーに属しているとき、マイノリティー側にいる人々を見えないものとして扱ってしまう。バランスよく情報を得て、価値観をアップデートしていくにはどうするべきだろうか。白川大介さんは東京大学新聞社で記者として活躍し、東大の上野千鶴子ゼミ(当時)で学んだ後、日本テレビに入社。プロデューサーやディレクターなどとして活躍しつつ、自身のゲイとしての目線を基に、LGBTQやジェンダーに関わる情報を積極的に発信している。白川さんに学生時代の経験や、情報社会においてメディアの担う役割、ゲイの当事者としての情報発信などについて聞いた。(取材・本田舞花)

 

 

東大内外の人と関わり、マスコミにつながる学びを得る

 

━━東大を志望した理由は

 

 僕が東大を志望した理由は二つあって、どちらにも自分がゲイであることが関係しています。一つ目は、上野千鶴子先生のゼミで学びたかったんです。僕は中学生の頃にゲイであることを自覚しました。他の多くの当事者の人ほど深く思い悩みはしなかったんですけど、自分の将来の像というのが描きにくいなと思っていました。やっぱり、ゲイであることをカミングアウトしている人のロールモデルというのが、メディアだとパフォーマンス的に女装している人などに偏っていました。さらに当時はインターネット黎明期で、ジェンダーやセクシュアリティーに関する情報にアクセスすることは簡単にはできなかったし、アクセスできたとしても普通の中学生や高校生が正しい知識を得ることは非常に難しかったんです。そんな中、本屋さんで大学生向けの学術書のコーナーに上野千鶴子さんの『発情装置』(岩波書店)という本をたまたま見つけたんです。ちょっと刺激的なタイトルですよね。気になってドキドキしながら手に取ったんです。上野先生がセクシュアリティーについてつづったいろいろな論考がまとめられた本でした。今から25年も前は、百科事典で「同性愛」について調べると、「変態性欲」とか「異常性愛」とか書かれていた時代なので、自分が悩んでいたセクシュアリティーのことが研究対象として学術的に成立していることに驚きました。自分が悩んでいたセクシュアリティーのことが大真面目に研究の対象になることをこの本で知ったんです。大学で学びたいことを初めて見つけたなと思って、絶対に上野先生のゼミを受けたいと思って志望しました。

 

 二つ目は、東京で一人暮らしがしたかったんです。当時僕は親にカミングアウトしないで実家で暮らしていたので、恋愛も含めたゲイとしての自分の在り方を、なるべく親にうそをつかずに模索してみたいなと思っていました。そのためには実家から離れる必要があったんです。この二つが重なって東大に行くことを決意しました。

 

━━東大に入学する前に思っていた「東大」と実際の「東大」の違いは

 

 自分自身が東大に合格した1人であるにもかかわらず、東大に入る人っていうのは、ガリ勉だったり、気難しかったりするんじゃないかって警戒していたところがありました。多分入学する時点で東大生のステレオタイプを内面化していたんだと思います。が、実際に入学してみると、すごく良い仲間に恵まれて本当に楽しかったですね。この新入生歓迎号を読む新入生も、あなたと同じように誠実で優秀な優しい人たちがいるよって安心してほしいですね。

 

━━ご自身の大学生活について教えてください

 

 クラスの同級生に誘われて、東大新聞に入部しました。当時は週刊で、毎日のように本郷の部室に来て作業をしていました。文章を書くのが好きだったというのもあって、約3年ここで活動していたんですけど、現在マスコミで働く上での基礎にもなった大切な時間だったなと思いますね。

 

 僕は文化面(広く学生生活や東大などに関係する話題を中心に担当するグループのこと)に所属していて、自由に企画を立案して実現するという貴重な機会に恵まれました。一番印象に残っているのは、宇宙飛行士の野口聡一さんに取材するために、ヒューストンのNASAまで行ったことですね。野口さん直々にNASAの中を案内していただきました。

 

 あとは、東大の卒業生で俳優の高田万由子さんに取材させてもらった時に「絶対にテレビ業界が向いていると思う」と、自分のインタビューの仕方をとても褒めていただいたんですね。それが自分にはテレビ局で働くという可能性もあるのかと意識したきっかけの一つになりました。

 

 東大新聞での取材を通じて、何かを企画して伝えるということの楽しさを知った点は、その後の自分の人生に大きな影響を与えたと思いますね。

 

 

白川さんが東京大学新聞社在籍時に編集長を務めた東京大学情報本<br /> 『東大2003 東大ブランド、どう?』
白川さんが東京大学新聞社在籍時に編集長を務めた東京大学情報本
『東大2003 東大ブランド、どう?』

 

 

━━在学中にやって良かったと思うことは。また、やっておけば良かったと思うことは

 

 僕の経験を含めてアドバイス的に言うならば、東大から離れた社会や人々との接点も併せて持つべきだと思います。東大の中の縁を大事にすることは当たり前として、それ以外の社会も広く知る時間にしてほしいですね。東大生って、ある面では多様性に富んでいるとは思うんですけど、20歳前後時点の学力テストで測れる能力が優れているとか、そこにアクセスできる出身家庭の経済状況という点では、非常に偏っていると思います。そして、実際に社会に出て皆さんが取り組んでいく問題というのは、東大の外の社会全体に大きく広がっているものだと思います。

 

 塾講師や家庭教師だけじゃないアルバイトをしてみるのもいいと思います。僕はコールセンターでバイトをしていたのですが、働いている人は多様だし、電話の向こうの人からしたら相手がどんな人かなんて関係ないので、クレームの電話をたくさん受けていました。そういうことも含めて学生時代に広く経験しておくことが、社会に出たときに自分の対応力につながる気がするので、外の世界との接点も大事にしてほしいですね。

 

━━ほかの大学にはない東大ならではの魅力とは

 

 知りたいと思ったどんな分野でも、それについて研究している人が学内のどこかにいるってことですね。網羅していない分野がほぼないというか、本郷の授業はものすごくマニアックなものまで星の数ほどあって、どんなことに興味を持っても、その分野の一流の人や一流の授業に接点を持てます。幅広い学問分野を持つ東大ならではだと思いますね。

 

━━東大での学びが今の仕事に生きている場面は

 

 僕は文Ⅲから文学部行動文化学科社会学専修課程(当時、現・文学部人文学科社会学専修課程)で上野千鶴子ゼミに入ったんですけど、そこで学んだことは、マスコミに入って自分が何かを伝えるときの基礎になっているな、というのは今も感じていますね。例えば何か犯罪などが起きたときに、ファクトに基づいて正しく伝えることはメディアにとって一番大事ですが、その背景にある構造的不平等や差別にちゃんと意識を向けられているかどうか、ということは今の仕事に生きていますね。

 

 例えば一人で子供を育てているお母さんが虐待をしてしまったとか、若い女性が産んだ子供を遺棄してしまったという事件は、悲しいことですがよく起こります。その事実を見たときに「なんてひどい母親なんだ」とストレートな感想を抱くことももちろんあるとは思います。でも、なぜこのようなニュースでは女性のケースが圧倒的に多いんだろうとか、そもそも社会や行政の育児へのサポートは十分なのだろうかとか、「女性というジェンダーだから子育てに自己犠牲的に取り組めて当たり前」という考え方の影響があるのではないかとか、その奥に広がる背景を考える目線は必要だと思います。

 

報道の役割 偏りのない情報発信を

 

━━白川さんは『news zero』のカルチャー分野を中心にさまざまな特集を行っていますが、どのように企画を立て、実現しているのですか

 

 僕はプロデューサーの業務もディレクターの業務もやっています。企画を立てるときは、ニュースの中のエンターテインメント・カルチャーの分野を担当しているので、社会的なテーマとエンターテインメントが交わる点を探しながら立案することが多いですね。映画『エゴイスト』でゲイの主人公を演じた鈴木亮平さんのインタビューに最近取り組みました。LGBTQを描いた作品がたくさんある中、鈴木さんは特にかなり踏み込んだ取り組み方をしていらっしゃるな、と思ったんです。鈴木さんはしっかり研究した上で演じ、思いを自分の言葉で発信していらっしゃるので、ぜひ取材したいなと思って、オファーをしました。鈴木さんは自分の思いをできるだけ正しく伝えたい、という思いが非常に強かったので、しっかり打ち合わせをして、内容の偏った「切り取り」と捉えられないようにスタッフ一同頑張って編集をしました。地上波では時間が限られているので、放送できなかった分も含めて、鈴木さんの言葉をできるだけそのまま生かしたものをオンライン動画として公開しました。

 

 

━━報道の責任とは

 

 インターネット黎明期には、今後はネットを通じて個人が発信できるので一人一人がメディアとなり、公平な情報社会が生まれるのでは、とも言われていました。もちろん大手メディアが間違ったことを伝えることもあるし、個人の発信者が大手メディアが伝えない真実を伝えることもあります。しかし、現代はむしろネット上で真偽不明の情報が大量に飛び交っていて、ひとりひとりが正しい情報かどうかを常に吟味しなければいけない時代になってしまったのではないでしょうか。発信者がしっかり情報を精査しているところかどうか、という点がより重要になっていく中で、もちろん大手メディアの言っていることをそのまま信じてください、ということではないんですが、大手メディアのような「報道機関」の役割はむしろ重要さを増していると思います。

 

━━報道番組を作る中で、特に気を付けていることは

 

 視聴者の中にはありとあらゆる状況の方々がいらっしゃると思いますが、作り手は、自分の目線を基に話したり伝えたりしてしまいがちです。

 

 例えば、「私たち」という言葉を使うときに、この「私たち」と言うのは何を指しているのか? 日本に暮らす人? それは日本国籍の人? 日本語話者? 意識せずに「私たち=健常者」「私たち=性的マイノリティーではない人」という意味で使ってしまっていないか? 見ている人の中には安易な「私たち」の中に含まれないマイノリティーの人が必ずいるはずです。マジョリティーの目線だけになって報道していないか、ということは常に気を付けたいと思っていますね。

 

マイノリティーの人々の声を「透明化」しないために

 

━━白川さんはジェンダーに関する座談会など、LGBTQに関する情報発信に携わっていますが、社会の価値観や意識を変えるために、メディアは何ができるでしょうか

 

 メディアには視聴者の方がなかなか直接見られないことを間接的に見せることができるという機能があると思っています。見た人がメディアを通じて触れた問題を、「他人事」ではなく「自分事」にして意識化するきっかけになれると思うんです。YouTubeでは、自分が見たいものを見て、おすすめで出てくるものも視聴履歴から自分が興味をもちそうだとアルゴリズムで判断されたものばかりですよね。テレビは偶然の出会いを提供できるので、たまたま見た番組が、自分が知ろうとしてこなかった問題点や新たな価値観に出会って意識や行動を変えるきっかけになったら良いなと思います。

 

 

 

━━社内のLGBTQ研修に当事者として関わったり、多様性を発信するお天気キャラクター「にじモ」を発案したりするなど、日本テレビ社内の改革も盛んに行なっていらっしゃいますが、メディアの中の意識を変えていくにはどうすべきでしょうか

 

 カミングアウトするかしないか、と言うのは重要な個人の判断ですが、僕の経験に関して言えば、ゲイであることを公表したことで、顔が見えるところに性的マイノリティーの当事者がいることが社内で可視化され、組織の意識が自然に変わっていきました。報道局に異動してきたとき、LGBTQの方に取材する際に自分の属性を隠すのは誠実じゃないなと思い、ちょうど研修があったのでその場でカムアウトしました。当時は会社を変えたいという考えまではなかったのですが、結果的に「性的マイノリティーって白川みたいな人のことだよね」という「自分事化」が同僚の間で生まれました。カムアウトしてからは、LGBTQに関する表現物について、他の部署からも相談を受けるようになりました。ドラマや脚本の監修をしたり、問題のある表現になるかもしれないものを未然に防いでいったり、その製作者さんとの会話の中でその人たち自身の考え方がアップデートされていったり。カミングアウトを強制するつもりは全くありませんけど、そう言う意味で社内に顔の見える当事者がいることはプラスだなと思いますね。

 

 公表している当事者がいなかったら、異性愛者の人たちだけの見方によって物事が伝えられていくわけですよね。でも社会には現実として性的マイノリティーの人々は一定数いるわけだから、その人たちの目線も織り込みながらニュースとして伝えていくべきだと僕は考えています。

 

 報道する人々の中に、性的マイノリティーで言えば僕のようなゲイの人、エスニシティーで言えば外国にルーツのある方、といった人々が入っていることによってカバーされる領域があると思っています。

 

━━東大生がジェンダーやセクシュアリティーのみならずマイノリティーに関する正確な知識を持つには

 

 置かれた状況によって誰がマイノリティーになるかというのは変わるし、障害や病気、介護当事者などのマイノリティーは、人生の途中で元々そうではなかった人がなることもあります。男性というジェンダーの人が多かったり、実家が裕福な人が多かったり、複合的にマジョリティーの属性を持っていることが多いと思われる東大生たちは、多くの場合自分がマジョリティーにいることに自覚的ではありません。自分がマジョリティー側にいるときは、マイノリティー側にいる人たちの声を意識しないため、彼らの存在を「透明化」してしまいます。情報も栄養と同じく、偏らないよう、バランスよく意識的に摂取していくことが大切です。男性であれば、女性の置かれている状況。シスジェンダーの人(自認するジェンダーと生まれ持った身体の性が一致している人)であれば、トランスジェンダーの人。異性愛者であれば、同性愛者などその他のセクシュアリティーの人。健常者であれば、障害がある人。日本語話者や日本国籍の人ならば、そうではないけど日本で暮らしている人。  

 

 自分の価値観や情報のバランスがちょっと危ないかもと思った人は、その気持ちを大事にマイノリティー側の社会的な構造を知り学ぶことが大切だと思います。そのためには、ジェンダー論や社会学の授業を1こま受講するだけでも、自分の思考全体にちょっとした影響が与えられると思いますね。

 

━━新入生へのメッセージをお願いします

 

 今から20年も前には、近い将来、報道のニュースの中で同性婚について扱われたり、LGBTQの権利について与党と野党が意見を交わしたりするなんてことは想像することもできませんでした。ゆっくりだけど、社会は前進しています。読者の中にはジェンダーやセクシュアリティーについて悩んでいる人もいると思うんですけど、まだ日本社会が十分に変わっていないのは僕たちの世代の責任もあるので、間に合わなくてごめんね、と思っています。でも、社会は絶対良い方向に向かっています。僕は性的マイノリティーの当事者だけれども、それ以外のさまざまなマイノリティー性を持っている人もいるし、これからマイノリティー性を持つ人もいると思います。どんな人でも、社会を良い方向に変えていけるためのアクションが東大を経由することで起こしやすくなるはずです。一緒に社会を変えていきたいですね。

 

 

白川大介さん(日本テレビ)
しらかわ・だいすけ/東大文学部卒。04年に日本テレビに入社し、バラエティー番組(「ザ!鉄腕!DASH!!」)などに携わる。17年に報道局へ移動し、現在はディレクター・プロデューサーとして、『news zero』や『日テレNEWS』デジタル報道のカルチャー部門を担当。

 

【タイトル修正】2023年6月13日、タイトルの修正を行いました。

【記事修正】2023年6月16日、リード文の表現を一部修正しました。

 

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