報道特集

2023年8月24日

震災と情報 情報の激流の根源と向き合い方【後編】

 

 大地震発生時に恐れるべきものは津波や火災だけではない。事実と異なる情報の流布も一つの脅威となる。100年前の関東大震災では、流言の拡散が多くの朝鮮人の虐殺につながった。災害時、情報はどのように広まるのか、またわれわれは、拡散される情報へどう向き合うべきだろうか。今回、巨大災害発生時の社会心理と情報伝達を研究する関谷直也准教授(東大大学院情報学環総合防災情報研究センター)、人々の相互作用に計算科学を取り入れ研究する鳥海不二夫教授(東大大学院工学系研究科)、情報法を研究する宍戸常寿教授(東大大学院法学政治学研究科)に取材。心理学、計算社会科学、法学の観点からこの問題を分析してみよう。(取材・山口智優)

 

【前編はこちら】

事実と異なる情報の拡散要因や拡散による影響について取り上げています。

震災と情報 情報の激流の根源と向き合い方【前編】

 

法規制は困難―思想の自由とのジレンマ

 

 そもそも何が真実で、何が真実でないかは情報発生時には直ちには決まらないと宍戸教授。「何が正しい情報なのかは議論によって決めることが、現代社会の思想の自由市場の前提になっています。政府による検閲や、既存の社会通念による支配を防ぐためにも、情報を『デマ』だと断じるのには慎重にならなければなりません」

 

 そのうえで、人をだまして利益を得ようとする虚偽情報の意図的な流布行為としてデマは「人権、金融市場の安定、選挙、公正な世論形成など法が守るものを妨げようとする行為」だと話す。

 

 現代でデマの流布がもたらす問題は大きく二つある。一つは、デマは情報が流布されやすい構造を狙って撒(ま)かれるため、拡散に利用されてしまう人が出てきて、結果的に法益の侵害が多く発生するというもの。もう一つは人々が何が真実であるかの判断を怠るようになることだ。デマに繰り返しだまされると、人々は合理化を図り、多様な考え方があるなどと割り切って、何が正しいかを求めなくなる。人々の物の見方、意見は偏り、極端な情報が広がる。こういった問題が多くのデマについて繰り返されることで、社会全体でデマに対する免疫が下がることが懸念されるのだという。「本来、民主主義社会で生きるというのは、正しく説得し、説得されなければならないということでもあります。しかし、デマに対する免疫が下がっていると、熟考せずに情報を受け入れてしまう人が出てきます。しかもその背後でデマを撒く人がそのような人々を囲い込み、自分の目的・利益を達成しようとします。現代はこのようなことが起きやすいのだといえます」

 

 デマが広がりやすい状況が作られている要因として宍戸教授は三つの要因を挙げる。一つ目は、デマの法規制の難しさ。「客観的に事実が何か分かった上で、デマに本当に弊害があり、かつ悪意がある場合でない限り政府当局が権限を発動することは難しいです」

 

 二つ目は、インターネット全体が巨大な広告モデルとして成り立っていること。広告収入を稼ぐために、ユーザーが好みそうな情報だけを発信して偏向性を強化する構造が展開しているという。

 

 三つ目は、ジャーナリズム・マスメディアの力の低下だ。リーチ、取材能力、それらを支える経営基盤などが弱体化している。「取材能力も落ち、しばしば複雑な状況を正確に把握しないままメディア側が先入観で切り取った構図で報じることもあります」。ただ、メディアの災害対応は高く評価する。「日本のメディアで情報の生成・流通に責任を負う人たちの間では、災害時に強い役割を担うという意識が非常に強く、災害対応へ大きなコストをかけています」。一方、緊急事態の中でも最も喫緊な安全保障上の事態では、政府の発信する情報を正しく伝えるためにメディアに対して強い規律が課せられる。情報発信の一元化には注意する必要性があると話す。

 

宍戸先生
宍戸常寿(ししど・しょうじ)教授 東京大学大学院法学政治学研究科 97年東大法学部卒。学士(法学)。一橋大学大学院准教授などを経て、13年より現職

 

情報による二次災害の危険に対抗する

 

 では、災害時、事実と異なる情報にわれわれはどのように向き合えばいいのか。

 

 関谷准教授は、噂に気を取られすぎない姿勢が重要だと強調する。「フラストレーションをためすぎると関東大震災のような惨劇に至る可能性もあります。災害後は社会全体として流言が発生しやすい心理状態になりやすいと知っておくのが最も重要です」

 

 宍戸教授は道しるべとして3点挙げた。一つ目は、メディア・ジャーナリズムの在り方に健全な関心を持つこと。二つ目は、接する情報の正しさを正しい情報に基づいて議論する情報リテラシーを持つこと。三つ目は、机の下に隠れるなどの古典的な避難訓練に加えて、災害時特有の情報流通の構造に合わせた訓練も行っていくことだと話した。

 

 また、事実と異なる情報を拡散しないためにはどうすれば良いのか。「正しい情報を伝えれば良いということでもない」と鳥海教授は語る。「ある噂に対する訂正情報ばかりが広がり、その噂自体はあまり広まっていなかったという状況になると、訂正情報が噂を広める構図となり、かえって不安をかき立ててしまうことがあります。また、強い信念をもって誤った情報を信じている人に訂正情報を伝えると、逆に信念に執着してしまうバックファイヤ現象が生じることもあります」。また、誤情報を既に信じてしまっている人への対処はさほど重要ではないという。「これ以上新たに信じる人が出ないようにするのがポイントです。そもそも、家族でも説得できない人をたかだかネットや新聞で説得しようというのがおこがましいです。新しく間違った方向に行く人を防げれば、社会的には十分な成果だといえるでしょう」。誤った情報が無駄に拡散されるのを防ぐ方策としては誤情報・偽情報を直接得た人だけが訂正情報を広めることが有効かもしれないと話した。

 

 大きな災害が起こると、人々のさまざまな心理状態が喚起され、真偽不明の情報が飛び交う。溢(あふ)れる情報に適切に対応するために、普段から情報への向き合い方を確立しておく必要があるだろう。一方で、鳥海教授は「現在一般的に求められている『情報リテラシー』は個人に求めるものが大きすぎます。そんなに面倒なことなどやっていられません」と指摘しており、個人レベルの対策に全てを任せるのには限界がある。われわれが現実的に対応できる範囲でリテラシーを求め、平時からの社会全体の情報空間の構築の仕方次第で、災害時の情報へ人々が正しく対応できる可能性も広がるだろう。

 

誤情報・偽情報に対する対策
(表2)誤情報・偽情報に対する対策(取材を基に東京大学新聞社が作成)

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