報道特集

2023年8月23日

震災と情報 情報の激流の根源と向き合い方【前編】

 

 大地震発生時に恐れるべきものは津波や火災だけではない。事実と異なる情報の流布も一つの脅威となる。100年前の関東大震災では、流言の拡散が多くの朝鮮人の虐殺につながった。災害時、情報はどのように広まるのか、またわれわれは、拡散される情報へどう向き合うべきだろうか。今回、巨大災害発生時の社会心理と情報伝達を研究する関谷直也准教授(東大大学院情報学環総合防災情報研究センター)、人々の相互作用に計算科学を取り入れ研究する鳥海不二夫教授(東大大学院工学系研究科)、情報法を研究する宍戸常寿教授(東大大学院法学政治学研究科)に取材。心理学、計算社会科学、法学の観点からこの問題を分析してみよう。(取材・山口智優)

 

【後編はこちら】

デマの法規制や事実と異なる情報への向き合い方について取り上げています。

震災と情報 情報の激流の根源と向き合い方【後編】

 

不安と怒り―情報拡散の原動力

 

 関東大震災では、主要な情報発信手段だった電信、電話、新聞などが震災直後に機能を停止した。大火災で生じた爆発、井戸水の濁りなどが、朝鮮人の爆弾投擲(とうてき)、放火、投毒によるものだという流言が広まり、朝鮮人が殺傷されたことが知られている。また、殺傷行為を行った人々は朝鮮人を言葉のなまりで判別しようとしたため、標準語を話せない地方出身の人々、また中国人も虐殺対象となった。

 

 なぜ虐殺が起こったのか。関谷准教授は、「人々が抱える不安や怒り」が大きな要因だったと話す。災害が起こると人々は大きな不安と災害の理不尽さへの怒りを覚えるという。また、災害直後は、災害にまつわる出来事に関心が集中するため情報が拡散しやすく、さらに不安を掻(か)き立てる。関東大震災当時は韓国併合後、朝鮮半島から日本に来る人が増えていた時代。怒りが朝鮮人に向く状況ができ上がってしまっていた。

 

 現在、関東大震災時に比べ情報通信技術は大きく発達した。ただ、災害時の噂を取り巻く環境は「今もそれほど変わっていない」と関谷准教授は語る。「電気や通信が破壊された激甚な被災地では、インターネットで広まった流言は見られないため、社会的な大混乱は引き起こしにくいです」。それよりも、災害時には口伝えで広がる噂を警戒すべきと話す。「関東大震災発生後、わずか2、3日後には全国の新聞が震災のことを報じました。災害時にはたとえインターネットがなくても素早く情報が広まることを示しています」。被災地の情報伝達手段は口コミが中心で、被災者は避難所で普段と違う生活を強いられるといった状況は現在でも変わらない。「関東大震災から100年が経ち、情報環境が発達したからといって、災害時の人々のコミュニケーション環境が本当に改善したかというと、激甚な被災地に関してはそうは言えません」

 

 では事実と異なる噂が広まるとどのような弊害があるのか。関谷准教授は、「噂に接することで不安や怒りが増幅され、平時の心理状態に戻るのが妨げられる」と話す。また、復旧や救助活動が阻害される恐れもあるという。例えば、能登半島地震では、「ボランティアを装った泥棒がいる」という流言が広まり、一部の地域でボランティアの来訪が拒まれた。「虐殺まで発展するのはあまり例のないことです。東日本大震災では『中国人の窃盗団がうろついている』という流言がありました。結果的に被災者の怒りは政府や東京電力に向かったわけですが、もし怒りを向ける方向を間違っていれば危険な事態になっていたかもしれません」

関東大震災における流言の増殖・激化の様子
(図)関東大震災における流言の増殖・激化の様子(図は内閣府「1923関東大震災【第2編】」より引用)

「拡散の三要素」により広がるデマ・訂正情報

 

 人々の間で伝えられる情報の性質に関係する用語はいくつかある。「流言」とは災害や危機の際に流れる一過性の噂のことで、「デマ」は人を悪意をもっておとしめようとする言説を指す。鳥海教授は、誤情報・偽情報が広まることがもたらす影響について「情報が人間の行動を誤らせるという意味で大きな影響があります」と語る。

 

 なぜ誤情報・偽情報は時に事実以上に急速に広まるのか。一般的に「興味深い」・「重要」・「新規性が高い」という「拡散の三要素」を備えている情報は非常に広まりやすいと鳥海教授は語る。そしてデマはこれらの特性を持っていることが多いため、急速に広がってしまう事があるのだという。

 

 では、災害時の情報の広まり方にはどのような特徴があるのか。「大量に出回る誤情報・偽情報の混ざった災害関連の情報は『拡散の三要素』を備えるものが多く、あらゆる情報が広がりやすくなっています」。また、鳥海教授は、災害時に情報を広げているのは被災地の人ではないことが多いと指摘。これは実際には何の役にも立たないとしても、何か良いことをした気分になりたいという人間の心理的な作用が働いている可能性があると述べた。

 

では、災害が起こった時、被災地以外の人は何もすべきではないのか。「誤情報・偽情報の広がりを抑えるという点から言えば、単純に『被災地以外の人は余計なことをするな』というだけのことです。ただ、人間は面白い情報が入ってきたら伝えたくなる、ちょっと良いことをした気分になりたくなるものですから、容易なことではありませんし、拡散すべき重要な情報ももちろん存在します」

 

 鳥海教授は災害時の誤情報・偽情報に関してあまり悲観していない。「東日本大震災でも熊本地震でもデマの数や広がりはそれほど大きくありません。どこの国でも、真実が分かっている場合にはデマを否定する情報は比較的早く広まることが分かっています。デマを否定する情報も、拡散の三要素を備えた広まりやすい情報であることが多いのです」。ただし、否定しても面白くない、あるいはデマが真実であってほしいと人々が願っている場合には広まりづらいこともあるという。「関東大震災の朝鮮人流言も一部の人にとってはそうだったのではないでしょうか」

災害時の情報環境の変遷
(表1)災害時の情報環境の変遷(取材を基に東京大学新聞社が作成)

 インターネットやSNSの発展は大きな変化をもたらしたが(表1)、課題も生み出した。「情報量が多くなりすぎて、取捨選択ができていないという側面があります。これは高度情報化社会に人間の進化が追い付いていないのが原因だと考えられます」。情報リテラシーの欠如や科学的無知、社会全体の構造などが複雑に絡みあっているケースもあると鳥海教授は指摘。東日本大震災での原子力発電所に関する情報の錯綜(さくそう)を例に挙げる。「発災直後は原子力や原発についてあまり知られていませんでした。そのため、原発に関するさまざまな情報は『拡散の三要素』を備えて急激に広まることとなり、人々は何が真実なのか分からなくなってしまいました」。人々の科学・専門家に対する態度もあまり良いものではなかったと話す。「学者も専門家も間違っていること、分からないことは当然あります。分からないものは分からないのですから、専門家が分からないのを許さないというのは科学に対する誤解です。また、イデオロギーの問題から、自分の意見と合わない人物を攻撃する材料とされることもあります。こうして責められると、専門家は何も言えません」と訴えた。

 

 
関谷先生
関谷直也(せきや・なおや)准教授 東京大学大学院情報学環総合防災情報センター 04年東大大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満退。博士(社会情報学)。東大大学院情報学環助手、東洋大学社会学部准教授などを経て、18年より現職
鳥海先生
鳥海不二夫(とりうみ・ふじお)教授 東京大学大学院工学系研究科) 04年東京工業大学大学院博士課程修了。博士(工学)。名古屋大学助教などを経て、21年より現職

 

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