東大には進学選択という制度があり、学部に入学した学生は駒場の前期教養課程で2年間学ぶ中で、3年以降の後期課程における学部や学科を選択できる。学生は入学時に、文理や学ぶ内容、進学しやすい進学先などに基づき、科類という形で大まかに分けられているものの、所属している科類と大幅に性質が異なる学部に進学することも可能だ。しかし、そのためには特定の授業を前期教養課程のうちに履修しなければならなかったり、枠が少なく進学に高い成績が必要になったりと、より困難な条件を達成しなければならないことも多い。
本記事では、進学選択を活用して理転・文転した山口湧太(やまぐち・ゆうた)さん(文Ⅰ→工学部建築学科)、乘濵駿平(のりはま・しゅんぺい)さん(文Ⅱ→工学部電子情報工学科)、石川皓大(いしかわ・こうだい)さん(理Ⅱ→法学部第1類(法学総合コース))の3名に、彼らがどのような決断をし、進学後はどのように過ごしているのかを取材した。
(取材・松本雄大)
「文系的なアプローチ」 歴史知識生きる
──なぜ理転をしたのですか
英語が得意だったこともあり、東大に入学した時点では、国際法や国際政治などを学んで、将来は外交に携わりたいと考えていました。しかし法律や政治の授業が思っていたのと少し違って……。それでも1年の終わりまでは法学部への進学を考えていたのですが、2年のSセメスターで建築を扱う「社会システム工学基礎Ⅰ」という授業を取ったことが大きな転換点となりました。馬術部に所属していたのですが、日々の部活の後で、その授業だけはどんなに疲れていても受けたいと思ったことを今でも覚えています。結果としてその授業で建築の面白さを知り、建築学科への進学を決めました。
──理転をする上で、大変だったことはありますか
制度面では、例年の底点は超えており、建築学科に進むための要求科目もなかったので、悩みは特にありませんでした。ただ精神面では、文Ⅰから法学部という受験生時代から思い描いていたルートを外れることになるので、実際に決断することは難しかったです。両親や友人、駒場の進学情報センター、建築家の知り合いなど多くの人に相談をしました。同じクラスで理転した同期は結局3人いましたね。
──実際に理転をして、どのように感じますか
2年の夏から高校物理の勉強を学科の授業に向けて独学で開始したのですが、構造などの理系的な内容はやはり難しいです。ただ学科の友人たちに教えてもらいながら、授業に付いていくことは可能でした。一方で建築史の授業は、受験で世界史を学んでいて歴史的背景を既に知っており、覚えやすいという利点もありました。建築学は文理横断的な側面があり、例えばある土地の歴史に着目して設計の案を練るなど、文系的なアプローチで課題に取り組むことができます。建築はいろいろな考え方ができる多様性のある学問だと改めて感じます。
──文理や科類決めを悩んでいる受験生にメッセージをお願いします
「大学入学後に学びたいことが変わる」などの積極的な理由で理転・文転をするなら、今までの進路が裏目に出ることは決してありません。自分も専門的に法学を学んだわけではありませんが、法学的そして文系的なバックグラウンドは建築に生かせていると考えています。悔いが残らないように、かといってあまり深く悩み過ぎず、まずは現時点で関心のある分野に近い進路を選択することが良いでしょう。
気持ちに素直な選択を あとは突き進むだけ
──なぜ理転をしたのですか
当初は経営やマネジメントに興味があり、経済学部への進学に有利な文Ⅱに入学しました。しかし、東大の産学協創推進本部が行うSummer Founders Programに1年の夏に参加して、聴覚障害者向けの文字起こしソフトの開発・改善に携わったときに、同世代の理系の学生の技術力に圧倒されて……。実行可能な課題解決手法をあまり持っていなかった私は、技術の力で目に見える形で社会に影響を与える理系の学生のことをかっこいいと思いました。そのプログラムを運営している先生の一人に「理転しなよ」と軽い感じで言われ、話を聞いてみたらその先生も文系から理転していたので「理転という選択肢も面白いかもしれない」という気になりました。
──実際に理転をして、どのように感じますか
勢いで理転を決めた部分もあり、勉強面で苦しんだことはもちろんありました。物理など理系の学生が繰り返し学んできたことを自分は初めて学びますし、想像以上に予習や課題に時間はかかります。ただ覚悟は決まっていたので、理系の友人を頼りながら食らいついていきましたね。理転した同期が学科に5人いて、自分たちを対象に学科が大学院生による補習をしてくれたことも助かりました。
──文系の学生だった経験が生きる場面はありますか
文理がどこまで関係あるのかは分かりませんが、例えば、学科の学生の多くはプログラミングをして指示をこなすことには長けていても、自身の持っている技術力をどう社会に応用させるかにはあまり興味がないように感じます。一方自分は、社会や人の在り方に強く関心があり、今ある技術をどのように社会に応用するかということに常にアンテナを張っているため、根本となる考え方は違うかもしれません。今後はエンジニアとしての自身の腕を磨きつつ、同期の優れた技術と社会問題をマッチングして解決に導くことを実践していきたいです。
──文理や科類決めを悩んでいる受験生にメッセージをお願いします
自分の気持ちに素直になってください。「大変そう」「周りがそっちに行くから」といった理由で進路を決めると、その道が好きで進んだ人には勝てません。逆に挑戦する覚悟が一度決まれば、あとはひたすら突き進むことができます。ですから、将来の進路を決めることは勉強する手を一度止めてでもやった方がいいと思います。ぜひ具体的な研究室や研究内容も調べながら、自分の進む道を決断してください。
後悔を恐れる前に 一歩踏み出す勇気
──なぜ文転をしたのですか
数学が苦手ではなく、やりたいことが見つかった時に理転より文転の方がしやすいと考え、高校時代は理系を選びました。思えば当時から入学後に文転することも頭の片隅にあった気がします。東大では文Ⅰから理Ⅲまでいる既習外国語クラスに所属したことで、文系の学生ともクラスメートでした。1年のAセメスターの時に、ある授業が休講になり、同じクラスの文Ⅰの学生が受ける法の授業に出たことがきっかけで法学部への興味が湧きました。そこから法学の本を読み、さらに関心を深め、文Ⅰの友人からも「理系から法学部に行っても大丈夫」というお墨付きをもらったので、進学する決意を固めました。
──文転をする上で大変だったことはありますか
要求科目はなかったのですが、全科類枠が文Ⅲの学生に占められる傾向があることや、理科から法学部への指定科類枠が6人分しかなく、通る人数が少ないため志望する個々人の成績がもろに底点に影響を与え、過去のデータが信用できないという悩みがありました。そのためどれだけ点数を取っても法学部に行けない可能性があるという不安から2年のSセメスターは落ち着いて勉強ができなかったです。
──文転後に自身の想定と異なることはありましたか
意外と予想通りですね。法学部の授業だけで法律の体系を網羅することが可能なカリキュラムが組まれていて、大学受験での文系の知識が法学を学ぶ上で必須というわけでもないので、文転してもすぐに授業に順応できました。
──理系の学生だった経験が生きる場面はありますか
直接理系の知識が生きる場面はあまりないです。法学の授業で微分・積分しないですし(笑)。間接的なことでしたら、例えば「集合と論理」や「演繹と帰納」といった考え方を受験生時代から常に使っていたので、そういった点が法学的な思考に生きているかもしれません。
──文理や科類決めを悩んでいる受験生にメッセージをお願いします
自分のやりたいことが簡単に見つからないのは意外と普通のことだと思います。ただどこかで決断する必要はありますし、どのような進路を選ぼうと、進んだ先で楽しいことは必ずあります。「この決断で後悔しないだろうか」とずっと思い悩んでいるなら、勇気を持って一歩踏み出してみるのも良いかもしれませんよ。
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