インタビュー

2015年10月2日

“CGで医療を変える”:医学部卒サイエンスCGクリエイター瀬尾拡史さん後編

「よく、『東大生は起業した方がいい』だとか『人と違うことをした方がいい』だとか言われているのをそのまま鵜呑みにしてしまう人がいますけど、必ずしもそうすべきだとは思いません」

そう語るのは、東大医学部とデジタルハリウッドとをダブルスクールし、現在は株式会社サイアメントの代表取締役として活躍する瀬尾拡史(せお・ひろふみ)さんだ。

サイエンスCGクリエイターとして、サイエンスの専門的な世界と、エンターテイメントに使われるCGの世界という、まったく異なる2つの分野をつなぐ仕事をしている瀬尾さんに、サイエンスCGクリエイターになるまでの軌跡を伺った。

 

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――なぜサイエンスCGクリエイターを目指されたのでしょうか?

 

CGを作り始めたきっかけで言うと、中学一年生のときにパソコン部に入って、ポリゴンモデリングやレイトレーシングなどのすごく初歩的なCGを作り始めたのが最初ですね。部内でCGのプログラミングがちょうど流行っていて、国際数学オリンピック最多出場記録を持っている同級生が「CGに必要な数学と物理」という教科書を作ってくれて色々教えてくれたりもしました。

 

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中学二年生のときに0からプログラムだけで制作したCG作品

 

 

中学二年生のときに、たまたまNHKの『驚異の小宇宙 人体III 遺伝子・DNA』という番組を観たことがサイエンスCGクリエイターを目指そうと思った一番のきっかけですね。CGが沢山使われているのですごく分かりやすくて、「こういったCGの使い方があるんだな」というのが衝撃的でした。そのときに、スターウォーズやジュラシックパークみたいな純粋なエンタメ作品もいいけれど、専門性を持った上でCGが使えると、「難しいと思われていることを正しく、そしてエンタメ要素もいれて楽しく」伝えられるんじゃないか、と思いました。それで、医学部を目指すことにしたんです。

 

――CGを専門にしようとは思わなかったのですか?

 

最初からCGをやるつもりで医学部を目指していましたよ。大学でしか学べないことを、大学では学びたかったんです。専門的なものを作ろうとした場合には、CGや映像編集って手段にすぎませんよね。それよりも、中身や内容を知っている方がよっぽど大事だと思うので、医学部を目指しました。

 

――医学の知識は医学部でしか学べないのでしょうか?

 

知識そのものは、教科書を読んで自分で学べばいいものだと思っています。それよりも医学部に行くことでしか得られないのは、病院の環境の中に朝から晩までいるという経験ですね。解剖実習であったり、実際に患者さんを診たり、先生方と密にコミュニケーションを取ったりをする中で、「現場レベルでこういうものが欲しいんだな」という感覚が分かってきました。その感覚が分かると、NHKの番組のようにテレビであまねく色んな人達に専門的知識を伝える番組とは別に、「超ニッチかもしれないんだけど、CG使ってうまく表現できたら確実に治療に役立つよね」という需要が存在することにも段々と気づくことができました。

 

――なぜ中学2年のときに思い描いた夢を諦めずに実現できたのでしょうか?

 

強いていえば、周りに勉強面でできる人はいくらでもいたけれど、クリエイティブ寄りのことをやっている人はいなかったので、身近に比較対象がいなかったというのは大きかったのかもしれません。パソコン部の先輩や同輩は超人だらけで、「スーパーコンピューティングコンテストで優勝しました」とか、中1の段階で「モンテカルロ法で円周率を求めました」みたいな人がゴロゴロいたんですよ。それで、エンジニアや数学者の道はすぐに諦めましたね。高2のときに、先生に「学校紹介ムービーをつくってよ」と頼まれて作品を作ってみたところ思いの外周りが喜んでくれたという経験もあったので、少し向いているのかもしれないなという思いはその頃からありました。ただ、自分が勘違いしているだけなのかどうかがそのときには分からなかったので、「やれるとこまでやってみたら、どうなるんだろう?」と、一度試してみたく思ったんです。自分を試すという意味で、大学1年の冬からはCG映像表現の専門学校のデジタルハリウッドに通い始めました。そこでの卒業制作で優秀作品に選ばれなかったらCGはもうやめようというつもりだったのですが、幸いにして選ばれることができたので、今に至っています。

 

デジタルハリウッドでの卒業制作作品

 

――デジハリでは、どういったことを学ぶのでしょうか?

 

CGに関してもテクニカルな部分は自分で学んだ部分が大きくて、それよりも似たようなことをやっている同世代の人と出会える環境にいられるというのが大事だと思います。

 

――アートや表現技法といった部分は、どのように身につけたのですか?

 

高2で学校紹介ムービーを作ったときから変わっていませんが、ゲームセンターに行ったり、街の広告を見たりと、とにかくよく観察するようにしています。ほぼ毎日、一日一本アメリカのプロが作った15秒程度の映像作品を全部コマ送りで見ていた時期もあって、コンマ何秒でこれが出てくるとカッコイイとか、このタイミングでこの文字の入りがあると視認性がよいだとか、そういった動きのパターンを見つけていました。そうやって要素に分解すると、カッコイイと感じるパターンは大体決まってくるということが、習わなくても気づいてくるんです。映画の予告編なんかは短い時間の中にものすごい情報量が分かりやすく詰め込まれていて、すごく参考になります。

要素のストックを沢山持っておけばおくほど、使える技が増えるので当然全体の質はあがりますよね。人が美しいと感じるパターンは大体決まっていて、映像デザインの9割は論理的に作ることができると言われています。UI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)の世界もそうですよね。ただ、残りの1割はセンスで、学べるものではないですね。その1割がすごく大きな1割で、自分の能力の範囲を超えているので、センスのある人に任せています。

 

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――総務省の「変な人プロジェクト」である異能(Inno)vationにも事業が採択されていますが、瀬尾さんのどういった部分が人と変わっていますか?

 

異能vationは周りが薦めてくれたので応募はしましたが、僕自身は自分のことを変じゃないと思っていますよ。落合くん(※瀬尾氏と同時期に異能vationに採択されている、筑波大学助教の落合陽一氏)が「変人とは、人とは異なるアプローチで何かをする人のことだ」というようなことを言ってましたが、まさにそうだと思います。起業に関しても、僕はどうしても起業家になりたかったわけではないし、起業万歳!という空気も好きじゃないです。CGプロダクションに入ったら自分の作りたいものは作れないし、病院にいたら治療で精一杯になっちゃうので、やりたいことをやるために起業という手段が一番だったので僕は起業をしただけです。

 

――東大生は、保守的で新しいことにあまりチャレンジしないと言われています。瀬尾さんから、後輩にメッセージをお願いします。

 

よく、「東大生は起業した方がいい」だとか「人と違うことをした方がいい」だとか言われているのをそのまま鵜呑みにしてしまう人がいますけど、必ずしもそうすべきだとは思いませんね。スタンダードなことをする道を、「レールに乗る」とネガティブに表現するのもあまり好きじゃないです。スタンダードなことっていうのは、それが一番成功する確率が高いから皆やっているわけで、普通に考えたら同じことをやった方が得なことは多いですよね。それに、スタンダードなことをやるからこそ見えてくるものだってあると思うんです。僕だって、スタンダードに東大に来て、スタンダードに医学部で医学を学んで、スタンダードにデジハリでCGの勉強をした。だからこそ、どうやったら2つの分野の架け橋となれるかがようやく見えてきたわけです。なので、スタンダードにまずはやるべきことをこなすというのは悪くないと思いますよ。

 

(取材:小川奈美、須田英太郎、井手佑翼 文:小川奈美  写真:須田英太郎)


 

瀬尾拡史(せお・ひろふみ)

東大医学部医学科卒、株式会社サイアメント代表取締役。3DCGの専門学校であるデジタルハリウッドとのダブルスクールにより身につけた医学とCGの専門知識を用いて、「サイエンスCGクリエイター」として活躍中。大学3年時に裁判員制度での3DCGの利用を最高検察庁に提案し、その功績から東京大学総長大賞を受賞。また2014年には総務省の異能(Inno)vation 事業に採択され「国家認定の“変な人”」の最初の10人に選ばれる。さらに今年8月に開かれた世界最大かつ最高のCG技術に関する国際学会のSIGGRAPH2015ではBEST VISUALIZATION OR SIMULATION賞を受賞。

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