学術

2022年3月1日

東大教員が選ぶ【青春の一冊】『スティーブ・ジョブズ』 やり抜く力と独創性で未来を開け

 

 東大教員に自身の青春を彩った書籍について話を聞く「青春の一冊」。今回は、岡地迪尚准教授(東大大学院総合文化研究科)が選ぶ一冊『スティーブ・ジョブズ』(ウォルター・アイザックソン著、井口耕二訳) について寄稿してもらいました。

 

生きる上での「姿勢」を学ぶ

 

スティーブ・ジョブズ1 ウォルター・アイザックソン著・井口耕二訳/講談社 2090円(税込み)

 

 本書は、アップルの創業者スティーブ・ジョブズの激動の人生を描いた伝記です。彼がどのようにMacintosh(現Mac)、iPhoneなどの革新的な製品を作っていったのかが書かれています。

 

 私が本書に出会ったのは、経済学研究科修士課程を修了して働き始めた頃です。いずれは博士課程へ進学しようと考えていましたが、時期について迷いがありました。しかし、本書を通じ私も彼のようにインパクトのあるものを生み出したいと思うようになり、すぐにでも博士課程へ進学しようと決意しました。

 

博士課程時代の研究室(写真は岡地准教授提供)

 

 彼から影響を受けた点を挙げると以下の4点に集約できます。それは、意義と目的を明確化し見失わないこと、点と点がいずれ結合すると信じること、独創的であること、やりぬく力を持つことです。

 

 まず、仕事や研究において、意義と目的を明確化することはとても重要です。なぜこの仕事や研究をやるのか、どういう意味があるのか、自問し答えられないようでは、特段価値のないことに人生の貴重な時間をつぎ込んでしまいます。また、意義と目的を明確化することで、幾多の選択肢から然るべきものを取ることが可能となります。現在、多くの仕事は目的までの距離が遠く、かつ細分化されています。このような状況では誤った選択をしてしまい、最終的に生み出されるものの意義が小さくなることがよくあります。その点、ジョブズで印象的だったのは、コンピュータを一般家庭に届けるという明確な目的があったため、エンドユーザーである一般家庭の視点を常に持ち続けていたことです。例えば、ジョブズは新しいコンピュータ発表の際に、機械にHelloと言わせることに強いこだわりを見せました。この理由は、これまで人々が見る映画の中のコンピュータは常に怖い存在であったが、アップルが提供するコンピュータは怖くない、友達だよという感覚を持ってもらうためです。また、マウスをいち早く採用したのも、必ずしもコンピュータに明るくない一般家庭はコマンド入力よりも、簡単にかつ直観的に操作したいであろうという思いを抱いていたからです。このように、目的に沿うような行動や選択を取り続けてきたことが彼の成功の一因となったのは間違いないでしょう。

 

 ただ、読者の中には今行っていることの意義と目的が明確に定められず、一生懸命取り組むべき事柄が見つかっていない人もいるかもしれません。私もそうでした。その時は、点と点の結合が起こると信じて、今できることや興味の赴くまま、何かに打ち込むといいと思います。点と点の結合のついては、ジョブズが05年のスタンフォード大学卒業式のスピーチで述べられたものです。この意味は、今やっていることが、将来何らかの形で役立ちうるということです。例えば、ジョブズは大学でカリグラフィー(文字を美しく見せるための手法)を学びました。その時には、この手法がコンピュータ製造に活かされるとは思っていませんでした。しかし、その後、両者が結びついて美しいフォントを備えたパソコンが生まれたのです。学問でも様々な分野の融合で、新しい研究が出来ることが多々あります。一見関係のないような事柄を習得しておくことが、独自色を生むことにつながります。東大は教養課程で幅広く授業を取ることが求められます。今は有用性を実感できなくても、将来学んだことが生きてくる場面が出てくるでしょう。点と点が結合すると信じて勉学に励んでほしいと思います。

 

 次に独創性についてです。これは、アップルが消費者の購買力を掻き立てる独創的な商品を次々と作り出した点などに現れています。Macのデザインやスマートフォンの利便性については言うまでもないと思います。考えてみれば、身の回りの多くの物はジョブズのような変わり者が作り出したものです。例えばエジソンには変人たるエピソードがいくつもありますが、彼がいなければ電球はなかったかもしれません。夜型の私としては有難い限りです。アップルは1997年にCMでthink differentという概念を打ち出しました。常識を疑い、逸脱を恐れるなというものです。動画共有サイトなどでもアップロードされているので、一度視聴してみるといいでしょう。ただ、変わり者が成功しているからといって、奇をてらい基礎をおろそかにしてもいい訳ではありません。基礎がしっかりしてないと、独自性のある成果は生み出せません。「型があるから型破り、型がなければ形無し」です。

 

 最後に、やりぬく力について述べます。この力はいかなる分野においても決定的に重要です。近年耳にするようになった非認知能力の一つです。例えば、ジョブズは良く知られているように、同じ服を着ていました。これは、仕事に集中するために、服の選択という余計なことに頭を使わないためです。妥協を許さずに、こつこつと努力する姿勢の表れです。ジョブズは若くして成功しましたが、たとえ若い時分は認められていなくても、こつこつとやり続けることで結果を出した人は大勢います。iPS細胞の山中伸弥先生は、薬理学の大学院入試の面接で、薬理のことは何も分からないが研究したい、通してくださいと叫んだようです。その後、誰よりも努力し研究成果が実り、ノーベル賞を受賞しました。ニュートリノ振動の梶田隆章先生や青色発光ダイオードの中村修二先生も同様です。また、勉学に限らず、スポーツにおいてもサッカーの本田圭佑選手はその好例だと思います。読者の中には、周りに能力の高い学生ばかりがいて、自信を失っている人がいるかもしれません。しかし、成果を出すのに能力は二の次です。やりぬくことが重要です。

 

 日本経済は長年低成長にあえいでいます。これは換言すると、学生の皆さんよりも上の世代の方々は低成長から脱しえなかった人達とも言えます。東大生の多くが既存の受験のレールに乗って本学に来ましたが、そもそも社会システムとして上の世代が敷いた既存のレールがきしんでいるのかもしれません。今後もむやみに既存のレールに乗ると、上の世代と同じ轍を踏む恐れがあります。私は、新たな道を開拓するような人材が東大生の中から何人も現れてほしいと願っています。世界には小さなガレージでのコンピュータ製造から始めて、会社を世界一の時価総額にした人がいます。(寄稿)

 

岡地迪尚 (おかち・みちなお)准教授(東京大学大学院総合文化研究科) 18年オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。Ph.D.(経済学)。日銀金融研究所エコノミスト、東北大学講師を経て、20年より現職。

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