桝太一アナウンサーが日本テレビを退職してから取り組む活動として「サイエンスコミュニケーション」という言葉を耳にする機会が増えた。一方で、「科学と社会をつなぐ」といわれるその活動の内実や目的、課題には曖昧な点も多い。そこで、サイエンスコミュニケーション活動を積極的に行う石浦章一名誉教授への取材と、サイエンスコミュニケーター育成講座である大学院副専攻「科学技術インタープリター養成プログラム」で教壇に立つ松田恭幸教授(東大大学院総合文化研究科)、内田麻理香特任准教授(東大教養学部附属教養教育高度化機構)、定松淳特任准教授(同機構)による座談会を行った。
前編である今回は、これら二つの取材で分かったサイエンスコミュニケーションの実態をお伝えする。
(取材・清水琉生)
「何が科学に当たるのか」を伝える
サイエンスコミュニケーションについて、文部科学省のウェブサイトには「科学のおもしろさや科学技術をめぐる課題を人々へ伝え、ともに考え、意識を高めることを目指した活動です。研究成果を人々に紹介するだけでなく、その課題や研究が社会に及ぼす影響をいっしょに考えて理解を深めることが大切です」とある。科学博物館で学芸員による一般向けイベントが行われたり、テレビで新型コロナウイルスについて専門家が解説したりという活動はサイエンスコミュニケーションの代表例である。
科学と社会をつなぐ役割を持つともいえるサイエンスコミュニケーション。一般の人にとってその重要性はどのような点にあるのか。「科学は身の回りのことみんなに関係しているのだから、どう関わっているのか正しく知る必要性がある」と石浦名誉教授。松田教授は科学が「知る喜び」を学ぶきっかけになると話す。その「知る喜び」は科学者でなくても理解できると内田特任准教授。「例えば、塩もみなどの調理法の仕組みを科学的に理解するだけでも面白い! と感じることもあります。科学は普段の生活を豊かにするものです」。また「身の回りにあふれている分、信頼できる情報が得られることも重要です。サイエンスコミュニケーションは一般人と科学・科学者の信頼関係を築く場でもあります」と両者の関係性を重視する意見が複数人からあった。
一方、科学者にとってのサイエンスコミュニケーションの重要性として、定松特任准教授は「現代では科学も功利主義の流れに巻き込まれています。知ること自体に価値があると伝えなくては科学が成長していきません」と指摘する。松田教授は「研究にはお金がかかります。即時的に利益を生む分野ではない研究の面白さを社会に伝えていかないと、いずれは自分の研究環境にまで悪影響が出かねません」と加えた。
サイエンスコミュニケーションの担い手は「サイエンスコミュニケーター」と呼ばれる。サイエンスコミュニケーターに求められる能力とは何か。内田特任准教授は「サイエンスコミュニケーションといっても、実践する人が研究者なのか、新聞社の科学担当の記者なのか、不正の告発を周知する人なのかなど、立場や文脈で伝える内容も異なり、サイエンスコミュニケーションという言葉一つでまとめることは実は難しいんです」と釘を刺す。
科学者の立場から、石浦名誉教授は「易しく」そして「正しく」伝える能力の必要性を唱える。特に「正しく」については「研究に長く携わり、学生を指導するなどの経験を経ないと、この力はなかなか習得できません。感覚で科学の本質を見抜ける研究者にしかできないものです」と話す。小学校の理科の教科書作成に関わった際も「小学生が相手でも、実験には必ず対照群を設けるなどの基本は忘れない」ようにしたと話し、科学に触れる上で譲ってはならない点を見抜く能力の重要性を強調する。
「しゃべり方など、どう伝えるかではなく、何を伝えるかを真剣に考えることができるのが大切」と内田特任准教授。相手によって伝える内容が変わるので、とにかく独り善がりにならないことも大切だと松田教授は加える。定松特任准教授は「伝える相手の層は、想定をはるかに超える広がりを持っています。科学へ無関心な層に対して、関心を持つ第一歩として身近な例を使って、まずはざっくりと説明できるのが大事」と述べた。さらに石浦名誉教授は「研究費の3%はアウトリーチ活動に充てると決まっていることが多いんです。だから、正しく易しく伝える力は科学者であればみんな等しく必要な力なんですよ」と、担い手は決して限られた人間ではないと念押しした。(後編へ続く)
石浦章一(いしうら・しょういち)名誉教授
79年東大大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。国立精神・神経センター(当時)、東大大学院総合文化研究科教授などを経て、現在、新潟医療福祉大学特任教授、京都先端科学大学客員教授、同志社大学客員教授。
内田麻理香(うちだ・まりか)特任准教授(東京大学教養学部附属教養教育高度化機構)
東大工学部卒、同大学院工学系研究科修士課程修了。博士(学際情報学)。科学技術振興機構科学コミュニケーションセンターアソシエイトフェロー、18年東大教養学部特任講師などを経て、21年5月より現職。家庭に潜む科学への興味をきっかけに、科学ライターとしての経歴を持つ。
定松淳(さだまつ・あつし)特任准教授(東京大学大学院総合文化研究科)
05年東大大学院人文科学系研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。東大大学院総合文化研究科特任講師、京都光華女子大学短期大学部特別契約講師などを経て、19年より現職。原発事故の際に立場の違いによる分断を痛感するなど、サイエンスコミュニケーション実践の経験も豊富。
松田恭幸(まつだ・やすゆき)教授(東京大学総合文化研究科)
98年京都大学大学院博士課程修了。博士(理学)。理化学研究所先任研究員、東大大学院総合文化研究科准教授などを経て、19年より現職。