PROFESSOR

2020年1月12日

分断乗り越え世界平和を 国際的な人権問題に携わる教授に聞く

 今年は東京オリンピック・パラリンピックが開催される。平和の祭典として近代オリンピックが始まったように、世界平和は人類共通の願いだ。その実現にはどのような行動が求められるのか。人権弁護士として国際機関で難民問題や平和維持活動に携わった佐藤安信教授(総合文化研究科)に話を聞いた。

(取材・友清雄太 撮影・杉田英輝)

 

佐藤安信教授(総合文化研究科) 「人間の安全保障」プログラム担当。89年米ハーバード大学ロースクールでLL.M、00年英ロンドン大学大学院でPh.D.(法学)取得。91〜92年オーストラリアでUNHCR法務官、92〜93年カンボジアでUNTAC人権担当官、95〜97年ロンドンでEBRD弁護士を務める。04年より現職。

 

法整備で途上国を支援

 

  弁護士を目指したきっかけを教えてください

 

 当時通っていた都立高校で起きた放火冤罪事件がきっかけです。起訴された定時制の青年が、裁判で「自分は無実で、自白を強要された」と訴えたのです。国選弁護人の活躍で無罪となり、私は人権弁護士を目指しました。弁護士になり、彼の国家賠償訴訟の代理人として勝訴しました。

 

  国際人権、難民問題、平和維持など海外に目を向けた活動をしています。そのきっかけは何ですか

 

 司法試験合格後のバックパックでの世界一人旅の影響が大きいですね。フィリピンを訪れた際、日本の政府開発援助(ODA)が背景にある人権問題を目撃し、人権問題とは先進国の利益などさまざまな要素が絡み合った構造的な問題だと気付きました。ボランティアとして参加したタイの難民キャンプでは、国際社会の支援が逆に新たな難民を生み出す実態を目の当たりにしました。こうした体験がきっかけになったと思います。当時、日本人で海外の人権問題の専門家は少なかったので、世界に目を向けた弁護士になろうと強く思いました。

 

  帰国後、東京の弁護士事務所に勤務したのち、ハーバード大学のロースクールに進学しました。この目的は何でしたか

 

 難民、人権問題に関心を持っていた時に、国連の人権担当官を務めていた久保田洋さんに出会い、彼のように国連で人権問題を扱いたいと思うようになりました。その際、久保田さんに、当時ハーバード大のロースクールで教壇に立っていたフィリップ・オルストン教授を紹介されたんですね。表現の自由や結社の自由の研究が盛んだった当時、オルストン教授は「食への権利」という途上国の社会権に目を向けていた数少ない国際人権の専門家でした。この先生の下で学ぶこと、そして卒業後に国連で働くことが目的でした。

 

  ハーバード大卒業後、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)などの国際機関で活動します

 

 UNTACの法務・人権担当官として、プノンペンで1992年から1993年にかけてカンボジア内戦の終結に携わりました。当時のカンボジアはクメール・ルージュが近代法を廃止し、弁護士や裁判官も殺されるなど無法地帯で、終わりの見えない泥沼の内戦状況でした。人権担当官の仕事は現在進行形の虐殺の現場検証と報告が現実で、地雷原を歩いたこともあります。

 

 1年間の任務を終え任地から撤収しようとした時、現地のベトナム系住民から「帰らないで」と懇願されたのですが、結局見捨ててしまって……。その後日本政府にお願いし、UNTACの人権部門だけ現地に残すことはできました。UNTACの一員として現場で活動したけれど、状況をただ見守ることが多く、実際何ができたのだろうと無力感を味わいました。

 

  失意の中日本に帰国します

 

 食べることができないと人権や平和を実現できないと思い、日本の経済力を使って何とかできないかと考えました。国際的な援助や投資のノウハウを学ぶため、国際金融が専門の法律事務所に入ってロンドンやニューヨークなどでプロジェクトに関わりました。

 

 しかし、再び人権問題に携わりたいと考え、欧州復興開発銀行(EBRD)の法務部に勤務しました。EBRDは、ソ連、東欧の市場経済移行による人権、民主化のために民間融資する開発銀行です。そこで市場経済に不可欠な法制度の整備が必要だったのです。カンボジアで果たせなかった法整備支援のため、大蔵省の支援で、法律事務所から2年間出向することにしました。

 

  日本人が国際機関で働くのはハードルが高いと思いますか

 

 高いと思いますね。文化的なギャップが大きな原因です。例えば、日本人は基本的に相手が話している間は口を挟みません。しかし、国連などではみんな平気で話に割り込んだり、正面から反論したりと自分が場を取るんだという雰囲気があります。日本人が美徳とする謙虚さでは場をつかめないし、逆に相手に誤解を与えてしまいかねません。だから国際機関で活躍するには、正面から上司や同僚とぶつかり合って周囲に認めてもらうという強い気概が求められます。

 

平和の祭典で連帯感を示せ

 

  米国を中心に自国第一主義、反グローバリズムの風潮が広がっています。なぜこのような風潮が世界各地で広がるのでしょうか。また、この風潮にどう向き合えばいいのでしょう

 

 グローバル化が急激に進む中でいろいろな矛盾が噴出し、人々の意識が他者を攻撃して自己を正当化するという方向に流れています。人類史の流れでみれば、現在は既存の体制が崩れて新体制に向かう端境期ではないでしょうか。1930年代の再来という人もいますね。ですから、第3次大戦を起こすことなく新しい時代を迎えることが必要になります。ポイントは、自分のエゴや利益を捨てて他者のために戦えるという連帯感を持つこと。それには人類共通の敵や課題を明確にするとうまくいくと思います。私は環境と難民問題が鍵になると考えています。

 

  なぜそう考えるのですか

 

 環境と難民問題は人々の多様性への理解を深めるためのいい教科書です。日本はとりわけ、環境や人権を抑圧して経済成長を目指す途上国型のモデルから、個性を認め合える成熟した新たなモデルへの転換が必要です。連帯しつつも多様性を尊重していける社会を日本は推進していく。この思想的発展が平和につながると思うんですね。政治家やリーダーの責任追及に始終せず、自ら、社会の先導者として一歩踏み出すこと。

 

  今回の東京オリンピック・パラリンピックで期待することはありますか

 

 先ほどの、多様性を促進するという意味では本当に期待しています。また、国を代表できなかった人たちを「グローバルシティズン」として包摂することも重要です。前回のリオデジャネイロオリンピックで初めて結成された「難民チーム」が、東京でも結成されるということで、発信力に期待しています。

 

 オリンピックはどうしてもナショナリズムが高揚しやすい場所です。その中で、環境問題などの地球規模の課題に対し、多様性を尊重しつつ「ONE TEAM」で団結して取り組むんだという意志を示す。分断主義を乗り越えていくんんだというメッセージを打ち出すことが日本が果たすべき役割だと思います。

 

  最後に、東大生にメッセージをお願いします

 

 自分の個性を大事にしてほしいです。ステレオタイプなエリート像をぶち壊してほしい。そのため自分の生き方を先まで既定せず、もっと自由に冒険することを大事にしてください。

 


この記事は2020年1月1日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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