キャンパスライフ

2015年11月7日

サンクトペテルブルグへ【連載ロシア留学記3】

ウラー!!!

 

という歓声と共にモスクワに到着した。「ウラー(ура)」というのはロシア語で「万歳」という意味である。飛行機が無事着陸に成功した際に歓声が起こるというのは本当だった。ロシアは、(過去にトランジットのため空港にしかいたことのない韓国を除けば)私が訪れた5番目の外国であり、5番目の旧社会主義国である。

まだ8月31日なのに、モスクワは評判通り肌寒かった。サンクトペテルブルク行きの国内線の便への搭乗まで、あと6時間あった。空港内の店をぶらぶらしたり、ベンチに横になったり・・・もっと良い時間の過ごし方はきっとあるはずなのだけれど、何しろモスクワの中心街から遠くて観光するには中途半端な時間なので外に出る気にもなれず、とにかく苦痛であった。

やっと、待ちに待った国内線の便に乗れた。文章にするとこの6時間がものすごくあっけなく思えてしまうのが残念である。

サンクトペテルブルグへ

サンクトペテルブルグには、わずか80分であっけなく到着してしまった。

空港には、サンクトペテルブルグ国立大学のBuddy Student(「留学生お助け隊」のような人)であるロシア人女性が私を待ってくれていた。彼女は大学の卒業生で、現在は建築家として働いている。寮までのタクシーの予約をしてくれていた。私が空港に着いたのは夜中の12時半であるにもかかわらず。成田で抹茶味のキットカットを大量に購入しておいて良かったが、こんな夜中に待たせたことへのお礼としては、本当に「つまらない」ものだった。どこぞの老舗のどら焼きとか買ってくるべきだった。

彼女の話によると、大学寮は、町の西部のワシーリエフスキー島上にあるため、寮へ向かう途中、ネヴァ川の跳ね橋を渡らねばならない。しかし、深夜は船が航行するため跳ね橋が上がっている時間があり、通行可能になる時間が午前2時45分から午前3時10分までの間であるという。つまり、深夜の空港で更に待たねばならない。私は、エイゼンシュテインのロシア革命をテーマとしたソ連映画『十月』で、ペテログラードの跳ね橋が上がるシーンを思い出さずにはいられなかった。

 

カピタンスカヤ寮

寮に着いた。カピタンスカヤ通りに面しているので、カピタンスカヤ寮と呼ばれている。留学生専用の寮である。結局、到着したのは夜中の3時であった。同行してくれた女性は近くの友人の家に泊まることにしていると言って帰って行った。彼女は日本に大変関心があり訪日経験もあるので、今度来日した際はこちらが、貧乏学生という身分などを言い訳にせず思い切り恩返ししなくてはならない。

「こんな時間になんで来たの!!」と、怒り気味のおばちゃんが現れた。怒られる覚悟はしていたが、やはりロシアのおばちゃんは声がデカく、怖かった。誓約書などを読む時間を十分に与えられずに、半ば強制的に意味も分からずサインをさせられたのち、鍵を貰い、9階の部屋へ向かった。

寮の構造について述べると、12階建てで、北西側の棟(男女混合)と南東側の棟(女子専用)とが連結している。私が住んでいるのは当然前者なので、そちら側について説明すると、2階以上の各階に5つのブロックがある。1つのブロックには、キッチン、トイレ、シャワーが備え付けられており、それらに加えて、各ブロックに2人部屋が2つと3人部屋が1つ存在する。つまり、最大7名で一つのブロックに暮らすというわけである。

私の住む905-Б(「べー」。英語のB にあたる)室は2人部屋だったが、どうやら相方はいないようだ。正直なところを述べると、このままずっといなくていい。当然のことながら、勉強に集中したいし、睡眠を妨害されたくないし、プライバシーを保たれたいからである。

自室
自室

 

寮の住民と家賃

気になるのはブロックに暮らす人間の国籍であろう。通常、カピタンスカヤ寮の各ブロックの構成員は、例えば、「日本人、韓国人、中国人」「ドイツ人、スイス人」といった具合に、「地域ごと」に固まる傾向にある。文化間摩擦をなるべく避けようという寮関係者の配慮によるものかもしれない。

しかし、私のブロックは少し例外的であった。9月の間にいたメンバーの国籍は、日本、アフガニスタン、ドイツ、フランス、ベルギー、スイスであり、西欧の人間が多いといえど、少し変則的である。少しネタ晴らしをすると、特に、後三者のフランス文化圏の連中とアフガン人とによって、私は最初の1ヶ月はかなり苦しめられる。後の投稿に乞うご期待である。

そして、特筆すべきは家賃である。月にわずか4890ルーブルである。ウクライナ危機を発端とした欧米諸国による経済制裁と、ロシア経済がその輸出に頼るところの原油の価格の暴落とによって、今年通貨ルーブルは、ロシア人にとっては不運にも、留学生にとっては幸運にも、大暴落した。そのため、一月分の家賃は、なんと1万円を切るのである。しかも水道代、光熱費はかからない。

ロシアの部屋探しサイトを見る限り、サンクトペテルブルグ市内でトイレ、シャワー、コンロ付きのワンルームを借りると、月に20000~30000ルーブルはかかるだろう。それを考えると、いかにこの家賃が破格か分かる。因みに、アパートに住まうロシア人学生は、2、3人で一緒に生活しているのが大多数である。ロシア人はまだまだ貧しいと言わざるを得ない。

 

駄々をこねてはいけない。ここはロシアだ。

ここからはお食事中の方にはお読みになることをおススメできない内容となっている。予め注意喚起しておく。

私の住むブロックについて話題を戻すと、もう一つ気になるのが、トイレなどがきれいかどうかということだろう。私は、留学前からロシアの便所は汚いと散々聞いていた。加えて、以前中央アジアを旅行していたときも、「こ、これは・・・トイレ?穴?紙は?丸見え?料金とるの?」と、トイレ最先進国の日本に育った人間にとって想像を絶するレベルの糞所と対峙してきた経験がある。そうしたこともあって、きっと寮のトイレもやばいのだろうと覚悟していた。

しかし、良い意味で予想外だった。トイレは汚くなかった。便座もちゃんとあった。もちろん紙は流せないから便器の横のゴミ箱に紙は捨てないといけないのだけれど。便座の有無は、旧ソ連諸国の厩所の質を判断する上で非常に重要なクライテリアとなる。覚えておいて損はない。

シャワーもまともだった。お湯もちゃんと出る。温度調節は極めて難しいが、そんなことで駄々をこねてはいけない。ここはロシアだ。寛容の精神をもたねば、メンタルが崩壊する。天井にはカビがびっしり生えていた。まるでコケである。しかし、そんなことでいちいち文句を言ってはならない。こんなもの、ゴム手袋をはめて、中性洗剤に浸したほうきで思いきりゴシゴシすれば1時間できれいになる。

キルギスで遭遇した伝説のトイレ

 

おまけ

字数を少し余してしまった。そこで、サンクトペテルブルク国立大学付属のロシア語学院に用事があって留学一週目に立ち寄ったとき、面白い張り紙を発見したので、それを紹介しようと思う。これは、各種ロシア語の受験料についての張り紙である。とりわけ4番が興味深い。

  1. 外国人と、ウクライナのドネツク州、ルガンスク州において居住登録された無国籍者につきましては、住民登録と一時滞在許可を得るための総合試験(の受験料)は、2800ルーブルです。

この試験が存在するということは、東部ウクライナからロシアに人口が確実に流出していることを示している。一方で、私はロシア最有力のSNSである「フ・カンタークチェ(ВКОНТАКТЕ)」でドネツク在住の女性と知り合ったが、彼女は、「現在でも銃撃戦は散発的に行われているが、自分はこの町が好きなので、残り続ける」と言っていた。そんな彼女は今も現地の大学に通っている。彼女のような何の罪もなき人々が、国際関係の渦中に呑まれてゆくのを身近に知り、ただただ無力感を抱いていた。

 

(文・写真:李優大)

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