2度の脳振とうにもめげず、徹底した体づくりで自身を追い込み成長してきたラグビー部の國枝健(文・3年)。2年生になり、心待ちにしていた対外試合への復帰に対する期待も高まっていた。だが──。後編では、そんな國枝が直面した第二の壁とその後に迫る。
(取材・川北祐梨子)
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第二の壁:新型コロナ
駒場のラグビー場から、駒場キャンパスから、東京の街中から、人が消えた。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、部活動の練習を含む対面での課外活動が全面的に停止したのだ。
試合出場に向けて期待を膨らませ、体のコンディションも良好で、気持ち良くラグビーができていた中での活動停止。「ショックでした」。キャンパスもジムも閉鎖され、トレーニングは自宅でできるものに限られた。國枝も1人でトレーニングに励んだが、徐々に精神的に追い詰められていった。「このまま永遠に練習が再開できないとしたら、何のためにトレーニングをしているんだろう」。そう思う日もあった。
だが、ここまで続けてきたラグビーを、ここで投げ出すわけにはいかない。部の先輩たちが企画したオンラインでの合同トレーニングやレクリエーションに参加し、なんとかモチベーションを保って踏ん張った。
再始動
7月末から段階的に、待ちに待った対面でのラグビー部の活動が再開された。
この年、ラグビー部は転機を迎えていた。大西一平コーチの就任である。「ラグビーは精神力のスポーツ」と日頃から口にする大西。かつては大学ラグビーの強豪、明治大学でキャプテンを務め、神戸製鋼でもチームの中心選手として日本選手権7連覇の立役者となった名ラガーマンだ。最先端の戦術や指導法を心得て、東大ラグビー部にやってきた。
大西の指導を受け「自分のメンタリティーの弱さに気付かされた」と國枝。「疲れてくると力が抜けたり、試合展開が不利になると、どうせ劣勢だからと思いつつ密集(ボールの争奪)に行ったり。ネガティブになると、自然とプレーに表れてくるものだと気付かされました。絶対相手に負けない、1秒でも長く立っているという気持ちを持つことで、一回一回のコンタクトプレーが変わってきます」
11月の対抗戦シーズン。ラグビー部の1軍に当たる「Aチーム」は毎週のように試合に出場しており、國枝らが所属するBチームは紅白戦を行っていた。國枝は脳振とうからの復帰以来、対外試合への出場はないが、自分の成長に手応えを感じていた。「自分のキックの安定感と攻撃時に前に出る力(スピードとパワー)には、ある程度自信を持てていて、試合に出られるチャンスも来るのではないかと思っていました」。
だが、大西から「おまえのプレーは良いが、このチームの中で一番自分が強い、自分がこのチームを引っ張っていくんだという気持ちを見せていかないと、まだ厳しいよなぁ」と喝を食らわせられた。「もっともっと自分がボールを持ってキャリー(前進)するという気持ちを前面に出していこう」。國枝の目は、さらなる高みを見据えていた。
栄光への階段
12月。部内で「準公式戦」と位置付けられる試合が目前に迫るある日のこと。「國枝健」。グラウンドで部員全員が見守る中、名前が呼ばれた。練習でのプレー内容が評価され、國枝のAチームへの昇格が認められたのだ。
試合前日には、キャプテン藤井雄介(工・4年、当時)から國枝に、緑と黒のしま模様のジャージが手渡された。通称「スイカジャージ」、Aチームのみが着ることを許される努力の勲章だ。ラグビー未経験者として入部した部員にとって、2年生でのAチーム入りは至難の業。「めちゃくちゃうれしかった」と、このときの喜びを振り返った。
そして12月12日、舎人公園陸上競技場。國枝は、フルバックとして対一橋大学戦に送り出されていた。フルバックは、元ラグビー日本代表として有名な五郎丸歩も務めたポジションで、チームの守備の最後のとりでに当たる。加えて、前月に敗北したばかりのライバル校・一橋大学に対し、チームは「雪辱を果たす」と闘志を燃やしている。いきなりプレッシャーのかかる起用だ。「とにかく自分の持ち味を出すために、積極的にボールを持ってアタックしよう」。憧れのスイカジャージを身にまとい、1年4カ月ぶりに、國枝が対外試合のフィールドに立った。
この日、一橋大学に対しては2試合が行われ、國枝は両試合に出場した。
1試合目、國枝はタッチライン間際でパスを受けると、相手選手のタックルをかわして抜け出した。そのままインゴールエリア(ボールを置くとトライになるエリア)に倒れ込み、トライ成功。復帰戦で上々の滑り出しだ。2試合目でも國枝の活躍は止まらない。守備の外を抜くラン(走り)を連発し、得点のチャンスを引き寄せる。
開始28分、後輩の前川絋佑(文I・1年、当時)がトライを決めると、國枝にとって、今試合最大の山場がやってきた。「今日のキックはおまえだ」。試合前に、先輩からコンバージョンキック(トライの後に得られるゴールキック)を任されていた。フィールドに立つ15人の中で、キックを任されるのはただ一人。「キックを蹴るときは、観客も含め、フィールドが静寂に包まれます。自分一人のフィールドに感じるんです」。ボールの前に立つ。2歩下がり、1歩左に進み、ポールとポールの間を見据えて、ボールを見つめ、蹴りだした。ボールはぐんぐん伸び、きれいな放物線を描いていった。キック成功。味方から大きな歓声が上がった。
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二度の試練を乗り越え、快進撃を重ねる國枝。まるで漫画のヒーローのような逆転劇を語ってくれた。次は何を目指すのだろうか? ——「チーム一丸となって、秋の対抗戦の入替戦出場に向かって全力で努力していきたい」。ラグビー部の2002年以来の悲願を語ってくれた。今年の秋は、ラグビー部の活躍から目が離せそうにない。
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【記事修正】2021年9月6日午前1時2分 「後輩の前川絋佑(文I・2年、当時)」を「後輩の前川絋佑(文I・1年、当時)」に修正しました。