民主化が進み、「最後のフロンティア」として世界の注目を集めるミャンマー。軍事政権による支配が終わり、平和と発展が訪れているように見えるミャンマーだが、民族の対立など解決すべき課題も多い。
ミャンマーが抱える問題の一つに、イスラム系のロヒンギャ民族の問題がある。国連が「世界で最も迫害されている人々の一つ」と呼ぶこのロヒンギャとはどのような人々で、何が問題となっているのだろうか。 東大法学部を出て、現在、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチの日本代表として働く、土井香苗さんに話を聞いた。
ロヒンギャはなぜ注目されているのか
―須田英太郎(記者 以下、須田) 今日は世界の人権侵害を監視する国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチの日本代表を務める土井香苗さん(法学部卒)にお話を聞きにきました。東南アジアで行われている人権侵害について、ロヒンギャという民族がにわかに注目されるようになりましたね。 ―土井香苗さん(以下、土井) そうですね。ロヒンギャはミャンマーとバングラデシュに多く居住している少数民族で、ミャンマー国内で、組織的な暴力を振るわれたり、居住や結婚の自由を奪われていたりと、深刻な人権侵害の被害にあっています。 ミャンマーからタイやマレーシア、インドネシアに向けて、船で避難したロヒンギャの人たちが、入国を認められずにアンダマン海域やマラッカ海峡を漂流するという事態も起きています。 ―須田 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、タイやマレーシア、インドネシアなどの政府がロヒンギャ難民をのせた船を海に押し返すことを批判していますね。 ―土井 ええ。先日(2015年5月10日)、2,000人を超えるロヒンギャの人々やバングラデシュからの移民が、何週間も海上を漂流したすえ、マレーシアのランカウェイ島とインドネシアのアチェ州に上陸しました。乗船者は口々に、何日も食事をしておらず、船は窮屈で不衛生なため、健康を損ねて苦しんでいると訴えたそうです。 このような人々は流れ着いた先で支援を得るどころか、しばしば、海軍や警察の取り締まりの対象となって、沿岸からの退去を命令されてしまいます。 ―須田 ひどいですね。 ―土井 さらには、これらの人々の密入国を助ける密行業者が、彼らをタイの森林地帯の収容所に押し込んで、6-7万バーツ(約20万円)程度の高額な身代金を払える人のみ解放するというような事件も起きています。 周辺国の政府は、ボートで避難する人々を海に押し返すのではなく、協力して人命救助に取り組むべきです。
現地の状況
―土井 須田くんは、ミャンマーでロヒンギャが迫害されている地域に実際に言っていたんですよね。 ―須田 はい。 もう2年半も前ですが、2012年の冬にミャンマー西部のシットウェという街に3週間程度いました。 当時は数カ月前に仏教徒系の住民とロヒンギャとが大規模な衝突を起こした直後だったので、いたるところに警察官がいて、街はものものしい雰囲気でした。 その衝突までは、イスラム系のロヒンギャも仏教徒のその他の住人も同じ街で暮らしていたそうですが、2012年6月の衝突以降、ロヒンギャは町中の一区画か、郊外の避難民キャンプにしか住めないようになっていました。
広大な穀倉地帯にひろがる避難民キャンプ(以下、撮影:須田)
街にはいたるところに壊されたばかりのモスク(イスラム礼拝堂)があって、黄金色に輝き多くの人が集まる仏教のパゴダ(仏塔)ととても対照的でした。
―土井 ロヒンギャの人々の生活状況はどうだったのですか? ―須田 僕はシットウェの近郊しか行っていないので、田舎のほうがどうなっているのかは分かりませんが、ロヒンギャの人たちは避難民キャンプなど、限られたエリアに閉じ込められて、街に仕事や買い物に出たりできない状態でした。
避難民キャンプに暮らす人々
広大な穀倉地帯に、避難民キャンプが点在していて、数万人がそこで生活していました。僕が行ったのは11月から12月でしたが、そのときには国連などの国際的な支援が入っていて、食料や医薬品、テントなどが供給されていました。
WFPの支援物資を運ぶ人々。From the People of Japanと書いてある
―土井 国際支援は入っていたんですね。 ―須田 はい。英語の話せるロヒンギャの人々に簡単なインタビューをしたところ、医療従事者が少なく病気が治療できないこと、仕事がなく支援に頼らざる負えないこと、学校や教員が不足していることなどが、当時は問題となっていました。
ロヒンギャ問題に対して日本がすべきこと
―土井 そうなんですね。須田くんとしては、ロヒンギャの問題がいつまでも解決しない理由はなんだと思っているの? ―須田 ミャンマー人の友人に話を聞くと、「ロヒンギャが置かれている状況は悲惨で、彼らを人道的に救ってあげなくてはならない」と言う人もいますが、そんな人達も含めて、ほとんどの人が「でもロヒンギャはミャンマー人ではない」と答えます。 「ミャンマーは多民族の国で、いろんな民族がミャンマー人として共存しているけど、ロヒンギャはミャンマー人ではないから彼らに国籍を与えるのは反対だ」ということを、よく言われるんです。 ロヒンギャの迫害の背景にあるのは、「ミャンマー人とは誰か」という国民意識の問題なので、そう簡単には解決できないだろうし、国籍に関しては部外者が口を挟むのも気が引ける問題です。 ただ、ロヒンギャの現状は本当に悲惨を極めているので、彼らが安心して生活できる状況を整えるために、今後どうすべきなのか考えなくてはならないと思います。 ―土井 難しい問題ですね。こういった世界の人権問題について、もっと多くの人に知ってほしいです。 ロヒンギャの難民は日本にもいるし、ミャンマーは日本が長年ODAで多額の援助をしている国でもあります。ロヒンギャの問題は遠い海のむこうの問題ではないんです。 ―須田 このような問題を解決するためには何が必要なんでしょうか。 ―土井 まずは、世界の問題について知ることです。そうすれば私たちは自分たちの政府に、この問題を無視すべきではないと主張することができます。 日本政府は長年のODAもあり、ミャンマー政府と関係が深いです。2012年10月に行われたロヒンギャに対する暴力事件について、責任者を処罰するようミャンマー政府に求めたり、国内避難民キャンプの無期限収容政策などの差別政策を終わらせるようプレッシャーをかけたりすべきです。 さらに、日本政府はマレーシアやインドネシアなどの周辺国に、非人道的な送還政策をやめるよう主張すべきです。海上を捜索し、漂流するボートピープルを救出するために、日本政府もこれらの国と協力して欲しい。日本は高い海難救助の能力を持っていますから。 また、漂流者の受け入れを沿岸国に負担させるだけでなく、物資供給など人道的な受け入れの援助を行うほか、迫害を受けるロヒンギャ難民に、日本に再定住してもらうことも視野に入れるべきです。日本にいるロヒンギャも、難民として保護する必要があります。 ―須田 日本も他人ごとではないんですね。僕らが払っている税金が、ODAとしてミャンマーに渡っている。そんな国で何が起きているのか、これからも注視していきたいですね。 今日はありがとうございました。 ―土井 ありがとうございました。 (文責・撮影 須田英太郎) 土井香苗 @kanaedoi
国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(本部ニューヨーク、1978年設立)の日本代表。法学部を卒業後、弁護士として東京で働いたのち、ニューヨークのNYUロースクールに留学。2006年からヒューマン・ライツ・ウォッチの本部で働き、2009年に東京事務所を立ち上げる。
須田英太郎 @Btaros
東京大学大学院総合文化研究科所属。2012年の冬に2ヶ月間ミャンマーに滞在した。ロヒンギャに関するその他の記事はこちら。
「働きたい」という根源的な欲求 ミャンマー西部、ロヒンギャ避難民キャンプより | 小さな組織の未来学
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「世界で一番迫害されている」ロヒンギャ族の写真展 | 東京大学新聞オンライン