今夏ブラジルで開催されるリオデジャネイロオリンピックの正式種目のひとつに、アーチェリーがあります。アーチェリーはいたって単純なスポーツで、要は弓を引いて矢を放ち的に中(あ)てる、ただそれだけのスポーツです。同じ弓なら日本にも日本独自のアーチェリー「弓道」がありますが、こちらは照準器がなく、的に中たるか中たらないかだけを問い、儀礼的な側面も強いものです。それに対して日本語で「洋弓」とも呼ばれるアーチェリーは、照準器(サイトと呼ぶ)で狙いをつけ、的には0点から10点までの点数があり、どんな射ち方をしようが的の中心に近いところを射抜き高得点をとった者が勝ち。純粋なスポーツと言えます。20kgにも及ぶ力のかかる弓を引きこなす体力、何十メートルも先の的の中心に向けて真っ直ぐに矢を射ち出すための正確な技術はもちろん、プレッシャーのかかる場面で矢を外さないメンタルや集中力が鍵を握ります。その競技スタイルの独特さゆえに、アーチェリーは「スタティック(静的)スポーツの王様」と形容されます。
日本人初のメダルは1976年モントリオールオリンピックでの道永宏選手の男子個人総合銀メダル。そしてそれに続いて1984年のロサンゼルスオリンピックでは当時21歳だった山本博選手が男子個人総合銅メダルを獲得しました。山本選手はその20年後、2004年のアテネオリンピックで41歳にして男子個人総合銀メダルを獲得し、「中年の星」として一躍有名になり、日本におけるアーチェリーの認知度を大きく高めました。ちなみに山本選手は54歳の現在でも多くの日本記録を保持しながら現役で活躍中であり、2020年の東京オリンピックでの金メダル獲得を目指しています。私事ながら筆者も山本選手と同じ大会に出場したことがあるのですが、若手の有力選手が多くいる中で山本選手が優勝という結果でした。
また、記憶に新しいのは2012年ロンドンオリンピックでの男女ダブルでのメダル獲得です。古川高晴選手が男子個人総合で銀メダル、早川漣・蟹江美貴・川中香緒里の3選手が女子団体で銅メダルを獲得し、再びアーチェリーに注目が集まりました。このようなオリンピックでの日本人選手の活躍ぶりから、老若男女が平等に活躍できるというアーチェリーの特徴がうかがえます。
アーチェリーの競技形態には、一般的にイメージされる屋外の平地で行われるターゲットアーチェリー、自然の地形を活かした野山のコースで行われるフィールドアーチェリー、冬期に体育館で行われるインドアアーチェリーの3つを代表として様々なものがありますが、オリンピックはターゲットアーチェリーで行われます。ターゲットアーチェリーの中にも様々な試合形式がありますが、現在はオリンピックラウンドと呼ばれる方式を採用しています。これは70メートルの距離で戦われ、個人戦では一対一、団体戦では3人チーム対3人チームで、セット制で対戦し勝ち抜いてゆくトーナメント方式です。これは以前の方式よりも試合時間を短縮し、勝負性をわかりやすくすることで観客に「観せる」ことを意識して近年導入されたもので、テレビ越しの映像でもこの競技の魅力や迫力、ダイナミズム、選手の緊張感が伝わりやすいように工夫されています。オリンピック中継で観戦する際にはカメラワークも見どころのひとつと言えるかもしれません。
さて、今夏のリオデジャネイロオリンピックでは、日本からは4選手の出場が決定しています。男子では前回大会で銀メダルを獲得した古川高晴選手が男子個人総合に、女子では前回大会女子団体銅メダリストの川中香緒里選手、2008年北京オリンピック以来2度目の出場となる林勇気選手、そしてオリンピック初出場の永峰沙織選手が、それぞれが女子個人総合と女子団体に出場します。前回から引き続き出場する2選手はもちろんですが、北京オリンピック以降不調や怪我に悩まされ一時は引退を考えながらも、昨年コペンハーゲンで開かれたワールドカップで活躍し、苦節の末2度目の五輪への切符を手にしたベテランの林選手、そして昨年の代表選考会を勝ち抜き、昨年ワールドカップでも活躍したチーム最年少23歳の永峰選手も、その活躍を見守ってゆきたいところです。
海外では、世界最強のアーチェリー強豪国である韓国の選手陣はやはり優勝候補として目が離せません。男子のキム・ウージン、ク・ボンチャン、リ・スンギョンや女子のキ・ボベ、チョイ・ミスンなど世界最高峰のトップ選手が集います。他国の男子では、アメリカを代表するスター選手ブレイディ・エリソンや、弱冠18歳でトップ選手の一人に数えられるブラジルのマルクス・ダルメイダ、アテネ・北京・ロンドンの全てで金か銀のメダルを持つイタリアのマルコ・ガリアッツォ、エキセントリックな射法で知られるウクライナのビクター・ルーバン、今年の上海でのワールドカップで個人優勝を果たしたオランダのジェフ・ファン=デン=ベルクなどが、女子ではインドのトップ選手デーピカ・クマリや、近年世界ランクを大きく上げているジョージア(グルジア)のクリスティーヌ・エセブワ、ワールドカップで多くの優勝経験をもつロシアのクセニア・ペローヴァやメキシコのアイーダ・ロマンなどが注目の選手と言えるでしょう。
多くの観衆が見守る中、ひとり集中力を高め、改心の一射を放ち、的の中心に矢を中てる。観客にも伝わるその緊張感と感動は、他のスポーツでは味わえない独特のものです。今夏、テレビ中継で是非アーチェリーをご覧になってみてはいかがでしょうか。
東京大学運動会洋弓部
木下仁志(農学部3年)
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2016年8月10日 23:00 【記事修正】 「日本人初のメダルは1984年ロサンゼルスオリンピックでの、当時21歳だった山本博選手の男子個人総合銅メダル」とありましたが、誤りでした。「日本人初のメダルは1976年モントリオールオリンピックでの道永宏選手の男子個人総合銀メダル。そしてそれに続いて1984年のロサンゼルスオリンピックでは当時21歳だった山本博選手が男子個人総合銅メダルを獲得しました」と訂正します。
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