PROFESSOR

2019年4月2日

退職教員インタビュー③ 高木利久教授 使命感で進めてきた生物学のデータベース化

 毎年恒例の退職教員インタビュー企画。今年度末で退職する教員たちの目に、今の東大はどのように映っているのだろうか。4人の退職教員に、自身の研究内容を振り返ってもらった他、東大生への最後のメッセージを語ってもらった。

 

 3人目は、長年バイオインフォマティクスに携わり、理学部生物情報科学科の立ち上げにも関わった高木利久教授。研究での苦労や昨今の研究環境に対して思うところを聞いた。

 

(取材・武沙佑美)

 

遺伝子をコンピューター解析

 

──最大の研究成果は

 当初は実験で得られるゲノムのデータを整理しコンピューターで解析するバイオインフォマティクスの研究をしました。

 

 生物学の分野では年間100万件近く論文が発表されます。そこで私は論文に書かれた膨大な知識をデータベース化する手法の研究を行うことにしました。これにより実験データと整理された知識を、より効率的に研究を進めることができるようになります。

 

 ただ、正直なところ思うように研究時間が取れず、心残りも大きいですね。

 

──なぜそう感じますか

 工学部計数工学科出身でアルゴリズムやソフトウェアの研究をしたかったんです。しかしゲノム解析に国を挙げて取り組む必要性が高まった30年ほど前、人手不足だった情報系の担当としてゲノム情報解析やデータベースのプロジェクトを任されました。プロジェクトに携わるうち、この年になってしまいました。

 

──どのような苦労や挫折がありましたか

 プロジェクトの主題であったバイオインフォマティクスは生物と情報を融合した新しい分野ですが、研究方法やアプローチなど、文化や価値観は分野ごとに異なるため、それらをうまく融合させることが大変でした。生物系は私の専門外だったので、この研究に取り組むこと自体への葛藤もありましたね。

 

──活動のモチベーションは何だったのでしょうか

 大げさに言えば使命感です。バイオインフォマティクスを発展させなければ世界に後れを取ってしまうという危機感がありました。

 

 今でも国内のこの分野は人手不足ですが、人材育成をする場である大学は少子化や予算の問題で対応できていません。新分野の確立には教員や予算などの資源が必要ですが、既存の学問分野を縮小するわけにもいかず余裕がないのです。バイオ産業の規模が小さいため就職先も少なく、既存の分野へ人が流れるという悪循環があります。

 

 人手不足の解消に貢献しようと、東大では理学部生物情報科学科の立ち上げに関わりました。人材不足解消には「焼け石に水」かもしれませんが、政府や学内の関係者に必要性を説き、やっと実現できました。

 

科学技術振興機構バイオサイエンスデータベースセンターのセンター長を務めている(写真は同センターのウェブサイト

 

──日本におけるデータベースの現状をどう評価しますか

 研究を効率化し新たな知識発見につながるようなデータベース基盤の構築への道筋は見えてきたとは思います。大量の生命データの処理次第で人間への進化の痕跡や病気の原因に関する新発見もあり得るので引き続きデータベース化を進めたいです。

 

──研究者を取り巻く現状を見ていて思うことは

 今は若い人が新しいことに挑戦できない環境だと思います。研究職は期限付きで業績を上げる必要もあり、大きなプレッシャーを感じる人も多い。バイオインフォマティクスは融合分野なので成果が出るまでには長い時間がかかります。

 

 学生には、失敗も財産になるので広い視野で物事を考えるよう言っています。人生山あり谷ありです。

 

──学生に向けてメッセージをお願いします

 目の前のことに惑わされず、自分の頭で考える癖を付けてほしいです。世の中理屈通りにはいきませんし、研究の世界もある学問分野がいきなり脚光を浴びたりその逆もあったりと変化が目まぐるしい。東大生の中には進学選択の際に点数が高いとか人気の分野だからと進学先を選ぶ人もいると聞きますが、一時的な狭い価値観にとらわれず広い視野を持てばどんな分野でもやっていけると思いますよ。

高木利久(たかぎ・としひさ)教授(理学系研究科)
 76年工学部卒。工学博士。医科学研究所、大学院新領域創成科学研究科教授などを経て14年より現職。科学技術振興機構バイオサイエンスデータベースセンター長なども務める。


この記事は、2019年3月19日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナル記事を掲載しています。

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