PROFESSOR

2019年3月22日

退職教員インタビュー① 堀宗朗教授 失敗を恐れず地震シミュレーション開発に挑戦

 毎年恒例の退職教員インタビュー企画。今年度末で退職する教員たちの目に、今の東大はどのように映っているだろうか。4人の退職教員に、自身の研究内容を振り返ってもらった他、東大生への最後のメッセージを語ってもらった。

 

 初回の今回は、地震研究所で地震時の都市への被害のシミュレーションなどを行ってきた堀宗朗教授へのインタビューをお届けする。

 

(取材・上田朔)

 

堀宗朗(ほり・むねお)教授(地震研究所)
 87年カリフォルニア大学サンディエゴ校応用力学基礎工学課博士課程修了。Ph.D.(Applied Mechanics)。東北大学助教授などを経て01年より現職。

 

地震を正確にシミュレーション

 

──最大の研究成果は

 地震発生時における人々の避難行動シミュレーションなど、3つのプログラムを開発し、スーパーコンピューター「京」を用いて実行しました。中でも地震による都市の被害を計算する「統合地震シミュレーション」(図)の開発は大きな成果です。

 

 

──統合地震シミュレーションと従来の地震シミュレーションの違いとは何でしょうか

 第1に都市モデルの正確さが違います。高度成長期の最高の計算環境は現在のスマートフォン以下でした。このため、ばねに重りを串団子のようにくっつけたものを建物のモデルとすることがやっとでした。しかし計算機の進歩の結果、建物のモデルは一新しました。実際の建物の形や高さを考慮し、硬さと強さを推定したモデルを自動的に構築できるようになりました。正確なモデルを使うため、シミュレーションの信頼度が増しました。

 

 統合地震シミュレーションは、地震の波がどのように地殻を伝わり、地盤がどのように揺れ、都市がどのような被害を受け、さらに、いかにして交通・経済が復旧するかという過程を計算します。この技術にはさまざまな用途への応用の可能性があります。例えば、多様なモデルの構築技術を活用することで、建設産業で調査・設計・施工などの過程を統一的に処理することが研究されています。

 

──研究成果はどのようにして次の世代に継承していますか

 現代の知識や技術を進化させ続けるためには、学問体系を継続的に合理化することが大切です。例えば工学の基礎の一つである力学は古い学問なので、昔はコンピューターが無かったために必要とされた知識や技術が含まれています。しかし、コンピューターがあればこのような知識と技術は合理化できます。コンピューターの使用を前提として力学の体系を再構築することで、次世代の研究者・技術者へ効率的に知識や技術を継承できると思います。

 

──学生を教育する上で重要なことは何でしょうか

 原理を教えること、と考えています。構造物の工学では、物理学や数学、さらには、そもそも設計とは何かといったことが原理となります。原理を正しく理解すれば普遍的に応用が効くことも確かです。原理以外の細かいテクニックなどは、その場その場では役に立つでしょうが、長い時間でみればさほど役に立つとは限りません。大学にいる間は、青臭いでしょうが、原理の理解に傾注することは必要かもしれません。

 

 統合地震シミュレーションは建設産業にも応用できました。また、人々の避難行動を予測するプログラムは、経済の分野で人々の「お金の流れ」の計算に応用されています。応用が広がったのは普遍的な原理を基礎に据えて研究してきたからだと思います。

 

──最近の学生を見て、思うことはありますか

 理工学系の学科に優秀な学生が集まらなくなったと感じています。医学部に、いわゆる理系の上澄みである質の高い学生が吸い取られているのかもしれません。受験生の保護者も「医学部に行け」と言うことはあっても「工学に行け」と言うことは少ないのではないでしょうか(笑)。

 

──学生に向けてメッセージをお願いします

 チャレンジ精神を持ってほしいですね。私にとって、優秀な研究者と肩を並べて新たな知を生み出すということ自体大きなチャレンジです。日本のトップ大学とされる東大で教員になることも相当勇気が要ることです。

 

 今まで数多くの失敗をしました。信じられない数の失敗です。しかし、統合地震シミュレーションは失敗を恐れなかった結果と思っています。現代の科学技術も先人たちのチャレンジ精神の産物なのです。


この記事は、2019年3月19日号に掲載された記事の転載です。本紙には、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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