キャンパスライフ

2025年2月19日

常識を塗り替えてきた建築に触れて 連載#11【てるよしかねこのリアルタイム留学記】

 

 留学に行きたいと思いつつ、不安を抱いている人は多いだろう。そんなあなたにおすすめなのが、この企画「てるよしかねこのリアルタイム留学記」だ。2024年の秋から英国に1年間、現在進行形で留学をしている金子照由さん(24年3月東大工学部卒業)が、リアルな留学事情をお届けする。リアルタイムで留学に行っていることを生かし、本編とは別に読者から質問に答えるコーナーも設けた。過去の留学を振り返るのではない、フレッシュな記事をお楽しみいただきたい。(寄稿=金子照由、編集=安部道裕、写真は全て金子さん提供)

 

【前回の記事はこちら】

お気に入りのバーでロンドンっ子気分に 連載#10【てるよしかねこのリアルタイム留学記】

 

【連載第1回の記事はこちら】

 

 日本の友人と電話をしていると、多くの大学がすでに春休みに入っているとのこと。しかし、イギリスの大学院の修士課程は通常1年間で、他の国の半分しか期間がないため休暇は限られている。12月のクリスマス休暇と4月のイースター休暇のみで、しかもその間に小論文や設計課題などが課されるのが一般的だ。それでも、限られた時間の中で建築を見に行くことは、何よりの息抜きになる。

 

 今回はロンドンの建築を三つ紹介する。単に良かった建築というより「常識を塗り替え、新たな可能性を示してきた建築」を取り扱う。

 

常識を塗り替えてきた建築に触れて

 

 一つ目はロンドン自然史博物館だ。19世紀末に開館したロンドン自然史博物館は、恐竜の化石や植物から鉱物まで、生命科学・地球科学に関するあらゆる収蔵品が展示されている施設だ。展示物に限らず建物も迫力あるもので、メインエントランスの空間は石造の壁と鉄骨梁による大スパンの構造になっている。その壮大な空間には、まるで宙に浮いているかのようにシロナガスクジラの骨格標本が展示されている。

 

 この博物館の革新的な点は「見せ方」にある。それまでの博物館建築は、単なる展示のための箱であることが多かったが、この建物は展示空間そのものが「自然の歴史」を象徴するデザインとなっている。例えば、柱には生物を模した装飾が施され、壁面には化石のレリーフが刻まれている。訪れる人が無意識のうちに、建築そのものからも学びが得られる仕掛けになっているのだ。このように、建築と展示が一体化した設計は、当時としては画期的な試みだったのではないだろうか。

 

自然史博物館のエントランス。大迫力のシロナガスクジラの骨格標本は、夜になるとライトアップされる
自然史博物館のエントランス。大迫力のシロナガスクジラの骨格標本は、夜になるとライトアップされる

 

 二つ目はブルータリズム建築の傑作の一つとされるアレクサンドラ・ロード・エステートだ。ブルータリズム建築とは1950年代に流行した建築様式。コンクリートの打ちっ放しで仕上げるなど、素材をそのまま使った作品が多い。

 

 アレクサンドラ・ロード・エステートも例外ではなく、荒々しさ、無骨さが感じられる。真っ直ぐと伸びる歩行空間と、階段状に配置された住戸が特徴的な集合住宅だ。階段状に配置したおかげで、全ての住戸には十分な採光が確保され、同時に各住戸の前には必ず庭や花壇のスペースが設けられている。この庭のスペースは住人によって自由に使われるのだが、住人の好みの植栽がさまざまに施されることで、特有のランドスケープを形成している。

 

 この植栽空間が、歩行空間と住戸の間に「公」とも「私」とも言えない中間的な領域を生み出している点は興味深い。というのも、従来の集合住宅は、建物と公共空間を明確に分けた設計になりがちだった。しかし、このエステートでは緑地と住戸を交互に配置することで、歩行空間と住戸を滑らかにつないでいる。都市と住宅が一体化したような環境を作り出したのだ。私ならどのような植栽を植えるだろう、とつい想像してしまうような素敵な空間だった。

 

直線状の歩行空間と階段状の住戸が織りなす場は、過去に体験したことのない都市空間だった

 

 最後に、少しニッチな建築として紹介したいのが、2012年に開催されたロンドン五輪の記念モニュメントとして建設されたアルセロール・ミッタル・オービットだ。世界的な構造家セシル・バルモンドによる設計で、鉄骨のトラス構造がまるで生き物のようにエレベーターや階段コアに巻き付いているのが特徴だ。その姿を目にした時は「構造と形態の自由度はここまで追求できるのか」と感動した。

 

 頂上の展望台へはエレベーターか階段で登るのだが、展望台から地上へ降りる手段として、巨大な螺旋状の滑り台も設置されている。滑り降りるには狭いチューブ状のスライダーに入る必要があり、閉所恐怖症や高所恐怖症の人には過酷な体験かもしれない。

 

トラス構造に組まれた赤い鉄骨が、蛇のように絡み合って複雑な形状をつくっている
トラス構造に組まれた赤い鉄骨が、蛇のように絡み合って複雑な形状をつくっている

 

 これまで紹介してきた建築はいずれも、建築の常識を塗り替え、新たな可能性を示してきた挑戦的な作品だった。こうした建築に触れるたびに、建築家を志す者として「未来の建築のあり方を模索し続けなければならない」と強く感じる。次はどんな建築を見に行こうか、明日までの課題が手につかないまま、建築作品集に手を伸ばした。

 

質問コーナー

 

 ここからは読者から寄せられた質問に答えるコーナーになります。今回はお休みです。

 

 

 質問募集のフォームはこちらから。

 質問だけでなく、ご意見・ご感想も募っております。たくさんのご質問・ご感想をお待ちしております。

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit
koushi-thumb-300xauto-242

   
           
                             
TOPに戻る