信念や理論にとらわれない 難しいからこそやりがい
民主化支援や開発援助のあるべき姿は何か? 理想の金融規制とは? そもそも、援助や規制は何を重視して決められるべきなのだろう? 経済的合理性、人道的配慮、制度設計の工夫……。でも、もしかすると「理想」以外も大事なのかもしれない。
国際政治経済学を研究している吉本郁講師(東大大学院総合文化研究科)の主要な研究テーマは、国際制度と国内政治との関わり合いだ。吉本講師によれば、ルールや制度は実際には政治的に決まっているという。
一例として銀行の貸し出しに関する統一的な国際ルールを挙げよう。これは過剰な貸出を防ぎ、国際金融を安定させることが目的だとされる。しかし、実際には金融市場で日本が欧米を圧倒しているという当時の国家間の状況が反映され、欧米有利の内容になったという見方もある。他にも貸出の制限により、銀行に対して投資や証券など業務分野の多角化を促したいという各国当局や業界の思惑もあった。
研究の醍醐味(だいごみ)は信念や既存の理論にとらわれていると見えない矛盾や「不思議さ」を現実の事象の中に見つけることだという。しかし、「不思議さ」の発見は難しい。そのため「アンテナを広く張る」ことを意識し、専門分野の学術論文だけでなく、ニュースなど時事的要素も広くインプット。古典や小説などの文学も、普段は見逃しがちな現実の中の違和感を表現し、言語化しているため、研究のヒントになるという。
専門変えた経験、指導に生かしたい
吉本講師は大学院進学時に専門を変えた経験を持つ。
前期教養課程在籍時は、大学入学とイラク戦争が重なったこともあり国際政治に関心を持っていたが、文学や思想、哲学にも関心があり、興味のある学問分野は一つに定まっていなかった。語学学習にも力を入れ、初修外国語のフランス語のほか古典ギリシャ語や古典ラテン語なども履修。古典語を共に履修した多様で知的好奇心旺盛な学生との交流の中で大学院進学への思いが芽生えたと語る。
3年次からは「思想、社会学や国際関係論など多方面から国際政治にアプローチできる」と考え、教養学部教養学科総合社会科学分科に進学。しかし、学際的な環境だからこそ、一つのディシプリンを究めることの大事さも実感した。中東問題への規範的な関心から専門を国際法に定め、卒業論文はイスラエル占領地におけるパレスチナ人の人権をテーマに。しかし論文の執筆や同時期に受けた国際制度論の授業を通して、「現に存在している法規範は何か」を見極める法学よりも「法がどう生まれ、守られたり守られなかったりするのか」を問う政治学的な研究の方が興味に合うと感じ、専門を国際政治に変えた。専門の変更という経験を生かし「教員として学生一人一人に親身にアドバイスをしていきたい」と語る。
駒場からアメリカへ
博士課程在籍時には、慣れ親しんだ駒場を離れ、国際関係論の本場・米国のオハイオ州立大学に留学。師事したい教員が多くいたことに加え、東大と同じく大学院生同士が緊張感を持ちつつ互いを尊重している点にもひかれた。一方、違いもあった。答えをすぐに求めてしまう東大の学生と比較すると、答えに至るまでのプロセスを丁寧に掘り下げていたという。奨学金や研究費も、高等教育に投資をする価値観が浸透している米国の方が獲得しやすかった。
多様性について考える機会も多かった。米国には留学生や移民、難民など多様な生い立ちの人が集まる。「みんなが当たり前に享受している権利が差別により侵される」と、一人一人が差別を「自分ごと」と捉え、解決を目指していた。「ポリコレ」といった言葉で腫れ物に触るように扱い、マイノリティーに関する議論自体を遠ざけるのではなく、「それぞれどんな悩みや困難にぶつかるか、耳を傾けていく」姿勢が強かったという。
優秀で意欲的だからこそ興味本位の学部選びを
2020年には専任講師として駒場に戻ってきた。政治学は他の学問分野との関わりが強い。さまざまな専門を持つ研究者が集まる駒場は社会学や経営学、経済学の多様な視点を学べる環境だ。学外から始まった交流もあり、自然科学系の研究者らとの共同で、戦争発生の間隔にどのような法則が当てはまり、そこにどのような理論的背景があり得るかを考える研究にも参加している。
授業を受け持つ中では学生の変化を感じている。大学での勉強以外のことを充実させて授業は単位が取れればよしとする学生が減り、サークルなども頑張りつつ、授業も真剣に受けてできる限り吸収しようとする学生や答えまでの過程に目が向く学生が多くなったと話す。
意欲的で優秀な学生が多いからこそ、進学選択では「将来のキャリアとともに、自分の内在的な興味も重視してほしい」という。後期課程の2年間は卒業論文やゼミで自分が選んだ学問に濃密に触れる。そこで自分の知的関心が深まるように時間を過ごすことで、進みたいキャリアについてもよりよく考えられるのではないかと感じるからだ。
大学教員にとって学生は「子供」ではない。共に研究について考える潜在的な仲間でもある。学部探しの際には、気になった授業の教員やTA(ティーチング・アシスタント)に、より詳しくその学問について質問してみるのもよいかもしれないと話す。「具体的な研究内容も含めて話を聞いてみると喜ぶ研究者は多いと思いますよ」(取材・新内智之)