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2021年8月8日

海外へ行くなら学生の今しかない! マリアンヌ・シモン=及川准教授インタビュー

 海外に目を向けると多くの興味深い世界が広がっている。日本にいるだけでは満たせないほどの好奇心をもって世界へ羽ばたいていく学生は多い。しかし、言語の壁などさまざまな問題で諦めてしまう学生も多くいる。そんな学生に向けて、フランスの大学から来日し、日本文学や日仏両国の文字を使って描かれるアートなどを研究対象にするマリアンヌ・シモン=及川准教授(東大大学院人文社会系研究科)からメッセージをもらった。(取材・黒田光太郎)

 

 

何気なく入った日本語の授業がとても印象深かったです

 

──日本に来た経緯をお聞かせください

 

 元々私はパリ第7大学(当時)および高等師範学校(主に研究者・教職者を養成する学校)に通っていました。フランスでは学位を授与するのは大学のみで、高等師範学校は学位を与えるのではなく、少数の学生が質の高い学問を学びます。そこでは当初英文学とフランス文学を学んでいました。さらにもう一つの言語を学ぶ必要があり、イタリア語を学ぼうと思っていたのですが、面白くなく、その他の言語を探している時にたまたま日本語の授業を見掛け、何気なく入ったのがきっかけです。そこでは北欧の国の外交官の奥さんが日本語を教えていました。雨が降る様子にはいろいろな言葉、例えば「しとしと」や「ザーザー」があるというようなことを知りました。フランス語には「強く降る」とか「優しく降る」という表現はあるものの、擬態語などはあまりありません。とても印象深かったです。

 

 さらに別の先生の授業で日本文化について発表する機会があり、浮世絵について調べました。フランスの本に掲載されていた鈴木春信や葛飾北斎などの浮世絵を見て、技法も素晴らしく美しいと感じ、本物を直接見たいと思いました。

 

 そうして学んだ日本語が面白く、その後大学で本格的に日本語を学び始めました。その後しばらくは英国のロンドンのキングス・カレッジにTA(ティーチング・アシスタント)として行ったのですが、その最中に高等師範学校と東大との間に交換留学の協定が結ばれ、日本に行けると先生から教わり、好奇心に誘われて、日本に行くことにしました。

 

研究対象の一つである浮世絵

 

──フランスから日本に来た際に違いなどは感じましたか 

 

 フランス人は自分の気持ちなど、全てのことを言葉にし、それに対し他の人が反論などをします。一方、日本では言葉より態度を重視します。つまり、日本では空気を読めなくてはならない。日本とフランスでは、言葉の扱い方が違います。ちなみに、私の授業でも学生には言葉で表現するように指導します。発表者に対して他の学生が質問したりして、ディベートを行うようにしています。学生の多くは、最初は何を聞いて良いか分からない様子ですが、次第に慣れてきて、いずれはフランス語を使って質問するようになります。

 

──大きく異なるフランス語と日本語ですが、翻訳に影響はあるのでしょうか

 

 川端康成の作品を初めて読んだ時、フランス語に翻訳されたものを読みましたが、よく理解できませんでした。というのも、フランス語では主語がないと意味が通じませんが、川端の作品には主語のない文章が少なくありません。そのため、意味が分からなかったのです。日本語をフランス語に翻訳するのは特に難しいです。日本語の曖昧さを保つのが難しいと思います。その後、日本人の友達に、川端の作品の日本語はそんなに難しくないと言われ、日本語で読んでみると、そういうことだったのか、
と理解できました。

 

──フランスと日本の教育に違いはありますか

 

 フランスの大学に入学するための唯一の条件はバカロレアを取得することですが、これは高校を卒業した人の90%近くが合格できます。最近では大学の入学希望者が増え、選抜がある場合もあるようですが、基本的には希望した大学にほとんどの人が行けるようになっています。この辺りが、ほぼ全ての大学で各大学による入学選抜がある日本と大きく異なるところだと思います。

 

 また、日本の大学では入学すれば基本的に卒業することができますが、フランスでは誰でも入ることができる代わりに、ちゃんと勉強しないと進級ができません。入学者の50%しか2年生に進学できない、ということもあります。日本と比べ圧倒的に退学するか落第させられる人が多いです。学生が入学する時には、その厳しさを分かっていないことがありますが、入ってから厳しさを知ります。

 

「読む」というより「見る」文学作品について研究しています

 

文字で書かれた「金のなる木」の掛け軸

 

──現在どのようなことを研究していますか

 

 今研究しているのは、特定の作家についてではなく、テキストとイメージの関係です。特に、文字絵や視覚詩と呼ばれる、絵として書かれている文字について研究していて、「読む」というより「見る」という感じですね。おすすめの詩人は藤富保男です。また、文学作品に基づいて書かれた挿絵や、美術作品について書かれた美術評論や小説、さらには文章と絵が共存する媒体などを研究しています。日本語やフランス語、あるいは両方を使った、江戸時代から現代までの文字絵や視覚詩を特に研究対象にしています。

 

──日本やフランスの文学作品の中で好きな作品はありますか

 

 いろいろな作品が好きで一つを選ぶのは難しいですが、日本文学の中では『火垂るの墓』(野坂昭如著)です。ここまで暗く、救いがないような作品は初めてでした。他の作品は何か救いどころがあると思うのですが、この作品にはありません。驚きました。

 

 フランス文学では昨年の授業の中で、カミュの『ペスト』を読みました。新型コロナウイルス感染の影響下にある現在にピッタリでした。1947年に発行されたものですが、まさにわれわれが今経験していることだ、と驚きました。

 

──海外渡航が厳しい今でもできる海外体験はありますか

 

 映画を見るのもいいのではないでしょうか。私は最近、無声映画に興味があります。無声映画なので、台詞はなく、そのため言葉の問題はなく見ることができます。1895年に映画ができ、音の付いた映画が初めて作られたのが1927年です。当時のフランスの無声映画を見ると、屋外で撮影しているシーンもあって、今ではブランドショップなどがあるパリの中心に市場があったことも分かります。市場では朝からいろいろな商品を持ってくる様子が分かり、当時の人々の生き生きとした姿を見ることができます。映画を見ることで、このようにして文化を学ぶことができると思います。ちなみに無声映画には弁士(無声映画の上映と同時にあらすじを語る人)、特に日本の弁士が付いていると最高です。日本では弁士が中心で、弁士を聞きに行く、ということもあったようです。

 

学生の間に行かないといつ行くのですか?

 

──外国語を学ぶメリットはありますか

 

 母国語以外の言語を勉強するデメリットはなく、メリットしかないです。外国語を学ぶことで、一つの言語は一つの物の見方であることを実感します。フランス語には主語、述語、目的語とありますが、日本語は主語がなくても成り立ちます。例えば、注意を向ける呼び掛けについて、フランス語は名詞を使った「attention!」、英語では動詞を使った「watch out!」、日本語では「おい!」などとなり、呼び掛けだけでも、こうした違いがあります。

 

──海外留学では言語の問題を気にする学生が多いと思いますが、どう思われますか

 

 外国語が難しいからと留学を諦めるのは良くないですね。言葉は壁ではなく道具であり、目的を果たすために使うものです。コミュニケーションでは、伝えたいことを表現することこそが重要なので、言葉だけを使うのではなく、ジェスチャーなどを使い、表現することもできます。

 

 また、言語は真面目に学ぶことですぐに上達します。例えば、私の授業にほとんどフランス語ができない3年生がいましたが、2年間ほどの勉強で、優秀な試験結果を得ました。こうした上達の早さは若い人の特権だと思います。言語はやる気次第です。いずれにしても言葉の壁で諦めるのはもったいない!

 

──海外の大学、大学院に進学する学生が留学前に勉強しておくべきことはありますか

 

 料理の勉強をしたらいいと思います(笑)。海外に行けば料理をしてくれる人はいません。新型コロナウイルス感染症の影響で、飲食店が営業していないこともあります。そうなると一人で全部やらなくてはなりません。にもかかわらず、自炊する学生が少ないと感じます。実際、フランスの学生も新型コロナウイルス感染症の影響で在宅時間が増え、運動不足や食生活の乱れなどがあるそうです。言葉の勉強もできますが、料理の基本を知っていれば、留学しても自分の体の健康を保つことができます。さらに留学先で現地の友達の家に行った時、自分の国の料理を作れば、珍しいので海外の人には喜んでもらえるのではないでしょうか。

 

 言語が一番上達するのは現地でおなかがすいたときです。コンビニもないところでは、飲食店で注文しなくてはなりません。メニューに写真などがなければ「これをお願いします」とかも無理なので、フランス語が必要になります。このときに初めて上達するのだと思います(笑)。

 

──海外留学をためらっている学生に向けて何かアドバイスをお願いします

 

 学生の間に行かないと、いつ行くのですか? 40歳になって行こうと思っても、外国語を習得するのは難しいですよね。20歳で外国語を学び始めた人と25歳で始めた人との差でさえ大きいです。日本語を学ぶ外国人も、20歳までは3回書けば漢字を覚えられますが、年齢を重ねると20回書いても覚えられなかったりします。言語を上手く使えないから恥ずかしいので海外留学をやめる、というのは間違いです。

 

マリアンヌ・シモン=及川准教授 99年パリ第7大学(当時)博士課程修了。博士(文学)。05年まで慶應義塾大学訪問講師などを務め、06年より現職。『詩とイメージ―マラルメ以降のテクストとイメージ』(水声社)、『ネイティブがよく使うフランス語会話表現ランキング』(語研)など著書多数。

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