分析化学との出会い
「サイエンスは時間が経てば発展しますが、それは必ずしも右肩上がりではなくいずれ横ばいになるんです。新しいテクノロジーができたらサイエンスは再び急速に発展し始めます」。そう話すのは、生命現象を体外から光で操作する技術やその応用について研究している佐藤守俊教授(東大大学院総合文化研究科)だ。
佐藤教授は学部生時代に、研究者である友人の父親と出会い研究者という職業の魅力を知った。その後、あらゆる物質の成分同定や定量などの手法開発・応用について研究する分野である分析化学の授業を受け、面白いと思ったと話す。「自然科学の基本は『はかる』ことですが、何をどれくらいはかれるかは技術によって決まるじゃないですか。(新たな技術を生み出す分析化学が)常にサイエンスを引っ張っていく学問だっていうのを知ったんです」
光で生命現象を操作する?
ちょうどその頃、生体内のタンパク質や細胞器官を蛍光で標識し、生体の機能や構造を可視化する技術である蛍光イメージングの発展に関わる一つの研究結果が発表された。オワンクラゲの体内に存在する緑色蛍光タンパク質(GFP)を線虫の体内で発現させ、蛍光を観察することに成功したというものだった。佐藤教授はGFPの魅力に取りつかれた。「光」「生命現象」をキーワードに何か新しいことをしたいという思いのもと、一度発現すると光り続ける特徴があるGFPにはできない、生体内の分子レベルの変化に応答して光るようなセンサーを作りたいと考え、卒業研究を行った。
佐藤教授が若手研究者の頃、再び転機が訪れる。世界ではオプトジェネティクス(光で活性化する物質に対して、光照射で活性を制御し細胞の機能を操作する技術)という新しい学問が始まっていた。2005年、緑藻が持つ、光で操作されるイオンチャネルの一種「チャネルロドプシン2」を神経細胞に導入することでその神経細胞の活動を制御できるという研究結果が発表された。これを利用してイオンチャネルの働きが関わる生命現象を操作することが可能となったが、神経細胞や心筋での現象に限られ、他の多くの反応は操作できないままだった。
光でゲノム編集
佐藤教授は07年にチャネルロドプシン2の働きを一般化し、分子レベルの全ての現象を光でコントロールすることを目指す研究に着手した。そして15年に光スイッチタンパク質「マグネット」を開発。アカパンカビが持つ青色光受容体ヴィヴィッドの改変を重ね完成した。光依存的に繰り返し二量体の形成・解離ができるヴィヴィッドの特徴を生かし、マグネットは光の照射・遮断で活性化・不活性化を制御できる。異なるマグネットにタンパク質をそれぞれ連結させ、マグネットの連結・解離に伴いタンパク質同士の距離を変化させると、タンパク質同士の結合は距離が近くなることで促進され、解離は遠くなることで促進される。マグネット以前の光スイッチタンパク質においては連結・解離の速度が非常に遅いことが欠点とされていたが、マグネットは秒単位での連結・解離が可能だ。この特徴により、光がタンパク質同士の結合を瞬時に変化させることができる。つまり、そのタンパク質が関わる生体内の反応の開始・終了を決めるスイッチの役割を光が果たすということだ(図)。
その後、DNAを切断する酵素であるCas9タンパク質にマグネットを連結し、ゲノム編集までも光で制御できるようになった。2分割して不活性化したCas9タンパク質はそれぞれが再び連結すると活性を取り戻す。分割したCas9タンパク質に連結したマグネット同士が結合することで、分割Cas9タンパク質同士の距離が縮まり結合が促されるのだ。このことは、光の照射・遮断がCas9タンパク質の活性・不活性を操作し、光が当たっているときのみゲノム編集の反応が進むことを意味する。さらに今年、青色光よりも生体組織を透過しやすい赤色光に反応する光スイッチタンパク質「マグレッド」を開発。生体内のより奥の部分での生命現象の操作が可能になった。マグネットやマグレッドは世界中で光操作のツールとして使われ始めている。「僕らは光操作の非常に基盤的なテクノロジーを作りました。アイデア次第で何でもできます」
現在は新たな光操作技術の開発や光によるゲノム編集の他、光スイッチタンパク質の応用法についても研究を行っている。医療面の応用では、医薬品が効く部位を制御することで副作用を抑え、患者の負担を軽減したり、現在は副作用を考慮して使用できないほど効能の強い医薬品を使用できるようにしたりすることを目指している。また合成生物学の分野での応用も試みている。
学部生時代、友人と話したり、東大新聞に所属してさまざまな人に取材したりする中で自分の将来を模索していたという佐藤教授。東大生には「前期教養課程の間に自分が本当にやりたいことを見つけてください」と話す。「いろいろなことを見たり聞いたりしてとにかく動いてください。さまざまなことを経験しやってみる。これに尽きると思います」(取材・天川瑞月)